160. 愛の姉 Dearest Sister,
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ありがとうございます。
「アイちゃん……手を握って……?」
エゴおねえさまは偶に甘えん坊になることがあった。
持病がひどい時に、眠りにつきたい時に……アイを必要としてくれる。あいの掌を。……何の病気かは決して教えてくれなかったけど。
病床に伏すエゴおねえさまの手を握ると、安心したような顔になり、この世の何処にも不安など存しないというような無垢で幼い笑顔になってくれる。そして、暫くすると寝息が聞こえる。
わたくしはその寝顔を眺めるのが好きだった。
穏やかな寝息を立て、安らかに眠るエゴおねえさまの顔が――。
エゴおねえさまはいつでもアイに与えてくれる。
◇◆◇
「骨の心?ですか?」
「そうよ〜私の一番得意な心よ〜。……っていうか、病気のせいでそれしか使えないんだけどね〜。」
エゴおねえさまと中庭寝転びながらお話する。
抱きしめられてポカポカ気持ちいい。
「アイちゃんはまだ習ってないかもしれないけど、心っていうのは基本的に自分の一番得意な心を磨いていくのが強いのよ〜。」
「……得意な心?」
「ええ、アイちゃんはこれまでどんな心を使ったことがある?」
「んん〜っと……。」
指を折りながら数え上げる。
「悲しみの水の心、慈しみの雨の心、怒りの雷の心……などですかね?」
――それと、憎惡の黒い雨、黒い太陽の心……。
「うんうん。」
「……あれ?それと。」
聖別の儀の時、何故か桜が咲いていた。あれはわたくしの心だったのか……?
だとしたらどんな感情の桜だったのだ――?
◆◆◆
アイと家族とのすぐそばに、いつのまにか、おおきな桜の樹が立っていた。その樹木から絶えず桜の花弁が降っているのだった。
それは地面を覆い尽くしていた。しあわせな家族のいる陽だまりにも、独りのアイがいる暗闇の地面にも、等しく降り注ぐのであった。もう地面のすべてが桜色になってしまった。
すべてを染め上げる桜色のなかで、ただ愛し合う家族と、独りのアイだけが、其処には在った。
アイはそれを認めると、それを口に出すと、自分が死ぬしかないということは分かっていた。自分が生きていくには、母の、父の役に立ちつづけて、絶えず延命をするしかないのだと、これまでの生涯で、痛いほど知っていた。
知っていたのだ。自分のような家族の癌が、生きていていい唯一の免罪符が、使える息子で居ることだけだったのだ。
しあわせな家族の元に不純物として“産まれてしまった罪の唯一の償い方”を、“たった1つのアイの希望”を、1つしかない“生きていてもいい言い訳”を、アイは手放そうとしていた。
あんなにそれにしがみついていたのに、執着していたのに、それはするりとアイのちいさなてのひらからこぼれおちてしまった。
◇◆◇
「それと……何かは分からないのですが、どんな感情かはわたくしにも知り得ないのですが……“桜の心”……。」
「……!
桜の心……サクラのこころ……。」
エゴおねえさまの身体が少し強張った気がした。恐る恐る見上げると、いつもの笑顔だった。
「そうなのね〜。たくさんの種類の心を使えてアイちゃんは偉いね〜!」
「わわっ!」
強く抱きしめられた。抱かれているから顔が見えなくなった。
「エゴおねえさま……?」
「それでね。今までアイちゃんは何人かと戦ったり、お友達の心を見たと思うんだけど。彼らは同時に色んな種類の心を使っていた?」
「ん?う〜ん?」
ザミールは砂塵、ソンジュは光、ハナシュは霧?だっけ?毒の霧なのかな?
シュベスターは氷、しらぬいさんとかげろうとはるひくんは火、クレくんは音……ラアルさまは毒液。おにいさまは雷、エゴおねえさまは骨。
そしてしゅんじつさんは炎……エレクトラさまは――。
「皆一つ……多くても二つですかね?
たぶん……?」
「でしょ?フツーは自分の得意な心を見つけて極めていくの。
そもそもアイちゃんみたいに膨大な量の心をこころをもつものか獣神体の中でも優秀な上澄みぐらいじゃないと、そんなに沢山の心は使えないのよ。」
「なるほど……だから自分の得意な一つ二つを見つけて、伸ばしていくと。」
「そうそう!アイちゃんは賢いでちゅね〜!」
「わぁー!」
「「あははっ」」
あたたかい。
家族との時間って感じがする。
おそろいの髪型。
おそろいのツーサイドアップ。
◇◆◇
「……それでね。まぁ何が得意な心になるのかは、その人の生い立ちだったり、今置かれてる環境だったり、つまりその人のこころが命じたことが顕現させるの。」
「つまり哀しい人は哀しみを、楽しい人は喜びを……人生に対して怒りを抱いている人は怒りを……。」
「そう……そして世界に対して憎しみを抱いている人は憎しみを。」
「世界を憎む者、人生を憎む者……人間を憎む者……。」
「えぇ、心は心だからね、その人の世界観が大きく反映されるわ。」
じゃあわたくしは、雷で他者に怒り、雨で友を慈しみ、黒い太陽で人生を憎み……徒桜で――。
「ん……?……エゴおねえさまの“骨”は?
どんな感情なんですか……?」
さらに強くぎゅううっと抱きしめられる。
エゴおねえさまの心臓の鼓動を感じる。
しかし、表情は見えなくなった。
「……ナイショっ!」
「……。」
エゴおねえさまは今どんな表情をしていらっしゃるのだろうか?
「……それでね、アイちゃん。アイちゃんは色んな心が使えるこころをもつものだから、私の骨の心を教えようと思って今日はお話しに来たのよ〜。」
「骨の心を……わたくしが。」
どんな感情かはナイショだけど、使えるようになってほしい?
……普通教えたいならどんな感情か知らせたほうがいいはず……なんでだろう?
「そうっ!意外と応用が利くし、汎用性高いのよ〜。」
「はぁ。」
「あれ?あんまり乗り気じゃない感じ〜?」
「あっ!いえ、是非ご教授願いたいです!」
「でしょ〜?まずはね〜。」
◇◆◇
「う〜ん、今日はあんまり上手くいかなかったわね〜。」
「……すみません。」
「あぁ!アイちゃんが悪いんじゃないのよ!大丈夫!ほら!ゲアーターだって最初はそれは酷いものだったんだから〜。」
そう言えば初めて心をシュベスターに教えてもらった時も聞いたな。
「そんなに酷かったのですか?」
「そりゃあもう!あのね――」
「――おい!エゴペー!
アイに余計なことを吹き込むな。」
声がした方を見上げるとゲアーターが立っていた。
「あら!ゲアーターじゃない!戦争の最前線……“チェルマシニャー”に居ると思ってたわ。」
「あぁ、居たんだが……少し今は外患より内憂だとお母様に呼び戻されたんだ。それに……この前林間学校襲撃事件で神聖ロイヤル帝国の奴らはボコボコにしてやったしな。」
「内憂……国の中に何か新しい憂いがあるのですか?」
「……まぁ、新しいというよりは前からずっとあるヤツだな。まず件の襲撃事件で公王派が力を強めてやがる……国会での声もデケェしな。鬼の首を取ったように……ここぞとばかりに辺境伯派を給弾してきやがる。
加えてそれに乗じて反政府組織の動きも活発化してやがる。リーダーの砂漠の黒死病、ザミール・カマラードはアイが一回ぶっ殺したから今は弱体化しているはずだが、水面下の工作が増している。
反差別主義の信奉者を集めて勢力を増して、公王派と辺境伯派の対立を煽ってやがる。大方自分らじゃあ俺たちに勝てねぇから漁夫の利を狙ってやがるんだろう。」
「……ザミールが……。」
「アイ、今は俺の前だからいいが、あのザミールと少しでも親しいような発言をするのは止めておけよ。
ただでさえ今お前の立場は危うい。
辺境伯派からしたらあの悪名高き“砂漠の黒死病”を殺した英雄。
公王派としてみれば、“王女”を命がけで救い……神聖ロイヤル帝国を退けた。しかもエレクトラ辺境伯から親性を剥奪されて政治的に対立してるように見えるとくらぁ、奴らは躍起になってお前を自陣営に引き込みたがるだろう。
どちらにせよ、こっちの派閥からしてもあっちの派閥からしてもお前は分かりやすい偶像だ。しかもまだ成人もしてないガキで担ぎやすい軽い神輿だ。
アイ……お前はお母様の息子だ。
……その事を努々忘れるなよ。」
……なんだかおにいさまがこわい。
――“家族”じゃなくて、“辺境伯派の政治家”と話してるみたいだ。




