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7-②. 愛と陽だまりの出会い I meet the Sunny Spot.

 アイは雨のそぼ降るベンチに座ってある人を待っていた。雨の音を聞いているとなんだか思考が深きに沈んでいく気がする。なにをかんがえようとしてたんだっけ――?そうだ――


「……アイくん。」


 雨音の中でも誰かはすぐに分かった。アイをそう呼ぶのは()る一人の友達だけだからだ。


「はるひ……ちゃん。」


 お互いに何も言わずに、隣に座って空を見ていた。アイは雲間(くもま)から差し込む光によって照らされた雲の(きら)めきを見ていたが、はるひはその光との対比によってさらに暗くなった周りの雲の影を見ていた。

 

「雲間から差す光ってね、パンドラ(地獄)語で天使の梯子(はしご)って言うんだって。あれをみるといつも何かを思い出しそうになるんだー。」

 

 アイがふわふわとした雲のような口調で話す。


「地獄の人が天使のことを言うなんて可笑(おか)しいね。……きっと、地獄の人達も天使に憧れたからじゃないかなぁー。」


 はるひも日だまりのようなまとまりのなさで返す。


「この雨ってアイくんのこころー?」

 

「ちがうよ〜。はるひちゃんー。」

 

「んー?」

 

「はるひちゃんのおとーさんとおかーさんに会いたくてねー?」

 

「うんー?」

 

「今日お家に言ってもいい?」

 

「……いいよ。」

 

「じゃあいこー」

 

「そうしよー」

 

「「あははっ!」」

 

 2人は薄氷(うすらい)を踏み鳴らし歩くように、春日邸(かすがてい)へと向かった。アイにはどうしても確かめたいことがあったのだ。


 ◇◆◇


 春日邸は不知火陽炎連合本部のすぐ近くにあった。なんでも連合の下っ()であった時分の平民から末端貴族、末端貴族から有力貴族に、それぞれ階級の変わるたびにどんどん連合本部に近づいているらしい。しかしその心は連合からどんどんと離れていっている、とははるひの談だ。

 

 あと、家が遠かったときは貴族の妻集まりで、お母さんが毎回マウントをとられて大変だったそうだ。なんでもすぐ近くに住んでないの真の貴族ではないとか、ここまでは貴族だけどここより外側に住んでたらダメだとか、住んでる場所ぐらいでばかみたいにマウンティングしてくるらしい。


 ◇◆◇


「ただいまー」

 

「おじゃま……します。」


 堂々と帰宅するはるひの後をおっかなびっくりついていく。扉を開けた途端に、ふわりと香る他人の家の匂い、金曜日の昼の生活感がそこにはあった。

 

「おかえりなさい。はるひ?今日はお外でアイ様と遊ぶって言ってなかった?」


挿絵(By みてみん)

 

「お母様お初にお目にかかります。アイ……エレク……いえ、(ただ)のアイでございます。」

 

「あらあらあら!家に連れてくるなら言ってよー!おもてなしの準備もあるんだから!アイ様、私ははるひの母、春日ひまりでございます。此方(こちら)から挨拶に伺うべきところを大変申し訳――」

 

「ひまり様!わたくしは今は唯のアイでございます。はるひちゃんの友人の。ですからどうかそのように……!」

 

「ん、……んー。……よしっ、わかったわアイちゃん!あなたもそんなに(かしこ)まっちゃいやよ?唯の友達のおかーさんなんだがら!」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 アイはなんだか陽だまりのベンチに座っているような、ぽかぽかとした気持ちになる。

 

「ほらほら、お昼ごはんはまだ?だったら食べていってよ!」

 

「いえ!……あ、ありがとう……ございます。」

 

「ほらはるひ!早く手伝って!あいちゃんは何かジュース飲む?」

 

「うるさいなぁ!おかーさん!」

 

「あ、いえわたくしもお手伝いさせて頂ければと……。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()〜?それじゃあだめね〜。」

 

「あ……えっとあいも……あいも!てつだいたい!……です。」

 

「よ~し、じゃあ2人とも手を洗っちゃって!」

 

「はーい!」

 

「は、は〜い……!」

 

はるひが自分の踏み台を使っているので、アイが水に手が届かずにアワアワしているのに、ひまりが気づいてアイを持ち上げる。

 

「わっわぁ!」

 

 抱きしめられるような格好になってまたアイはぽかぽかとした気持ちになる。それがなんだかわからない。

 

「アイちゃん、軽いわね〜、はるひより軽いんじゃない?ちゃんとご飯食べさせてもらってるの?」

 

「おかーさんデリカシー!」

 

「さ、最近は……はい。」

 

「……。なるほどね~。これは腕によりをかけてお料理しないとね〜。」

 

 「お!お料理ならわたくしも!」

 

 「お、アイちゃん料理できるの!?私は平民の出だから自分で料理するけど……ミルヒシュトラーセ家もそうなの?」

 

 「えっと……いえ使用人の方が作って下さるのですが……。わたくしもよくお菓子やお料理を作ります……お母様に食べて頂けたら、仲良くなれるかなって……思って。こころをもつもの(プシュケー)だと(わか)ってからは、忙しくてあんまりですが。」

 

 そもそもは使用人に食事に細工されて体調が悪くなるから自分で作り始めたのだった。それが転じて料理や菓子作りが好きになった。そして好きが高じてお母様に食べて欲しくなった。結局お母様は一度も食べて下さらなかったが、兄姉たちはおいしいおいしいと食べてくれた。そのたびにぽかぽかと心があたたかくなるのだった。


 そういえば、とアイは思った。さっき感じた気持ちと似ているなぁと、独りごちるのであった。

 

 「へぇーアイちゃんはえらいねぇ!子供に作ってもらえるなんて、お母さんだったらみんなうれしいと思う!アイちゃんのお母さん喜んでくれたでしょ?」

 

 アイはちくりと胸が痛んだが嘘をついた。

 

 「はい!おかあさまはとても喜んで(しょく)して下さいました!とても……とてもうれしかった……です。」

 

 うつ向いて服のすそを掴んで話すアイをみたひまりは、膝をつき目線を合わせ、アイの両の手を握りながら話す。

 

 「……。そうなんだ。アイちゃんのお母さんは幸せ者だね。こんなかわいい子にそんなに思ってもらえるなんてさ。」

 

 「……そう、でしょうか?」

 

 不安げな上目づかいで見やる。

 

 「うん……。そうだよ、我が子に思ってもらってうれしくない母親なんていないんだから!ね、じゃあ今日お料理教えてあげるからさ。一緒に作ってさ。それで、アイちゃんのお母さんを驚かせてあげようよ!ね!」

 

 「は……はい!おかあさまに喜んでほしいです!」

 

 今日一番のアイの笑顔。その子供らしい無邪気な笑顔に照らされたひまりは、きゅぅうっと胸が締め付けられた。その笑顔の中におおよそ子供のものとは思えない、深い(かげ)りをみたからだ。

 

 ――ああ、この子は……この子は――。

 

 「ほら!アイちゃんいこ!だっこしたげる!はるひはどうする?」

 

 「ん~あんまり興味ないからアイくんがご飯作るの眺めててもいい?」


挿絵(By みてみん)

 

 「はぁ……あんたは、ホントにアイちゃん大好きね~、まぁいいでしょう!」

 

 ひまりがパンッと手を合わせた音に、アイがビクッと大きく身体を震わせてしまう。そのまま(ひざまず)いて呼吸を荒くする。

 

 「アイちゃん!?ごめんね……びっくりさせちゃったね。」

 

 「ぁ……ぃえ……こちらこそ申し訳ありません。取り乱してしまって……。」

 

 アイは身体中の古傷が痛むのを、一番うしろの席で映画のスクリーンを見るように遠く感じていた。そんなことより、ひまりの気分を害していないかが気にかかるのだった。


 ◇◆◇

 

「アイちゃんの得意料理はなに?それを一緒に作りましょうか?」

 

「オムライス……と最近はマドレーヌ……も練習していて……。」

 

 浅ましくも褒めて欲しくて聞かれていない得意なお菓子まで答えてしまう。

 

「マドレーヌ!アイちゃんはお菓子も得意なのねー!こんなに小さいのに、すごいのね〜!」

 

「え……えへへ。」

 

 ひまりはアイが望んだ言葉をくれる。それが心地よくて、もっともっとと欲張ってしまう。

 

「でも……今日はできたらはるひちゃんの、好きなものが作りたい……です。」

 

「まあまあまあ!はるひ聞いた?!ラブラブね〜。アイちゃんと結婚したら幸せよ〜絶対逃さないようにね!」

 

「えへ……。」

 

「聞いてるし!アイくんの前でそんなこと言わないで!デリカシー!!」

 

「んー、そうねぇ、じゃあ今日ははるひの大好物のハンバーグの作り方を教えてあげるね。胃袋掴んじゃって!」

 

「おかーさん!!」

 

「はい!粉骨砕身(ふんこつさいしん)頑張ります!」

 

「まだちょっとかたいわねぇ……リラックスリラックス!……ここを自分のお家だと思っていいのよ?もっと気を抜いて。」

 

「じぶんのおうち……?」

 

 アイにはその言葉の意味が分からなかった。自分の家と気を抜くという2つの概念が結びつかなかったからだ。アイにとっては家とは常に気を張って、何か叱りつけられることはないかと、ビクビクと家族の生活音におびえる場所だった。

 

「Make yourself at home!《くつろいでね!》よ」

 

「!……ありがとう……ございます。」

 

「ごめんね、アイくん、おかーさんミーハーで。最近()()()()()()の書いた小説にはまってるみたいなの。」

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