187. 愛してる、だって愛してるから。 I Love You Because I Love You.
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エゴおねえさまがわたくしの頭頂部の匂いをスンスンと嗅ぐ。
「……アイちゃんは、桜の花みたいないい香りがするねぇ。」
わたくしもエゴおねえさまの胸元の香りを感じてみる。桜の香りがする。
「エゴおねえさまも……桜の匂いがします……。」
「やっぱり私たちはこの文学界でたった二人きりの……サクラの子供だからかしら……。」
サクラ・マグダレーネ様の名を言う時のエゴおねえさまの声が少し硬くなった気がした。何か思う所があるのだろうか……?少し怖い声だった……。
「おねえ……さま……?」
上目遣いにきいてみる。
「ん?んーんなんでもないのよ。それでどうしたの……すごく深刻な話みたいだけど、私たちはいつもみたいにおちゃらけていましょう〜。」
あぁ、心地良い……もう全部話してしまおうかな……全部手放して――。
「……エゴおねえさま……誰にも話したことのない、わたくしの全てを聴いてください――。」
◇◆◇
わたくしは話した。告解した。人に何かを共有するということ、特に人と秘密を共有するということは、その相手に責任の半分を押し付けるということだ。けどもう抱えてはいられなかった。
「公王派と辺境伯派の二重スパイ、獣神体至上主義委員会の委員長……アイちゃんがそんな事を……。」
エゴペーおねえさまが頭を垂れて何かを考えている、その表情を想像するのはひどく恐ろしかった。
「まだあるのです。……一番罪深い、“原罪”が。」
「……原罪……?」
「わたくしは、無意識に……その……心によって、あの……。」
言葉が口のなかに居座っている。
「……他人の認知を歪めているのです。それで……。」
続きを話して姉弟としての縁を切られたらどうしよう?こわい……けど独りで抱えるのも恐ろしい。
「それで……?」
エゴおねえさまはわたくしの両の手を包み込んで優しくわたくしの“ことば”を待ってくださる。わたくしの“こころ”を待ってくださる。
――あぁ……こんなにもやさしい人に嘘は吐きたくない。そんなのそれこそ地球人になってしまう。
「……わたくしの心を使って、フェロモンや匂い、見目の好印象を他人に植え付けて、好意を得ているらしいのです。」
「それはつまり――」
「えぇ、つまりわたくしは……ずっとおねえさま方やおにいさまを“洗脳”してわたくしを愛するように仕向けてきたのです……。つまり、もしかしたら、おねえさま方が感じている愛情は――。」
「――違う。」
おねえさまの声。ハッキリとした声。わたくしの仮初めの泥濘を切り裂くような声。
「……違うわ。アイちゃん。私が感じているこの気持ちは。シュベスターやゲアーターが感じているその気持ちは。この愛は……本物よ。」
「……でも!そう思うと思い当たる点が多いのです!おねえさまはよくわたくしの匂いを嗅ぎますし、他の人々もわたくしと心体的接触をよく取ります。アレは――」
「――仮にそうだとしても、じゃあそれが何だって言うの?」
「……え?」
「もし私がアイちゃんの心で洗脳されているからこんなにアイちゃんが大好きなんだとしても、でもだからそれがなんだっていうの?」
まるでそれが些事であるかのように切り捨てる。
「でもおねえさまが感じている感情が――」
「――それが洗脳の産物だとしても関係ない。そんなことはどうでもいいのよ。だって私はアイちゃんを“こころ”から愛しているんだから。それがどうやって生まれたかなんて知らないわ。関係ない。
“愛しているから、愛している”のよ。それ以上の論理なんて、それを補強する合理なんて、必要ない。」
愛しているから、愛している。前提と結論が循環している。一見、莫迦莫迦しい論法だ。だけど、うれしい。こんなにも、うれしい。
「……エゴおねえさま……。」
「アイちゃん……伝えたいことがあるの。」
普通の人なら、秘密を話して勝手に共犯者にしたことを叱りつけるだろう。だけどきっとエゴおねえさまは。
「“ありがとう”。話してくれて。」
あぁ……やっぱりエゴおねえさまはエゴおねえさまなんだ。姉弟の絆というものはきっと切れないロープのようなものだ。その上で幾ら道化師が踊っても切れない。あざなえる縄のようなものだ。幸福な時も不幸な時も、交互にやってくるが、決して解けることはない。
――“解れる”ことはあっても、“解ける”ことはない。
「……此方こそ、聴いて頂いてありがとうございます。」
どちらからともなく抱き合い、寝転がるいつもの、きっといつまでも続く二人の習慣だ。
「それで?秘密主義なアイちゃんの秘密はこれで全部かしら?独りで抱えて辛いことは、なんでもこのおねえさまに話してくれていいのよ?」
少しお道化るエゴおねえさま。
――言ってしまおうか、やめておこうか。
エゴおねえさまが慈愛の笑みで此方を見ている。愛の眼差しに貫かれたわたくしは罪人のように告解した。
「……わたくしは、わたくしの最後の秘密は……わたくしが――」
身体が震える。エゴおねえさまがぎゅっと抱きしめてくださる。あたたかい。その体温は全てを投げ出すに値するものに思われた。
「――本当は獣神体ではなく、人間体である、ということです。」
エゴおねえさまの瞳が見開かれる。“魅了の祝福”を告げた時よりもずっと驚いているようだった。
「そんな……それじゃあ……アイちゃんはずっと……聖別の儀の日からずっと……。」
「エゴおねえ、さま……?」
「なら尚更“遺骨”の心は絶対に……アイちゃんにだけは……。」
おねえさまの瞳が心によって黒く染まり、譫言のように何かを呟いている。
「エゴおねえさまっ!」
「っ!……アイちゃん……。ごめんね。少し考え事しちゃって……。大丈夫だからね……。」
ぎゅううぅと抱きしめられて顔が見えなくなる。声音からは怒りとも愁いともつかない色がした。
「……アイちゃん。……サクラ……エレクトラ……!」
サクラ・マグダレーネ、エレクトラ・ミルヒシュトラーセ……わたくしの“二人の母親”の名だった。何故今エゴおねえさまがその事を口に出したのか、その時のわたくしにはまだ分からなかった。
◇◆◇
暫く二人で抱き合っていた。
「アイちゃん……私たちはこの文学界で二人だけの“桜の子”よ。お互いに秘密は一切なし……これからはお互いを支え合っていきましょう。」
「……はい……はい……!」
あぁ……床も天井もない部屋で宙ぶらりんの人生だったけど……姉というもたれかかられる存在が居るだけでこんなにもあんしんな気持ちになれるんだ……!
「先ずは、宮殿で起こった公王派達の“心暴走事件”について、調査しましょう。」
「はい……でもその為にはおか……エレクトラさまの許可がいりますよね?」
「そうね……一応“あの人”にもお伺いを立てておきましょうか。」
おねえさまは忌々しげに呟いた。
◇◆◇
「なるほど?それでテメェら二人で探偵ごっこってワケかぁ……。ふん……まぁいいだろう。……それにオマエラだと丁度いいしな。」
丁度いい……?何がだろうか……?
「ではそのように、お母様。」
「――待て、テメェら二人の勝手を許してやる代わりに条件がある、監視役をつける。……カラコーゾフ。」
エレクトラさまが指をパチンとならして、その指で床を指すと、どこからともなくカラコーゾフ先輩が現れる。
「はい、ここに……。」
「……!?」
「此奴にオマエラを監視させる。余計なことをしねぇようになぁ。」
エゴおねえさまが憤懣やる方ないといった風に答える。
「自分の子達を赤の他人に感じさせるのですか?逆ではなく?それでは“家族より他人”を信用しているように聞こえますが?」
「……勘違いするな。オマエラはオイディプスとクソ売女の子であっておれの子じゃあねぇ……。それに――」
……?……わたくしは“サクラサクラーノヴナ”になったが、エゴおねえさまはまだ“エレクトラーヴナ”のはずだ。
「――おれは生まれてこのかた、誰も信用したことはねぇ。」




