161. 四人きょうだいで和気あいあい Four Siblings in Perfect Harmony
「……ザミールが……。」
「アイ、今は俺の前だからいいが、あのザミールと少しでも親しいような発言をするのは止めておけよ。
ただでさえ今お前の立場は危うい。
辺境伯派からしたらあの悪名高き“砂漠の黒死病”を殺した英雄。
公王派としてみれば、“王女”を命がけで救い……神聖ロイヤル帝国を退けた。しかもエレクトラ辺境伯から親性を剥奪されて政治的に対立してるように見えるとくらぁ、奴らは躍起になってお前を自陣営に引き込みたがるだろう。
どちらにせよ、こっちの派閥からしてもあっちの派閥からしてもお前は分かりやすい偶像だ。しかもまだ成人もしてないガキで担ぎやすい軽い神輿だ。
アイ……お前はお母様の息子だ。
……その事を努々忘れるなよ。」
……なんだかおにいさまがこわい。
――“家族”じゃなくて、“辺境伯派の政治家”と話してるみたいだ。
◇◆◇
「こら!ゲアーター?アイちゃんが怖がってるでしょ?顔怖いわよ。」
「む?……あ、あぁ悪かった。まだアイには早い話だが。しかし、政治家や敵はアイが成長するのを待ってはくれない。ミルヒシュトラーセの一員としての振る舞いをまだ幼いお前に要求してくる。その事が心配だったんだ。怖がらせたなら悪かったよ。
――ごめんな、アイ。」
エゴおねえさまがおにいさまをいつもの優しいおにいさまに戻してくれる。
――アイと居てくれるゲアーターおにいさまに。
「いえ……そう言えば最近ツエールカフィー公王様に王宮に召喚命令を頂きましたね。」
「なにぃ!?」
すごく大きな声がしてビクッとしてしまう。
育ちのせいで大きい声にはやっぱり慣れない。
エゴおねえさまが満面の笑みで、おにいさまは苦笑してあいの後ろに手を振っている。
「……おねえさま?」
「やっほーシュヴァちゃーん。」
「よう、シュベスター。」
振り返ると肩で息を切らした凄い形相のおねえさまがいた。
そういえばきょうだい四人が集まるのも久しぶりかな?……いつかまだ会ったことのない妹にも会ってみたいなぁ。
「アイ!王宮に呼び出されたというのは本当か!!??」
こ……声がすごく大きい。
「は……はい。ラアルさまが言うには
『お母様が、アイに私を助けてくれたお礼をしたいと言っているわ!是非一緒に私のお家にいきましょう!』と。」
エゴおねえさまは、膝の上に乗せたあいの両手を掴んでお人形みたいに好きに動かして遊んでいる。しかし、おにいさまとおねえさまの表情は険しくなる。
「……この機会にアイを公王派へ引きずり込むつもりかもなぁ?」
「……あぁ、ゲアーター、それか若しくはアイを自分の領域に呼び出して監禁しようとしているのかもしれん!!」
「それは流石に考えすぎだが……公王に何かしらの思惑があることは確かだろうな。」
二人が真剣に話し込んでいる。
「アイちゃーん。うぃーん、がしゃーん。」
エゴおねえさまはあいで遊んでいる。
「……考えすぎでは?
そもそも公王がミルヒシュトラーセの者に何かしたとあらば、今の議会での“空中戦”から一気に武力衝突を伴う“内戦”に発展しかねません。」
「あぁ、だからシュベスターが言うように監禁とかはありえねぇと思うが、アイを懐柔しようとはしてくるかもしれねぇ。」
「いや!監禁も軟禁もあり得る!私はアイが心配だ!アイ!召喚命令は無視しろ!」
「シュベスターは一回落ち着け、公王の勅令を無視なんかしたら、やべぇことになるのは目に見えてるだろ?」
「しかし!……アイを敵対派閥の温床……それも敵の親玉に会いに行かせるというのは……!!せめて私もついていって公王がアイに何かしようとしたらぶっ飛ばしてやる……!!」
「だから落ち着け“お姉ちゃん”、公王に手ぇなんかだしたら今の冷戦状態……仮初めの平和なんてすぐに瓦解すんぞ。」
「アイちゃ〜ん、こちょこちょ〜!」
「あははっ!やめっエゴおねえさまっ!」
「おいエゴペー貴様!この一大事にアイで遊ぶんじゃない!羨ましい!……じゃない!今はどうするかを真剣に考えてだな――」
「――も〜うシュヴァちゃんもゲアーターも心配しすぎよ。対立派閥とはいっても同じ国の仲間でしょ?“対立”と“敵対”は違うわ。
ね〜?アイちゃ〜ん?」
「え……ええ、あいとしては、ラアルさまのお母様に会いに行くだけというか……。」
「そうよね〜。」
エゴおねえさまが頬ずりしてくれる。
因みにシュベスターは頬ずりよりもあいの頭頂部の匂いを嗅ぐろうが好きらしい。
「エゴペー!貴様っ!ずるいぞ!!」
「アイ……何度も言うようだがお前もミルヒシュトラーセだ。確かにお前はまだとても幼い。
しかしお前はミルヒシュトラーセなんだ。お前の一挙手一投足が政治的な意味合いを持つということを忘れるな。
――俺たちは生まれた時から公人で、私人でいることなんてできないんだ。
……前に俺と恋人の話をしただろう?
覚えているか……?」
おにいさまがマンソンジュの学生だった頃に恋人に言われた言葉……もちろん覚えている。
◆◆◆
『……。……ゲアーター。落ち着いて。全てを捨てたキミと逃げるわけには行かない。俺は家を復興させないといけないんだ。家族みんなの期待が……“生活”がかかってるんだ。
ほんとうにごめんなさい……。最初キミに近づいたのは、キミがこの国でいちばん権力のある家の跡取りで、獣神体だったからなんだ。……それだけなんだ。キミを利用して俺は“家族の幸せ”を叶えたかったんだ。だって……恋人より……友達より……家族のほうがいちばん大事だろう?この世でいちばん大切だろう?……だから、ごめんなさい。
でも分かってほしい。“何ももたない人間”が、神様に何も与えられなかった人間が……貧乏人が幸せになろうとしたら、いい人間では居られないんだよ。……“貧しき人々”だって……俺たちだっていい人間でいたいんだよ。ほんとうは。
でも……金がないんだ。この世の問題のすべてはそれなんだよ。俺たちがやさしい人間であろうとしたら、あっという間に身ぐるみ全部はがされちまう。金がない人間は、高潔ではいられないんだ。“ほんとうのさいわい”なんて、ほんとうの愛なんて金持ちの道楽なんだよ……。
でも、でもこれだけは信じてほしい。俺は確かに最初はキミの金と性別を当てにして近づいた。……だけど、2人で過ごすうちに、こころがキミを好きになったんだ。あの冬の日に、2人でベンチに腰かけて手をつないでいた時のこと覚えてる?……あのとき俺はちっとも寒くなかった。だってとなりにキミがいたんだもの。あのときに、ずっとウソをつかせていたこころが。……こころがキミを愛してしまったんだ。それで、キミの左手のぬくもり以外なんにも要らないと思ったんだ。それはほんとのことなんだ。……それだけが俺の真実なんだよぉ……。
……でも、実家に帰ってボロボロのあばら屋で、両親に笑顔で抱きしめられたとき。すきま風がひどいから弟たち妹たちと抱き合って寝た夜に。……『家族をしあわせにすることがいちばんだ』って、そう思っちゃったんだ。
……マンソンジュ軍士官学校に入るために、俺が夜でも勉強できるようにって、ロウソクなんて高級品をプレゼントしてくれて、みんな食うものにも着るものにも困ってるのに。……そのロウソクの薄明かりのせいで、いつもは真っ暗でみえない、弟妹たちの寝顔が見えちゃったんだ。そしたらもうだめだった。
こいつらのために、家族のために、俺はどんなに醜い人間になってもいい、でもお父さんお母さん、弟妹たちにはしあわせになってほしいって!……そう思っちゃったんだよぉ……!
だって俺は長子だから!いちばん最初に生まれたんだから……!家族を、あとから生まれてきたあいつらを……守らないとだめだろう……!?キミだって長男だから、わかるだろう……?
……だから、ごめん。キミとは一緒に行けないし、キミが地位もお金も捨てるのなら……もうこれ以上……っ……一緒にはいられない……!ごめん、ゲアーター……俺がこの世でいちばん愛した人……さようなら。』
◇◆◇
きっとそれはお兄様にとっては呪いの言葉なのだろう。
「あいたちが自分を私人だと思っていても、相手は公人として……“ミルヒシュトラーセ”として扱ってくる……。」
「あぁ……哀しいがな。それが現実だ。だからお前がファンタジア王女に真なる友情を感じていたとしても……必ずそこには不純物が入り混じる。」
ラアルさまとあいはそんなことにはならない。
襲撃事件の夜に、番になった朝に、それを確かめ合った。
だけど、実際に其れを経験したおにいさまに反論する気にはなれなかった。
「そう……かもしれませんね……。」
◇◆◇
その後少し四人で楽しく談笑したあと、おねえさまと二人きりになった。聞きたいことがあったからだ。
「おねえさま……。」
「どうした?アイ?トイレに行きたいのか?」
「……あいはもうそこまで子どもじゃありません……。」
「悪い悪い、それで?どうしたんだ?」
「おねえさまも、おにいさまと同じ意見ですか?ミルヒシュトラーセの者は真なる愛情、友情などは得られないと。」
「……。私は概ねゲアーターに同意だ。私とゲアーターはお前やエゴペーとは違って生粋の“ミルヒシュトラーセ”だからな。」
「概ね……とは?違う部分もあるのですか?」
「私は……友情は得られると思っている。
相手は……知ってるだろ?」
「……しらぬいさん……。」
「あぁ、教会で襲われたあとに少し話したよな?友情について。」
◆◆◆
「……アイにもそんな親友ができるでしょうか……?エレクトラさまに愛してもらうことばかりを考えている自己中心的なアイにも。
……お互いの背中を笑って預け合えるような。その人の背中の後ろの世界に居れば無敵だと思えて、アイの背中の世界は安心な場所だと思ってくれるような……親友が……。」
アイのちいさな両手が、右側と左側から伸びてきた2本の手で、握られる。
「……あぁ、お前にもきっと見つかるさ、其奴の為なら世界の全てを敵に回してもいいと思える親友が。」
「うん……アイちゃんにもきっとできるよ……アイちゃんのためなら、全ての人が『それは白い』と主張しても、ただ一人、『それは黒だ』と叫んでくれるような親友が。」
「……はい。」
「――しらぬいさんとシュベスターみたいな大大大大大大大大大〜親友がねっ!ほんとシュベスターは私のこと好きなんだから〜!」
「ハァ……お前もな。」
◇◆◇
「しかし“私としらぬい”と……“お前とファンタジア王女”では決定的に違う点がある……。
分かるな……?」
膝をついて目線を合わせてくれる。
そしてやさしく頭を撫でてくださる。
おねえさまはいつもやさしい。
「お二人は味方ですが……わたくしたちは対立派閥にいる。ツエールカフィー公王派とエレクトラ辺境伯派に……。」
「あぁ……だから、ラアルには気をつけろ。何を企んでいるかわからん。」
おねえさまはいつもやさしい。
おねえさまはいつもやさしい。
おねえさまはいつもやさしい……だから。
――だから、おねえさまはいつでも“正しい”……?




