157. 立ち止まる勇気 On the Fence
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そうか、アイはアイのことが嫌いだったんだ。憎かったんだ。殺してやりたいんだ。なんだかしっくりきてしまった。こんな塵屑好きになるやつはいない。アイだってこんなやつは嫌いだ。
じゃあ、殺してしまおう、こんな自分は。だってそうしたらみんな幸せなのだから。おかあさまのもおとうさまも、お兄さまもエゴペーお姉さまも、アイ自身も……みんなみんなみんな……。
……なんで、やさしくしてくれるお兄さまやエゴペーお姉さまを信じられない?やさしい人たちを疑うということが、この世でもっとも嫌悪すべき悪徳であるということを知っているのに?
……たぶんきっと、お兄さまはお母さまに、エゴペーお姉さまはお父さまに愛されているからだ。ありありとそれを見せつけられるからだ。あいがどれだけ渇望しても手に入らない愛を、なみなみと有り余るほど注がれているのを目の当たりにするからだ。
余ってるならくれたっていいじゃないか。少しくらいくれたって。一滴だっていいのに……。それで幸せなのに。だから信じられない?どうして?お二人は何も悪くないのに。それが自分を惨めにするというだけで、二人を信じきれない。そんな自分がいちばん嫌いだ。いちばん醜い。
ならはやくしんでしまおう。これ以上1秒でも永く大好きな人たちを傷つけ続ける前に。愛する人をアイが生きてるせいで不幸にする前に。
……でも。でもシュベスターは?おねえさまは……もしアイが死んだら。もし完璧な家族から唯一の汚点が消え去ったら。それでもかなしんで下さるたろうか……?もしアイがしんだら。お姉さまは……。かなしんで下さる?人を悲しませて喜ぶなんてとことんゴミクズだな……アイは。
でも……もしかなしんで下さるなら。いや、おねえさまはきっとかなしんで下さる。おねえさまだけはきっと。ならしねない……ゆいいつ信じられる人をかなしませるなんて。いくらアイでもそんなことはできない。そして、おねえさまがかなしんで下さるなら、もしかしたら、万が一にも、お兄さまとエゴペーおねえさまも……?もしかしたら。
ならば生きていよう。きはすすまないけど、できるだけしずかに、あいするひとたちの視界にはいらぬように。ただおねえさまの……家族の幸せを願っていよう。そして願わくば……これ以上誰も。きずすけなくない。なんだかなみだがでてきた。なきたくなんかないのに。
死にたいわけじゃない。そんなわけない。死ぬのはこわい。ほんとにこわい。こわくてしかたがない。しにたくない。しにたいわけじゃないんだ。ただ……生きていたくないんだ。
でもたったひとり、ひとりだけでも、アイがしんだなら、かなしんでくれる、かなしんでくれるひとがいると、そう、こころでかんじられるうちは、そのうちだけは、いきていよう、とおもった。
◇◆◇
「……だから、わたくしはずっと不安定なフェンスの上に立っているのです。右に降りればいいのか、左に飛び込めばいいのか、ずっと分からずに。そうして今日まで醜い現状維持をしてきたのです。」
「……アイ。まず、それは醜いことなんかじゃない。お前は醜い人間なんかじゃない。」
「――でも……!」
座り込んでいるザミールに無理矢理手を引かれ腕の中に収まる。
「――黙れ。うるせぇんだよ!
あの日、あの夜俺は誰より近くでお前のこころを見た。俺の言葉を信用できねぇか?この輩のことをよ……!!だからお前が何と言おうと関係ねぇ、黙ってろ。
お前はうつくしい。友を守ろうとした、強敵に立ち向かった、誰より恐れてる親の言いつけに背いてまで、聖別の儀の時に相手を殺さなかった!!俺には見えた!!俺たちのこころが混ざり合ったあの洞窟で!だから俺の言うことを黙ってて信じてろ!!わかったな!?」
「……ふふっ……なんですか、それ。人を慰める時に、黙ってろなんていう人初めてみましたよ。」
「うっ……まぁ俺ぁ口が悪いのは認める、スラム育ちだしな。家族を失うのが怖いことが醜いとは俺には思えねぇ。俺だってアデライーダを守る為ならなんだってする。
だから、大いに迷えよ。迷って迷って……そうして出した決断なら……もし失敗したとしても、自分自身は納得させられる。他人なんてほっとけ。自分が納得できる人生を送りゃあいい、お前はまだガキなんだしな。」
「……ありがとう、ザミール。」
「うっ……まぁ、本当は反政府組織のリーダーとしては家族なんて捨てて俺たちに与しろって言うべきなんだろうが……俺は不器用なんだよ!」
「うふふっ……何に怒ってるんですか?
……それに貴方のそれは、“不器用”ではなく、“誠実”というのですよ、誠実な犠牲者。」
「ちっ……なんかうめぇこと言いやがる。それにこんなにお前の味方をしたのは俺自身のためでもあるんだ。先刻話しただろ?俺の部下には俺を盲信してる奴もいる。俺の行動で言葉で後悔で、そいつらの命を危険に晒す可能性があるんだ。
だから、俺もずっと迷ってる……何を敵とするべきか、誰と手を組むべきか、どうやったらできるだけ血の流れない方法で革命を起こせるか。薔薇の香りがする革命を、成し遂げられるか。圧倒的に戦力で負けてる側のリーダーがこんなこと考えてんだから甘ぇと思うだろ?俺もそう思う。」
「……いやぁ?……“誠実”だなと思いました。確かに数の利で負けている側はどんなに非道な事をしてでも勝利を掴み取る信念と覚悟が必要だとは思いますが……。
そうすると、地球の地球人と何が違うんです?醜い地球人のような手を使ってエレクトラ辺境伯はその勢力を拡大させてきました。もし貴方がその手を使ったとしたら……それは彼女と同等レベルまでその身を堕とすということです。
堕天使を斃すために自らも堕天したんじゃあお話しなりません。何故なら暴力によって成し遂げた革命はまた別の暴力によってすぐに取って代わられるからです。地球じゃあ珍しいことじゃありません。」
「……確かに、俺は彼奴の地球人的な……あまりに地球人的なやり方を止めさせる為に反政府組織を組織した。
なのに奴さんと同じ手を使えば革命後同じことが起こるだろうな。反政府組織が圧政的な政府となり、また地球人的な醜いやり方で民を苦しめる。」
「えぇ……そうです。だから、わたくしは貴方を優柔不断などとは思いません。」
「しかし、俺には仲間の命という責任が――」
「うるさいんですよ。黙ってください。
貴方の好敵手たるわたくしが言ってるんです。貴方は誠実で優しい……人の痛みのわかる人です。きっと民草の痛みがわかる為政者になれるでしょう。」
「ケケケッ……テメェ意趣返しかよ。でもまぁ……ありがたく頂戴しておきますよ、あぁ、高貴なるアイ・ミルヒシュトラーセ様よ。」
「うるさいですよ。アイって呼んでればいいんですよ貴方みたいな人は。それに私の敬愛するチェルせんせーが言ってました。
真なる正義とは常に自分が正しいかどうか疑い続けなければならないと、自分を正義と確信した時点で、それただよ悪に身を堕とすと。」
つい最近チェルせんせーとした会話を思い出す。
◆◆◆
「そこまでは!
……わたくしは……ただ……“教育”や“愛”と……“洗脳”分かつものは何なのでしょうか……?」
「……う〜ん。それは非常に難しい質問だ。だが同時に……とてもいい人生に対する問いだ。
思想の濁流を流し込むことだと考えれば、
『すべての教育は洗脳だ。』
なんて大言壮語も言えるだろう。
しかしボクが思うに……“愛”と“教育”、そして“洗脳”を分かつものは……それが反駁可能な形式で記述されているかどうかだと思う。」
「つまり……?」
「教える側が正しいかどうか常に自分を疑い続けているものが“愛と教育”で、与える側が自分を正しいと、これは絶対的に正義だと確信した時点でそれは“洗脳教育”となる。」
「……そして、“疑い方を教えるか”どうかも?
……むかしファントム先生が……恩師がそう教えてくれました。
『教師とは“真理を教える者”ではなく、“真理の探究の仕方を教える者たち”だ。』……と。」
◇◆◇
「……“ナウチチェルカ・ジ・インビンシブル”がそんな事をなぁ、彼奴只のクソつえぇ奴じゃなかったんだな。」
「ええ、彼女の生徒のわたくしから見ても、本当に素晴らしい先生で、素晴らしい人間ですよ。」
「“人間”!……人間とくるかぁ……!
そいつぁいいなぁ……。」
「だからザミール、貴方も立ち止まることを恐れないでください。立ち止まることは時として、一歩歩き出すことよりも多くの勇気を必要とするのですから。もし今足踏みをしているように感じるなら、それは貴方に勇気がある証拠ですよ。」
「……あぁ……お前もな。」
「うふふっ……ありがとうございます。」
「ケケケッ……こちらこそってヤツだ。」
顔を見合わて笑い合う。親友のように――。




