167. 貴女が好きな、貴女のわたくし You Love Me; I am yours
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「私は今、王女として話しているのではないわ。貴女を愛するただ一人の獣神体として、貴女が愛しくてたまらない、ただ一人の“人間”として――。」
女王様が聴いている。黙って聴いている。
ラアルさまが次に何というか分かった。止めるべきだと分かっていた。“其れ”を言うのを止めないと。止めないと辺境伯派の弱みを公王様に晒す事になる。だから、ミルヒシュトラーセ家の者として止めるべきだと思った……だけど、止めなかった。
だってわたくしは今ただのアイなのだから。
ラアルさまが大好きな、アイなのだから。
「――人間体である貴女の、貴女の番として……貴女を愛しているわ。」
◇◆◇
「“番”……?“人間体”……?」
頭の上で公王様の困惑した声が聞こえる。
ラアルさまの明瞭な宣言と対照的だ。
「え……えぇっと……ラアルちゃん……?何を言っているの?アイちゃんは……獣神体……それもアニムス・アニムスのはずよ。……絶対に。」
「……お母様、それは……“何処からの”情報ですか?」
「それは……辺境伯派の……。まさか……!」
「そうなんです。アイをアニムス・アニムスだと主張しているのはエレクトラ辺境伯をはじめとする軍部の人間たちです。……アイはアニマ・アニマです。」
「そんな……でもじゃあどうやって……最弱の性別であるアニマ・アニマが、砂漠の黒死病を殺せたの?人間体が獣神体に勝つなんて、ありえないわ。起こりうべからざることよ。」
……最弱の性別。
「……だから、アイも一度死んでしまったのです。」
「でも!一度死んだくらいで人間体が勝てるわけがない……!」
「えぇ、ですからアイはほんとうに勇気ある娘です。人間体の身であの悪名高きザミール・カマラードを独りで相手取ったのですから。」
「……アイちゃん……?本当なの?貴女は人間体で……それでも砂漠の黒死病に勝った……?」
公王様が膝の上のわたくしの顔を覗き込む。
「……最初の質問の答えは是です。公王様。わたくしは厚顔無恥にも人間体である事を隠し、獣神体として振る舞ってきました。
しかし、二番目の質問の答えは否です。わたくしはザミッ……カマラードには勝利しておりません。卑怯な手を使い、相手の誠実さにつけ込み……両性具有者だということを利用して、彼を退けただけです。此れは勝利とはとても呼べません。相手の“騎士道精神”に助けられただけです。」
「……アイちゃん……いいの?公王である私に貴女の弱みを晒すということは、辺境伯派の弱みを晒すということよ。その意味が……分かっているかしら?」
公王様の瞳が鋭く細められる。
「……ええ、わたくしもその意味が分からないほど莫迦ではありません。しかし、わたくしとラアルさまは番となりました。したがって、“公王様”ではなく、“ラアルさまのお母様”にはその事をお伝えしないといけないと思ったのです。」
「……どうやって番ったの?」
「それは――」
◇◆◇
「――なるほど。アイちゃんを目覚めさせる為に……。」
「お母様、確かに私はアイを目覚めさせる為に項をかみました。しかし、それは其処に愛情が存しないこととイコールではありません。」
「……ふふっ……そんなこと、二人を見ていたら分かるわよ。ラアルちゃんは王宮でも、いっつもアイちゃんの話しかしないしね。」
「うっ……。」
「……でもそうか。アイちゃんとラアルちゃんがねぇ……。」
何かを黙考する公王様。
「まぁ、こころをもつものの膨大な心を使えば、自分を獣神体と偽ることも可能……か。」
「……アイちゃん。」
「はい。」
「今までよく頑張ったわね。大変だったでしょうか?とてもとっても……つらかったでしょう?自分を獣神体だと偽るのは。」
「……え。」
糾弾されこそすれ、褒められるとは思わなかった。
「あ、えっと……どうなんでしょう?……つらかったんでしょうか……わたくしは……?生まれてからずっと……最近は特に自分のこころがよくわからなくて。」
公王様は何も言わずに膝の上にいるわたくしを抱きしめてくださる。
「……アイちゃんは、どうしたい?
娘の番でラアルちゃんの命を救ってくれた子だもの……貴女のお願いを言ってみて?先刻の公王としての私じゃなくて、ラアルちゃんの母親としての、番の母親としての私に。」
……どうしよう。
わたくしの呪いの事も、辺境伯派の思惑も……エレクトラさまのがもうすぐ27歳の折り返し地点を迎えることも全部……全部ぶちまけてしまおうか。そうしたら、エレクトラさまの思惑を阻止できる?
――いや、まずい。そんなことをすれば、エレクトラさまなら何かにつけて公王派のせいにして、最悪国会を武力制圧してでも公王派を潰す可能性がある。今の綱渡りのような均衡が保たれているのは、まだエレクトラさまの思い通りに事が進んでいるからだ。
――もし、エレクトラさまの怒りをかうことになったら、本当の意味で彼女が“憤怒”を抱いたら、この仮初めの平和すら失われてしまう。
今の平和があるのは、まだファンタジア王国から賜った公王様の“権威”がかろうじて辺境伯の“権力”を上回っているからだ。
――どうすればいい?
この平和を維持するためには、辺境伯派と公王派の力関係をこのまま保ちつつ、反政府組織の暴発を抑えながら、エレクトラさまには自分の思惑通りに事が進んでいると思わせなければならない。
……そんな事ができるか?
そんな三重苦をまだ成人もしていない五歳のわたくしが?
……いや、やってみせると決めただろう。
まずエレクトラさまの今回の望みは『公王派に鞍替えしたフリをしろ』だった。
そして公王様に今何か望みを言えとわたくしは言われている。
……公王様は友達のお母さんに言うように言ってと言ってくださるが、わたくしはもう公人だ。私人ではいられない。そうなると――
「……わたくしを公王派の一員としてくださいませんか?」
「アイちゃん……先刻も言ったけど、これは政治的な話じゃなくてもっと気軽な――」
「――ありがとうございます。
でも私人としてのわたくしはそう望んでいるのです。わたくしは正直に言ってエレクトラ辺境伯に憎悪されています。何よりわたくし自身がエレクトラ辺境伯……“お母様”を恐ろしいと思って常に怯えています。
……もうこんな生活は嫌なのです。いつ母親に殴られるかとビクビク生きていくのは……。」
半分は本心だった……本当に“半分は”?
「アイちゃん……。」
「わたくしは“番として”ラアルさまを好いています。……彼女がいると、彼女に背中を預けていると世界の半分は安心なのです。あんしんな、やさしい心持ちでいられるのです。」
「アイ……!」
ラアルさまが感極まった声を出す。
「だから、ラアルさまともっと一緒にいれたらいいなぁと思って……でも対立派閥にいたら、わたくしたちの一挙手一投足が一触即発のこのパンドラ公国の危機になりかねません。
だから、わたくしはただ彼女の所有物として……彼女の人間体として、一緒にいたいのです。」
「アイちゃん……分かったわ。ミルヒシュトラーセ家の貴女を歓迎しない者もいると思うけど、なるべく貴女たちが一緒にいられるように計らうわ。
……幸いなことにラアルちゃんの命を救ってくれた貴女の評判は公王派の中でもかなりいいしね。」
ふと、ラアルさまがずっと押し黙ってフルフルと震えていることに公王様とわたくしが気づいた。
「「……?」」
「ラアルちゃ――」
「ラアルさ――」
突然ガバっと動いたラアルさまに獣神体の凄まじい膂力で公王様の膝の上から抱き上げられる。
「アイ……!!そこまで私を想ってくれていたなんて!私は今感動しているわ!!猛烈に感動している!!このこころを表す言葉なんてこの文学界にないわ!」
突然叫びだしたラアルさまに、公王様とわたくしが目を白黒させる。
「愛しているわ!!アイ!!」
――そのこころからの純粋な言葉に、胸が痛んだ。




