192. 月の裏の片時雨 Lunar Reverse Drizzle
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ありがとうございます!!!
「ふうぅ……秘密にして欲しいんだけどね、こうすると、どんな気分のときでも、“躁状態”に陥れるのよ〜。
ただ使いすぎには注意よ。躁状態っていうのは散華した鬱状態に比べていいものだって言う人もいるけど、どちらも心と心が暴走している状態には変わりないわ。」
「……。そうすれば、わたくしもいつもニコニコ笑っていられますか?」
「……んーん。多幸感で無理矢理仮面を作った時以外は、笑っていられるわけじゃあないのよ。いつも悲しいなら、悲しみの仮面しか作れないしね。
だけど悲しみの仮面を使ったとしたら……真顔でも、激怒していても、相手には笑っているように見えるだけ。でも“心を隠す”して笑っていると思わせられるのは、心者にとっても人間にとっても……優位に働くわよ〜。
だからオススメはしないけど、今生きるのが辛い人に、唯一の逃げ道を禁忌だからやっちゃいけないなんていうのは残酷だと思うの。だから、こういう方法もあるよって伝えたかったの。」
「……やります……たとえ“地獄の禁忌”を犯しても……あの娘の……シュベスターの隣に立ちたい……!!」
「ほほう、ならば教えて進ぜよう、最初は悲しい時みたいに顔を両手で覆って――」
◇◆◇
しらぬいさんの話を聞いて、わたくしは聖別の儀前のファントム先生の言葉を思いだしていた。
◆◆◆
「この世で1番許されざることは、“心で人間を模したもの、人間を作ろうとする”ことです。たとえそれが“人間の身体の一部だけ”であったとしても、死罪になりえます。」
顔のすぐ近くで声がする。
「……理由は何故だと思う?」
「理由?ですかそれはまだ、ご教授頂いてないので……。」
今度は後ろ髪の側から。
「答えろ。教えてもらった事を答えるだけが学びか?学んだことを元に自分の頭を使わねば、一生莫迦のままだ。私は莫迦は嫌いではないが、莫迦である自分に甘んじているやつは殺したいほど嫌いだ。答えろ。」
「はい、……ええと。もし人間を作ったら、それは心でできているわけですから、新しく心を、つまり自我を持つかもしれません。ですが、物質世界では心はたちどころに消えゆく運命にあります。生まれてすぐに死ぬというのは、あまりにも哀れだから、……ですか?」
髪を一房持ち上げられる。
「では、我々はどうだ。私たち人間は?我々の人生は永いとお前は考えるのだな?」
「……どうでしょう、確かに死産や夭折する者もいますし、人間の生は、もし永らえたとしても……いや……。答えは何なのでしょうか?」
「教えない。軽々しく真理を求めようとするな。真理を求めるなら、“彷徨える跛行者”となる覚悟を持て。この世の問で正解があるものなど、数えるほどしかない。重要なことは、答えのない問いに自分で答えること、もしくは死ぬまで答えを求め続けることだ。
◇◆◇
「……そんな事が……。」
「そうなんだよ〜。だからしらぬいさんは、エゴペー様に返しきれない恩があるってわけさ〜。」
「そんな、おおげさよ〜。私はやり方を教えただけ、実際にやったのはしらぬいちゃんでしょ?」
……なるほど、これで幾つか合点がいった。
「……なるほど……。今まで確信は持てなかったのですが、確かに違和感はありました。」
「違和感〜?私としらぬいちゃんに?」
お二人が顔を突き合わせながらハテナマークを出す。
「えぇ、なんだかお二人の雰囲気や喋り方が似ていらっしゃるな……と。」
「「私たちが〜?そんなに似てるかなぁ〜?」」
「ほら!それですよ!」
「「あはは〜。確かに〜。」」
不知火さんは少し気恥しそうに、頬を掻く。
「実はね〜しらぬいさんは、エゴペー様を“明るく元気な不知火不知火”のモデルにしてるんだ〜。だからだと思うな〜。」
「ええっ!そうだったの?しらぬいちゃん。」
エゴおねえさまが驚嘆して声をあげる。
「……えぇ、お恥ずかしながら、エゴペー様はわたくしの“理想のお姉さん”そのものですから……あはは……なんだか面映ゆいですね……。」
しらぬいさんの赤面顔……というか感情が揺さぶられた顔は初めて見たかもしれない。いつもしらぬいさんがニコニコしているのは、心の仮面をかぶっているからだったのか……。
「えぇ〜?エゴおねえさま照れちゃうよ〜。この際しらぬいちゃんもエゴおねえさまの妹にしちまおうかしら〜。おらおら〜。」
「わわっエゴペー様、お戯れを……!」
激怒していても、疲れていても、悲しみの中にいても……いつも笑顔で――。
「あの……しらぬいさん……。」
わたくしはエゴおねえさまと戯れていたしらぬいさんの服の袖をくいくいと引っ張る。
「ん?どーしたの?アイちゃん。」
そうするとすぐに膝を折ってちいさいわたくしと目線を合わせてくれる。
「な〜に?」
「しらぬいさん。……わたくしも、“仮面”を被りたくなる時はあります。わたくしは聖別の儀の前は穢れたこの身を隠すために狐の面を着けることを義務付けられていました。……お母様に。」
「……うん。」
「……昔はずっとそれが悲しかったです。ですが……最近、色々な問題が起こって、獣神体至上主義委員会のこととか、公王派との対立とか……本当に色んな問題が重なって、時々思うんです……。
……あの仮面が恋しいなって、もし仮面をかぶることで世界を拒絶できるなら……もっも楽に生きられたのかな……とか。」
「うん……うん。」
しらぬいさんが抱きしめてくださる。
「でも……ずっと仮面を着けたままっていうのも、つらいと思うんです。」
「……え?」
「だから、もししらぬいさんさえ良ければ、わたくしは強くもないし、頼りにもなりませんが……。ですが……もし宜しければ、わたくしには貴女の素顔を見せてはくれませんか……?
いつでも大丈夫です。疲れた時、何が嫌なことがあった時……うれしいことがあった時……わたくしは、しらぬいさんの泣き顔が……笑顔が……ほんとうのお顔が見てみたいです……。」
そう伝えながら、しらぬいさんを抱きしめ返す。
「ぁ……ぁあ……アイちゃん……。」
わたくしの肩が何か暖かい液体で濡れる。ぽつりぽつりと、決して曇りの欠片さえ見せない天泣が笑顔から零れ落ちる。次第に袖笠雨から国風白雨へと変わっていった。
「うっ……ふぅ……うぅ……。」
「……。」
しらぬいさんは呼吸を荒くして震え始めたので、わたくしは黙って抱きしめながら、頭を撫でる。その雨が決して催涙雨とならないように祈って……。
――雨がやみ。しかし雨垂れのようにぽつりぽつりと、鼻声で話す声が聞こえる。
「アイちゃん……わたし、がんばったんだよぉ、ほんとうに、ほんとうに、がんばってきたの……。」
「はい、しらぬいさんは頑張り屋さんです。」
頭を撫でながら、背中をやさしく鼓動のリズムで叩く。
「シュベスターに追いつけるように勉強も頑張って、生徒会長になれるように心も頑張って……!不知火家と陽炎家のゴタゴタだって、ねぇアイちゃん、えらい?わたしえらいよね……?」
「ふふっ……はい。しらぬいさんはえらいですね。よしよし、しらぬいさんは頑張ってますよ。わたくしだけはその事をわかってますからね。しらぬいさんはえらいですね。よしよし。」
「アイちゃん……。」
「だから……いつも頑張っているんですから、わたくしの前では甘えてもいいんですよ?わたくしはいつでもしらぬいさんの事が大切で、大好きですからね。ほら、わたくしのお膝にどうぞ。」
そう伝えるとしらぬいさんは言われるがままにわたくしの膝に頭を預けてくれる。それからしらぬいさんの頭を撫でながら褒め続けた。
するとしらぬいさんは次第に安心したように眠りについた。




