151. 人生は、小路のようには歩けない。 В жизни нельзя идти, как по узкому переулку.
その前に立って、立ちぼうけ。
誰かを待っているわけでもないのに、待ちぼうけ。
ひどく滑稽だ。
だがそんなこと今に始まったことじゃないだろう?わたくしの人生なんて、最初からお笑いだ。
辺りが暗くなっている気がする。
どれほど門の前で立っていたんだろうか。
何を期待しているんだろうか。
誰を待っているんだろうか。
春一番でも、秋の木枯らしでもいいから吹いてこの身体をこの世の全てを吹き飛ばしてほしい。
風の又三郎のように、クソみてぇな日常をぶっ飛ばしてくれ。
このおれの人生に花言葉を――。
たったひとつでいい。
花言葉がほしいの。
花一つあれば人生は生きて往ける。
――人生は、小路のようには歩けない。
だけど花言葉一つで……人生の荒波に耐えられる。向かい風を見に纏いて歩くことも叶う。掌の中を滑る風を感じながら。
……人生は小路ようには歩けない。
だから……花言葉が欲しいの。
そうしないと生きてはゆかれないから。
――独りの花人局さえ居てくれたら。
枯れ葉を踏みしめる音がする。
わたくしの隣に誰かをいるらしい。
春隣のような暖かさ。
わたくしが見つけたのは。
わたくしを見つけたのは。
わたくしが待っていたひまりさんではなく。
待ち焦がれた“ひだまり”……ではなく。
恐れていた“春の日”だった。
「こんな寒いとこで何してんの……アイくん。」
◇◆◇
大きな門の前にちいさな子がいる。
暖かい家の前で、独り凍える子がいる。
アタシが一番好きな男の子だ。
全人類のなかで唯一好きな人だ。
人生の全部を使っても護りたいと思うような。
弱っちくて、ばかで、力も身体も弱い。
そのクセ他人のことばっかで、ばっかみたいな男の子。
――世界でいちばんうつくしい男の子。
その子がアタシの家の前で、寒さに独り凍えている。待ち人がアタシじゃない事は確かだ。この子が待っているのはいつも夏の陽炎。
太陽に熱せられ揺ら揺らと揺らめく陽炎だ。
ホンット……ばかみたいだ。
その手を温めるのがアタシじゃないと知っていても。その小柄な身体を包み込むのがアタシじゃないと分かっていても。
この男の子を護る王子様にはなれなくても。
この子を守るヒロインにはなれなくても。
この子に仕える騎士にはなれなくても。
この子をお母さんに送り届けるカッコいい彼女にはなれなくても。
今目の前で寒さに怯えることすら忘れた、悲しむこころすら亡ったこの子を。
手を伸ばし抱きしめることはできる。
そうしてまたアタシは声を掛ける。
そうしてまたアタシは手を伸ばす。
――絶対に届かないと知っているのに。
太陽には手は届かないのに……。
……これじゃあどっちがばかなんだか。
すうっと冷たい空気を吸い込んで、白い息と一緒にできるだけ柔らかい言葉を吐き出す。
「こんな寒いとこで何してんの……アイくん。」
◇◆◇
「……はるひ、くん。」
わたくしは今どのような感情なんだろうか。
黙っていたら何も言わずに無理矢理抱きしめられた。身体が勝手に震えてしまう。
はるひちゃんに非道いことをされた日から、あの放課後から、白い森が黒くなった時から……ずっとこの娘のことがこわい。獣神体の女の人たちも皆こわい。
……ラアルさま以外は。
「……あーあー何してんの。こんなに冷たくなっちゃって、ただでさえアニマ・アニマで身体が弱いんだから、気をつけてよね。」
あんなに非道いことをしてきて、今度はぶっきらぼうだけどわたくしを気遣った言葉をかけてくる。
「……。」
「……ほら、家に入るよ。」
黙っていると沈黙を肯定と受け取ったのか、無理矢理繋いだ手を引っ張られる。強引で、わたくしの弱い腕は少し痛かったけど、少し……うれしかった。
わたくしはこの娘のことをどう思っているのだろうか。エレクトラのようにわたくしに非道いことをするこの娘を。
だどもエレクトラのように憎惡を抱けないこの娘を。
されたことを考えれば、わたくしはこの娘にエレクトラと同じような感情を抱いてもおかしくないはずだ。
だけど憎みきれない。
だども嫌いになれない。
こころが赦したがっている。
それはわたくしが聖別の儀で、もっと非道いことをこの娘にしたからだろうか。
それとも初めてむき出しのこころをぶつけ合った仲だから?
今思えばザミールとわたくしがあの襲撃事件の夜にやったことは、はるひちゃんとの聖別の儀の再演みたいだ。
お互いを憎み合い、殺し合い。
誰よりも愛する家族にも、誰より気の置けない友にもみせたことがない、裸のこころで相手にぶつかった。
そしてザミールとは輩になったが……この娘とは?わたくしとこの娘は番だ。
憎しみ合いを経てザミールとは友になり、はるひちゃんとは番になった。
しかしそれはただ関係性を表す言葉だ。
わたくしにとってこの娘がなんなのか……それきっと御言葉如きでは語り得ない気がした……。
だってそうじゃなきゃ……この娘が入れてくれたお茶がこんなに綺麗な緑色をしているわけがない。エレクトラとこの娘に向ける感情が一緒なら……醜く汚く、黒く染まっていないとおかしい。
……あぁ……あたたかい……。
湯呑みから流れる湯気が頬を撫でる。
指先だけでちょこんと分厚い湯呑みに触れていても、お茶のあたたかさが伝わってくる。
こんなに分厚い壁に阻まれても、あたたかさは伝わる。きっと“やさしさと分厚いこころの壁”の関係も、“あたたかさと湯呑み”の関係とまた然りなのだろう。
「……はるひちゃんは、わたくしの事をどう思っているのですか?」
胡座をかいて頬杖をついてわたくしをみていた彼女に問いかける。
「ハァ?……突然しゃべりだしたと思ったら急に何?」
「あの日みたいに非道い事をしたり、今みたいにやさしい事をしてくれたり、非道い言葉をかけたり、やさしい事を言ってくれたり……わたくしにはもう“はるひくん”がわからないのです。
だから、“はるひちゃん”に聞きます。
聖別の儀から、あの運命の日から……わたくしたちの関係は複雑怪奇になってしまいした。むかしはお互いにあんなに単純だったのに。
もう貴女がわたくしをどう思っているか、わたくしが貴女をどう思っているのか……わたくしには見当もつかないのです。
今一度問います……“はるひちゃん”はわたくしの事をどう思っていますか……?」
彼女はいつもの恐い顔から、少し面食らったような顔になり、次に怒りの感情をその顔に浮かべた。そして頭をガシガシとかきながら、言った。
「“わたし”が“アイくん”をどう思ってるかなんて……もうアタシにもわかんないよ……!アンタはいつもそう!!アタシのこころをかき乱すだけかき乱して……!
――こっちがかまってあげようとしたらかげろうの方へ逃げる!」
……?
「何故……今かげろうの話が出るのでしょうか?
今はわたくしたち“二人の”関係について話をしているはずです。」
彼女は自分の顔を力任せに掴みながら答えを返してくる。
「だからっ……!関係あるんだって……!!もう……アンタは!どれだけ自分が無意識にアイツに依存してるか考えて!!」
依存?わたくしがかげろうに?
「……確かにわたくしはかげろうのことが幼馴染として“好き”ですが、その“好き”は依存心からくるものではありません。」
はるひちゃんが両手をちゃぶ台の上について膝立ちになる。そして、顔近づけてくる。
「へぇー!?アタシが近づくとすぐにアイツに隠れるのに?何かあるとすぐにアイツに伝えに行くのに?アイツを学校で見つけたら仔犬みたいに駆け寄っていくのに?」
「それは……わたくしはラアルさまが相手でも同じ事をしますし……お友達にはみんな……平等に……好意を抱いています。きっとアルちゃんにだって同じ事をするでしょう。」
「“ラアルさま”……?」
ピクッと彼女の顔が苛立たちに引きつる。
「ほんっと、ファンタジア王女殿下と親しいよね?この前までいがみ合ってたと思ったら急にさ!
あぁ〜アイツも優秀な獣神体だもんね?アイくんは相手が優秀な獣神体だったら誰にでも尻尾を振るビッチなんだ?人間体……それもアニマ・アニマだもんね?弱っちくて力もないから、強い獣神体に媚びて生きていかないとね?
――ほんとビッチな男の子なんだから……アタシっていう番がいるのにさ!!」
はるひちゃんが自分の胸に力強く手を当てて叫ぶ。
「……わたくしの事は何と侮辱して頂いても構いません。しかしラアルさまを貶めるようなことを言うのは看過できません。
――彼女は……正式な……“双方の合意がある”わたくしの番です。」
はるひちゃんを睨めつけながら黙り込む。
「…………。」
「…………。」
目を見開き見るからに動揺したはるひちゃんがやっとのことで言葉を零す。
「………………は?」




