7-①. 愛と陽だまりの出会い I meet the Sunny Spot.
――マドレーヌの味がしない。
◇◆◇
「元々この世界には、寿命も性別も……神も存在しなかった……?そしてお母様が、お母様が――」
「俺が性差別を作り出したって言ってんだ――分からねぇか?」
「……な、なんでそんなことを……?」
先ほどまで感じていた暖かさが霧消し、暗闇の荒野が訪れる。こわくて母の目を見られなかった。
「なんで?……ぁあ〜そうだなぁ。その方が都合が良かったから……だなぁ……。地獄に詳しいお前なら知ってるだろ?
分割統治だ。いや〜地獄の奴らはとんでもねぇこと考えるよなぁ。あいつらこそまさに人間的な……あまりに人間的な……ってやつだ。
まぁ彼奴等の人間具合にはこの俺でさえ辟易とするぜ……ククッ、まぁその方法に助けられて来たんだがなぁ。
そうだ、パンドラ文献を紐解いてるうちに気がついたんだよ……彼奴等のおおよそ文学界の人間には考えつかねぇ人間的すぎるやり方は、文学界じゃ本当に使えるってなぁ。
なんせこっちの世界のやつはそんなに非道な方法は思いつかねぇからなぁ、初めて俺がこの世界でやったら効果的なモンばっかだったぜぇ。差別はいい!とくに分割統治はなぁ。地獄最大の発明だろうなぁ。」
「分割統治……地獄の歴史書で読みました……あるグループを統治する際に、優遇する少数グループと不遇に扱うその他大勢を作り、グループ同士で争わせることによって自分たちが手を汚すこともなく簡単に治めることができる方法……。」
「流石に地獄のことは詳しいなぁ……。パンドラ公国のうるせぇ公王を黙らして、やつを信奉する輩も黙らして、ミルシュトラーセ家に不満を持つ民衆も黙らせる。最高の手段だった。
俺がやったのは単純だ。両性具有者擬きを徹底的に排斥して。両性具有者連中に取り入り、人間体の連中を国を挙げて差別して、獣神体の連中の支持を得る。いやぁ〜実に簡単だったぜぇ。なんせ制度さえ作りゃああとは勝手に差別して、争い合ってくれんだからなぁ。本当に馬鹿な連中だぜ……。
おれは人間体の奴らやアニマ・アニマがどんな扱いを受けてきたかしっかりとこの目で見てきた。だからお前を絶対にアニムス・アニムスにするための方策を執ってやろうってんだ。こんなにいい母親が他にいるか?……いねぇだろ?これはおれなりの愛情なんだぜ。
まぁ……晴れてアニムス・アニムスになったらおれの軍に入ってムカつく公王周りの貴族とファンタジア王国の奴らをブチ殺してもらうが……。
まぁ愛情を与えるんだ、オマエも愛情を返してくれるよなぁ……?だって俺たちは親子だからなぁ……助け合っていかねぇと。」
――はるひちゃんを犠牲にして?はるちゃんをそんな立場に追いやって?それで、それで何が得られる――?
得られるものは、“おかあさまの愛”――。
◇◆◇
身体の右側のソファが沈み込んだのを感じた。気がつけばエレクトラはアイの横に座っていた。それをただ遠くから眺めていた。
「アイ……瞳を見せろ……。」
アイが徐ろに顔を上げると、産まれてはじめての距離でお母様の顔が感じられる。
――お母様の顔こんなに近くで見るのは初めてだ。
……そうか、抱きしめてもらったことがないからだ――
「オマエの瞳の色は本当にオイディプスそっくりだな。」
――それ以外はあのマグダラのサクラと瓜二つだが。
「……。」
――おかあさまが、アイを、みている――アイだけを――!
――こいつの見目がもう少しでも俺の夫に似てりゃあ、いやもう少しでもあのクソ売女に似てなけりゃあ、もしかしたら――
「アイ……。」
エレクトラが両手を広げる。アイは何が起こったのか理解できなかった。これまで自分の前でお母様が身体を動かすのは自分に暴力を振るうときだけだったからだ。アイが動けずにいると、エレクトラは苛立ったようにアイを抱きしめる。
――こいつ……こんなに小さくて、やわっこかったのか。
「お……お母様……お母様ぁ!」
生まれてこの方人前で決して涙を見せようとしなかったアイが泣いてしまった。冷たい夜の中で独り痣を抑えて蹲ることよりも、母親の胸に抱かれてその腕に全てを投げ出して染み込んでくるあたたかさに包まれるほうが、アイにはもっと泣きたくなるのだった。泣くと殴られると知っているのに。
……しかし、今回はそうはならなかった。
「泣くな泣くなめんどくせぇ。折角抱いてやったのに泣くとはどういう了見だテメェ。そんなに嫌なのかぁ?」
口調はいつもと変わらないが声に棘は感じられない。
「ちが……ぢがいます……うれじくて……。」
「あーあーわかったわかった、もう泣いててもいいから、ほらマドレーヌ食え。」
アイを抱いて左手が塞がっているので、今度は右手でマドレーヌを持ちアイの口に近づける。アイは見放されないように必死でそれを食べようとする。でもするのは泪の味ばかりであった。でもアイにはそのマドレーヌの匂いと泪の味がとても美味しく感じられた。
母の胸の中でほおばったその“泪味のマドレーヌ”のことは一生涯忘れることはないだろうと……そう、思った。
◇◆◇
泣きつかれて寝てしまったアイを見やりながらエレクトラは考える。
――泣きつかれて寝るとかガキかよ……しかも服を掴まれてるから動けもしねぇし、やっぱり変に優しくするもんじゃねぇなぁガキなんてもんは。すぐにつけあがりやがる。
それにしても……さっきはこいつの姿を見ているのに耐えられなくて、ついこいつを抱きしめたが……やっぱり気に食わねぇな。目以外あのクソビッチと瓜二つとコイツが、オイディプスとサクラの交わった証であるコイツが、のうのうと俺の屋敷を歩いているのが許せねぇ。コイツの姿を見るたびにあいつらの交わりを思い出させてイライラさせてくる。
だからコイツのことは好きになれねぇんだ。同じ妾の子でも……見た目がサクラに似てねぇだけ、父親似のエゴペーのほうがマシだ。まぁ、獣神体の俺はガキを作りづれぇからしゃあねぇとはいえ……納得がいかねぇ。オイディプスが俺以外のやつに弄ばれるのが……気に食わねぇ。
……まぁいい、コイツが計画通りにアニムス・アニムスになったら、俺はこころをもつものという“戦略”兵器とアニムス・アニムスという“戦術”兵器の両方の軍事力を兼ね備えた最強の兵器を手に入れられる。
――あいしてるぜぇ、俺の兵器




