163. 美しい日本のわたくし Japan, the Beautiful and Myself
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それにしても……。
「何かすごく見られてませんか?」
「まぁ、美しい私と美しいアイが一緒に歩いていたらね!」
公王派の本拠地、パンドラ公国の王宮は……宗主国であるファンタジア王国の国境近くにある。
逆にミルヒシュトラーセ家邸宅は反対側にある蛮族との戦争地帯の近くにある。近くと言っても一日二日で行き来できる距離ではないが。
公王派の領域に近づくにつれラアルさまにお辞儀をしたり、敬った態度をする人が増えていく。
「やっぱり……ラアルさまは大人気なんですねぇ……。」
「……?……当たり前じゃない!だって私は“この国の王女”だからよ!!」
反して辺境伯派のわたくしを見る民の目は――。
◇◆◇
王宮についたわたくしを待ち受けていたのは……王女を危険に晒したという厳しい追求……ではなくて、とても好意的な歓待だった。
人々が口々に王女様を助けてくれてありがとうという声をかけてくれる。それと仲良くしたい、これから懇意にしてほしいという公王派の貴族の方も多かった。
正直彼らの笑顔が本当なのか、その口が本心を発しているのかはわたくしにはわからなかった。取り敢えず笑顔で、こちらこそと返したが……余りにも数が多すぎて疲れてしまった。
それに人々の視線が少し怖い、値踏みをするような視線。身体に絡みつくような視線。ラアルさまの袖を掴んでしまう。そうるすと彼女はわたくしを庇うように立って皆を制してくれた。
暫くすると王座の方へ呼ばれる。
ラアルさまの服の裾を掴みながら、連れ立って入っていく。王座には大きなステンドグラスからの後光を受けた、美しい女性が座っていた。
公王様と顔を合わせた時、彼女の瞳が何か奇異な者を見るように歪んだのが見えた。わたくしの顔を見た瞬間……そういえば……。あの時――。ここに来る前……。
◆◆◆
「アイ。今日お前を呼び出したのは、公王の召喚命令についてだ。」
「はい……エレクトラさま。」
エレクトラさまの執務室に呼ばれた。
「まず公王に取り入ってこい、対外的には俺とお前が対立していると思っているものも多い。」
……ほんとうに対外的には?
「其れを逆手に取ってお前は俺に不満をいだいているから、公王派寄りの右翼を装え。『エレクトラ辺境伯の権力を失墜させる為に手を貸して欲しい。』とか何とか言ってな。」
「……はい……。」
「そして、仮面と外套は絶対に着ていくな。」
「……はい……?」
エレクトラさまが苛々したように机を人差し指でトントンと叩く。
「……テメェが糞餓鬼の時に、……今でも糞餓鬼だが、俺がお前に決して外套と仮面を俺と合うときには外すなと言ったことを覚えているか。」
……忘れるはずなんてない。忘れられるはずなんてない――。“醜くて汚らしいから”と言われたことなんて忘れるわけがない。
「その理由は覚えているか?」
「わたくしの見た目が……サクラ・マグダレーネ様に似ていて……穢れているからと……。」
「あぁ……お前はあの糞売女に……姦淫女にクソみてぇに似てるからな……オイディプスのサファイアの瞳以外は……。それもある。」
――?
「それも?それ以外の理由も存していたのですか?」
「あぁ……テメェまさか気づいてなかったのか?クククッ自分は美しいと調子に乗ってたのか?気持ちワリィな。
そりゃあ何の努力もしてねぇ外見で誰も彼も持て囃してくるだからさぞ気持ちよかっただろうなぁ?やっぱりお前はあの糞ビッチの息子だなぁ……気持ちワリィ……。」
「……えぇと、あの話が見えないのですが。」
「お前も地球に詳しいなら知ってんだろ?地獄でもこの文学界でも美醜の基準なんて地域によって違う。
細せぇ奴が美しいと持て囃されたり、太ってるほうが富を持ってるから美しいだとか。肌も白いほうが日に焼けて働かなくていい身分だと表してるからいいとか、日に焼けてる方が健康的で美しいとかな。万国共通なのは左右対称が美しさの必要条件ってぐれぇだ。」
「……はい。」
「なのにマンソンジュ軍学校ではどうだった?この国の何処からでも人間どもが集まる学校でよぉ……?」
「皆さんが……わたくしを美しいと褒めてくださいました……でもそれは、わたくしがミルヒシュトラーセ家の者だから気を使って……。」
「あぁ……人間は権力を持ってるモンを美しいと思うもんだ……愚かにもな。でも奴らは本心からテメェの美を認めてる。癪だがな。何故か……。」
……!
……そういえば。あの夜、林間学校襲撃事件の夜にオトメアンのオルレという方が何か言っていた。あの時はそれどころじゃなかったから無視したが――
◆◆◆
誰かが立っていた。揺ら揺らと揺らめいて、最初は目がおかしくなったのかと思った。たけどその影が話し始めたので、現実だと悟った。
「……おかしいと思いませんか?」
“黒髪の乙女”の様にみえる。
「こんなうつくしくない世界……おかしいと思いませんか?」
「……貴方は、誰ですか?」
「何故皆が貴方をうつくしいと評すると思います?」
対話をする気がないのか?
「質問に答えてください……貴方は誰で……敵ですか?味方ですか?」
「美の定義とは国や文化圏、地域によってすら異なる。
なのに、皆が一様に口を揃えて貴方をうつくしいと言う……。
――何かおかしくありませんか?」
そんな事を話している暇はない。
「質問に答えるつもりがないなら、わたくしは学友たちを助けないといけないので――」
「普遍的なうつくしさなどこの世にはない。
美人の条件など地域によっても違う。
なのに色んな地域から集まった人がいる学園ですら、皆が貴方をうつくしいという。
――これはほんとうに貴方が“美の神に愛されているから”だと思いますか?」
謎の影の横を通り過ぎる。今はそんな場合ではない。
「私が何者か……でしたね。
私の名は、オルレ。
……オトメアンのオルレ。
美を愛する者。
……でもそんなことはどうでもいい。
貴方の周りで……この文学界ではありえないことが起こっている。
それは貴方がほんとうは“人間”じゃなくて――
――貴方の周りの人間の“こころ”を《・》――」
◇◆◇
「わたくしが……他人の認知を歪めている……?」
お母様が獰猛に嗤う。
「おうおう!気づいてやがったのか!救えねえぇ馬鹿だと思ってたが、少しは頭が回るらしいなぁ?」
「その条件……その何かを抑えるために、エレクトラさまはわたくしに、仮面と外套を……?」
「あぁ……俺はサクラの美が死ぬほど憎い。
こちとら見た目なんて使わずに努力だけで全て成し遂げてきたのによぉ……。あの売女ときたら、生まれ持った外見に頼って何の努力もしやがらねぇ……そのクセ周りの奴らはあの糞ビッチを褒め称えやがる……!」
エレクトラさまは自分が努力のみで立身出世してきたと自認しているのだろう。女の武器を一切使わずに……だから、その武器を女の武器を……人間体の武器を多大に使って立ち回ってきたサクラ様が許せないのだろう。
「……して、わたくしが他人の認知を歪ませる条件とは……?」
「……あぁ?……あぁ、その話だったな。
まず視界でお前を捉えることだ。
お前を見たものは立ちどころに雷に打たれ、馬から投げ出されたようになって目から鱗が落ちる。聖書の“パウロの回心”みてぇにな。
そして次はフェロモンと体臭だ。お前は花のように狡猾にその“美しい”見た目で相手を誘惑したあと……引き寄せて自分の匂いとフェロモンを浴びせる。そうすれば相手はもう終わりだ。」
……嘘だ……。
……だって……じゃあ……あの日、あの時……かげろうは……かげろうは……。初めて逢った日あの時から?わたくしを好いてくれたのは、真実じゃない?……わたくしが、わたくしがそう仕向けていた……?
嘘だ……だって、いやありえない、だって。
かげろうはわたくしの――。




