8-②. 原始、母は太陽であった。 Death Sentence filled with Love
そう言いたいだけなんだ。自分が嫌いなんでただのポーズだ。パフォーマンスなんだ。ちゃんと自分が嫌いだから。もう許してくれよ。そんなに言わなくても、毎日毎日言わなくても。声で視線で態度で心で表されなくたって分かってるから。みんなに嫌われてることなんておれが一番わかってるんだ。だからもういわないでくれ。いわないでください。おねがいだから。
「……アイちゃん……。」
「……?……えっと?あの……?」
「……一応、連絡はしましょうね。アイちゃんがそう思ってても、もしかしたら違うかもしれないし――」
――おれだってそうおもってたよ。むかしはばかみてぇに。
「――それに、自分のこどものことが心配じゃない親なんて、こどものことを愛してない母親なんて、この世にいないんだから!」
はるひを抱きしめながらひまりが笑って言い切る。
――?、…………?………………???なにをいってる?なんていってる?このひとは……こいつは……?こどもを愛さない母親なんていない?……??意味がわからない、頭がいたい、こいつらをみていると目が灼かれる。太陽みてぇだ。うっとうしいどこかに消えてくれ。
――じゃあ、おれは?おれはなんだ?おれだって知ってる、お母様は“条件付きの愛情”がどうとか宣っていたけど、お前を愛してやると言っていたけど、本心ではおれを愛していないことなんてしっている、しっていてそれでもそれに縋っているんだ。おれにはそれしかないから。
この世にこどもを愛さない母親がいないというのなら、おれはなんなんだ?おかあさまにあいされてないおれは?おれはにんげんじゃないのか?おれはおかあさまのこどもじゃないのか?おれは、なんなんだよ。おしえてくれよ。親に愛されないこどもは存在しないのか?じゃあおれは。その親にあいされてねぇおれはなんなんだよ。
「……、そうですね、お母様も心配して下さるかもしれませんね。じゃあ連絡をしておきますね……。」
言いたいことを全部飲み込んで。それをぶちまけたら何かこわいもの、この世でいちばんこわいこと、みたら全てが変わってしまう真実を、受け入れないといけないような気がして、アイは何も言わなかった。
「大丈夫!私から連絡しておくわ。最近、うちの旦那とアイちゃんのお母さん仲いいから!連絡を取れるようになったのよ。」
母親はずっとわが子を抱きしめている。孤児の目の前で。
「……では……おねがいします。」
「あーもうおかーさんうっとうしい!離してよ!もう子供じゃないし!」
――うっとおしい?やめてくれ?じゃあくれよ。親がそんなにうっとおしいのなら。母親の愛情がいらねぇのなら。そんなにありあまってるなら。おれにくれたっていいじゃないか。すこしくらいくれたっていいじゃないか。おかしいじゃないか。みんなはもってるのに、うっとおしがるくらいもってるのに。いらないなら、なんでだよ。
おれはこんなにほしいのに。おれはあいされたくて醜く足掻いているのに。それをただいきてるだけでもらえるやつが。いらねぇなんていうんじゃねぇ。いわないでくれよ。じぶんがみじめになるだろうが。
「何言ってるの!まだ子供よ?それにはるひが大人になったって、お母さんの子供のまま大人になるのよ。親ってそういうものなんだから!はるひもアイちゃんも!……よく聞いてね。」
――聞きたくない……やめてくれ。
2人の手を握って、膝をついて目線を合わせたひまりが微笑みながら言う。母親の、慈愛に満ちた笑みで。アイには眩しくてまっすぐ見られない、太陽の笑顔で。
◇◆◇
「こどもっていうのはね?……パパとママのこどものまま大人になるの。だから、2人がすくすくと育って、おおきくなって、大人になって、そうしたらつらいことがあると思うの。
つらいことのない人生なんてないから。お母さんはみんな、こどもにつらいことなんて、経験して欲しくない、悪いことを全部から守ってあげたいって、そう思うんだけどね?こどもが大人なったら、いつでもそばにいて守ってあげるっていうのはできないの。どんなにこどもが好きでも、大好きでも、1人で頑張るのを応援しなくちゃいけないときがくるの。大人になったらそうなっちゃうの。
でも、2人には覚えていてほしい。つらいときに、かなしいときに、もうだめだって思ったときに。こどもは親にとってはいつまでたっても、何才になっても、こどもだってこと。2人は大人になったらパパとママのこどもじゃなくなるんじゃないってこと。パパとママのこどものまま大人になるんだってこと。だから“1人”でも、絶対に“独り”じゃないってこと。いつでも、そばにいられなくても、あなたたちを愛してる人が絶対にこの世界に2人はいるんだってこと。
どんな事をしても。どんなにわるいことをしちゃっても。パパとママは絶対にこどもの味方だってこと。どんなに自分がみじめにに思えるときも。自分は愛されてるんだってことだけは。どんなに自分が必要とされてないと思ったときだって、自分はパパとママにとっては世界に1人だけの、かけがえのない存在なんだってこと。それだけ覚えてたら、きっと大丈夫だから……!」
最後におどけたようにつけくわえる。
「2人がおじさんおばさんになっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても、おとーさん、おかーさんの前では泣いたっていいんだからね?親っていうのはこどもが相談してくれないことが一番悲しいんだから。逆に一番うれしいことは、自分のこどもがしあわせに笑ってすごして、すくすくとおおきくなっていくことかな!」
――お母さんはみんなこどもにつらいことを経験して欲しくない?守ってあげたい?パパとママはこどもをぜったいあいしてる?この世に、この世に2人はぜったいに自分をあいしてくれるひとがいる……。なにをしてもみかたでいてくれる。
じゃあおれは?そんな存在に。ぜったいにあいしてくるるひとたちに。きらわれて、にくまれているおれは?おれはなにをしたんだ?なにもしなかったのか?おとうさまとおかあさまに嫌われるおれは、どんなにわるいことをしたんだ?
うまれてきてしまったことか?
うまれてきたからか?
だからふたりともおれがきらいなのか?
おれがいらないのか?
相談されないことがいちばんかなしい?お父様に相談したら、『男のくせに泣きついてくるな』っていわれるのに?笑顔でいてくれるのがいちばんしあわせ?『きもちわりぃから笑うんじゃねぇ』ってお母様におこられるのに?おれは、おれは――。
「――だから、はるひ!愛してるわよー!!」
頬ずりされたはるひが照れたように、友達の前で自分の家族にしかみせない面をバラされたときのように、言った。
「おかーさん!恥ずかしいこと言わないで!アイくんもいるのに!」
――はずかしい?
あいを伝えてくれることが?
愛してるって言ってくれることが?
抱きしめてくれることが?
ふざけんな。ふざけんじゃねぇよ……。
おれにはないのに、おれにはいないのに。
「?……アイくん?どうしたの?もうお腹すいたの?」
「何言ってるのはるひ!あいちゃんはきっとおねむなのよ!」
「……いえ、大丈夫です。あの、ひまりさん……。」
――きくな。
「ん?なーに?」
「ひまりさんははるひちゃんの事を愛していますか?だいすきですか?」
――やめてくれ。
「そりゃね!お腹を痛めて産んだわが子だもの!かわいくてかわいくてしかたがないわ!私の太陽よ!」
――あたまがわれる。たいようにころされる。
「そりゃあ旦那のことも愛してはいるわよ?好きだから結婚したんだし。でもやっぱり夫婦っていっても他人じゃない?血の繋がりはないし。
だから世界でいちばんって言われたらこどもになるのよね。文字通り血を分けた、“自分から”生まれてきてくれた。わざわざ私のこどもになるって決めて、生まれてきてくれた。この子はほんとうに愛おしいのよ。
だから、お母さんはみんな自分のこどもが大好きなんだと思う。愛しているんだと思うわ。」
――お母様は、お父様のことを世界でいちばん愛してるって、言ってた。子供はその次だって。そして、アイのことはあいしていないって。
「――だからアイちゃんも!エレクトラ様にそりゃあもう愛されてるはずよ!」
全てを照らす太陽のように、アイを元気づける為に、アイのこころの深く届くように、ひだまりのように、ひまりは話す。
そして、ニコッと笑って不変の真理を、自明の理を告げるように、アイに告知する――。
――アイとっての死刑宣告を。
「こどものことを愛してない母親なんていないんだから!」




