190. 不知火と共に去りぬ Gone with the Shiranui
いや、内憂でないとするならば、外患か――!
「――例えば“神聖ロイヤル帝国”とか……此れは此処にいる四人以外にしらぬいさんが言ったって漏らさないでほしいんだけど――」
「――“ファンタジア王国”、ですね?」
しらぬいさんの瞳が笑ったままギラリと光る。
「なっ!それは……パンドラ公国の宗主国であるファンタジア王国を疑うということだぞ!?」
「……でも、なくはないでしょ?
『誰も信用するな、たといそれが肉親であっても。』
不知火家の家訓だよ〜?まぁ、私はそれに反してかげろうくんのことは信用してるけどね〜。」
疑わしい物が多すぎる……一度疑いだしたらキリがない。どうにかしてこの疑心暗鬼を収束させないと、本当にパンドラ公国が滅びかねない……。
◇◆◇
エゴおねえさまと談話室をあとにすると、しらぬいさんが追いかけてきた。
「しらぬいさん?どうかなされたのですか?」
しらぬいさんは普段のおちゃらけた口調とは違い、真剣な声音で言葉を発する。……その間もいつものニコニコとした笑顔はそのままだったが……。
「うん。ちょっとエゴペー様にね。」
「おっと私かい〜?どうしたの〜?」
「……先ずは言わせて下さい。心欠乏症から快復なされたこと、“こころ”からお慶び申し上げます。」
「おやおや、そんなに畏まっちゃって。シュヴァちゃんの親友なんだから、しらぬいちゃんもエゴおねえさまにとっては妹みたいなものさ〜。だからもっと気安く、ね?」
「……そう、ですね……ありがとうございます。しかし、幼き日々にエゴペー様に薫陶を承っていなければ、わたくし……不知火不知火は今日までいきながらえることは叶わなかったでしょう。だから、どうかこの敬意をお受け取りください。」
「そこまで言われちゃあねぇ〜。分かったよ。ありがとう。でも、そんなにお礼を言われることをしたかな?」
しらぬいさんとエゴおねえさまの間にそんなに深い絆があったなんて。
「そうれはもう!幼く弱いわたくしはシュベスターに追いつき、並び立つことに必死でした。其れが不知火家の命令だったからです。
……そして、なによりこんなわたくしを親友だと言って笑ってくれるシュベスターに報いたかった。肩で風を切る彼女の隣で、わたくしも自信を脚に宿して歩きたかった。しかし……。」
しらぬいさんがわたくしを見て少し言いづらそうにしている。
「……先ほどわたくしに伝えてくださったように、昔のしらぬいさんはその、あまり……。」
「うん。そうだね。アイちゃん。しらぬいさんは……所謂“できない子”だった。前に手を繋いで学校から帰った時に話したことを覚えてる?」
「其れはアルちゃん……アルターク・デイリーライフが人間体排斥委員会に襲撃される少し前のお話ですか?」
「うん?……あー……そう、だね。」
あの時のしらぬいさんはなんて言っていただろう?そうだ――。
◆◆◆
「それはね……きっとシュベスターが何度何度も、アイちゃんのことが好きだよ〜!って気持ちを伝えてくれてるからだと思う。言葉だけじゃなくて、行動で、仕草で、態度でね。それはほんとうにトクベツなことだから、シュベスターのこと、大事にしてあげてね。
……いつでもなんとなく不安な人と、いつでもなんとなく安心な人っているんだよ。それはその人達が生まれつきそうなんじゃあなくてね?愛されてきたかどうかなの。愛されてるって自信を持てるかどうかなの。
だから、家族に愛されてる人はほんとうに幸せ者なんだよ?だって一番自分に近しい人が愛してくれてるんだからね。そういう人は社交的にもなれるし、人に話しかけるのにいちいち不安になったりしないですむの。いつも人にどう見られてるかビクビクしないですむ。
だって誰に何を思われても根っこの部分、家族には絶対に愛されているっていう自信があるから。家に帰ればやさしい家族がいるって知ってるから。地獄心理学で言うところの“安全基地”があるってことなの。
生徒会長をやるまでは、何でいつも何かに怯えて、クラスメイトとお話できない人がいるんだろう?って思ってたんだ。でも生徒会長になって、業務の上でいろんな生徒を見るようになって気がついたんだ。
いつも不安な人はその人が悪いんじゃあなくて、ただ愛されていない人、若しくは愛されていることに気がついてない人、愛されている自信がない人、教室で話すのが苦手になったり、逆に不良になっちゃったりする生徒はみんなそうだったの。
だから、そういう人達をみても、なぜ彼らがそうならざるを得なかったか想像して、優しくしてあげてね……。……まぁ、アイちゃんは最初からどんな子にもやさしいんだけどね。」
「わたくしは……わたくしがこの世で一番劣っているから、わたくしより上におられるみなさんに、自分の身の程を弁えて接しているだけです。どんな人でもわたくしの知らないことを知っているという点で、等しくわたくしより価値があるのですから。」
――誰かに愛されているという点でも……。
「んん〜。まぁ今は議論の場じゃないから、一旦アイちゃんの自己評価は保留にするとして……。だからね、先刻アイちゃんとシュベスターが話していた人間体排斥委員会の人たちもそうだと思うの。」
「つまり、愛されている自信がなくて、自分の軸がグラグラ揺れて不安だから、他の人攻撃することで安心がしたいんですね……。他人を虐げているうちは自分が上に立った気分でいられるから……。」
――はるひちゃんを傷つけたときのわたくしのように。
「そうなの、それに特にああいう人間体だからこう、獣神体だからこうっていう性差別主義者達は、自分の性別以外に拠り所がない人達なんだよ。
これは自分の所属する組織や国を使って人より上に立とうとする人達とおんなじ。例えばうちの3年生で『私はあの伝統あるマンソンジュ軍士官学校に通っているんだぞ!』って自慢する人がいたらどう思う?問題ですっ!」
「え?えーと、それ以外に誇れるものが無い……?」
「そう、何か使ってえばるっていうのはね、自分の限界はここですよって相手に言ってるのと同じなの。
この例だと、この人はもう3年生だから、入学してからの3年間、入学試験を突破した以上の功績がないって言ってるようなものなの。だから貴族社会ではそんな発言はしない。卒業してからもずっと学園の卒業生だって威張る人も一緒、だって卒業してから1つも卒業したこと以外に誇れることがないって言っちゃうようなものだから。
でも、そういう人をみても馬鹿にするんじゃあなくて、優しくしてあげて欲しいの。だって、かわいそうなんだもの。」
「かわいそう……。」
もとより誰かを馬鹿にするような気なんてさらさらなかったけど、えばっている人や何かを自慢したがる人は、かわいそう、なんだろうか?もう少し自分でも考えてみようと思った。
◆◆◆
――そうだ。しらぬいさんは弱い人のこころが理解できると仰っていた。
「あの時は生徒会長になるまで弱い人の気持ちが分からないって言ったけど、アレ嘘なんだ。本当はずっとず〜っと分かってた。だって私がそうなんだもん。」
「しらぬいさんが……。」
「でもそんな時に、小さなわたくしに、エゴペー様が教えてくださったの。弱さを取り除く方法じゃなくて、弱さを取り繕う方法をね。」
「おやおや、エゴおねえさまはただきっかけを与えただけさ〜。それからは全部しらぬいちゃんの努力さ〜。」
「――それでも、あの時のわたくしには其れは救い以外の何物でもありませんでした……。」
「……しらぬいさん、エゴおねえさま、お聞きしてもいいですか?過去の二人の間で何があったのか――。」




