150. “親への愛”は“洗脳の賜物”である!! But Not Just For Children
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ありがとうございます。
ほんとうに、ほんとうにここまで読んでくださっている読者さまのおかげです。
感謝以上の言葉を伝えたいので、これからも執筆を頑張ります。
ほんとうに、ありがとうございます。
「教える側が常に自分が正しいかどうか疑い続けているものが“愛と教育”で、与える側が自分を正義だと、これは絶対的に良いことだと確信した時点でそれは“洗脳教育”となる。」
「……そして、疑い方を教えるかどうかも?……むかしファントム先生が……恩師がそう教えてくれました。『教師とは真理を教える者ではなく、真理の探究の仕方を教える者たちだ。』……と。」
アイは聖別の儀の前、最後に受けた授業を思い出す。
あの時のファントムの言葉を――
◆◆◆
「では、我々はどうだ。私たち人間は?我々の人生は永いとお前は考えるのだな?」
「……どうでしょう、確かに死産や夭折する者もいますし、人間の生は、もし永らえたとしても……いや……。答えは何なのでしょうか?」
「教えない。軽々しく真理を求めようとするな。真理を求めるなら、“彷徨える跛行者”となる覚悟を持て。この世の問で正解があるものなど、数えるほどしかない。重要なことは、答えのない問いに自分で答えること、もしくは死ぬまで答えを求め続けることだ。
教師の仕事は答えを教えることではない、“答えの求め方を教える”のだ。そして、真理を探し続けるという道を指し示すのみだ。自分の足で歩く方法を教える。手を引いて連れて行ったりはしない。」
◇◆◇
「ファントム君がそんな事を……やはり彼は良いことを教えるね。」
「はい……あの御方は、まだ性別も決まっていないわたくしに……いつまでたってもわたくしの前に横たわる人生を照らす光を下さいました。
決して色褪せることない学識を――。」
「おやおや、随分と彼に懐いているみたいだねぇ……アイたんは。同じ先生として柄にもなく嫉妬してしまうじゃあないか……。
ボクと彼……どっちのほうが好きなんだい……?」
悪戯っぽく言う。
「えっえっ……わたくしはどちらも敬愛していて!あのっ!」
「……ふふっ……冗談さ。好きな先生は多いほうがいいからね。……その方が思想も偏らないしね。
話を戻そう……もしアイたんの兄君や姉君の思想や感情が、洗脳によってエレクトラ辺境伯に歪められたものだとして……。つまり、胎内にいた時に“親の愛の心”……謂わば“呪い”によって形作られたものとして……キミはどうしたいんだい?」
「わたくしは……わたくしは……。」
「……。」
アイはカップに目を落とす。アイのものはミルクの白と珈琲の黒が混ざり合っているが、ナウチチェルカのものは純黒であった。
これまでの人生を思い返すアイ。
彼の背中からある感情からある感情が漂い始めた。
◆◆◆
《オマエみたいなゴミ、生むんじゃなかった。》
《オマエに愛を与えてやろう……。》
《この……人間野郎が!》
《――ここに、お前はもう、おれの息子じゃなくなった。
じゃあな、愛する価値のない元、息子よ――。
お前は今から、
“アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ”だ。》
◇◆◇
「……!?」
手の中にあるミルクティー色の液体が、徐々に漆黒に染まっていき、アイは慌ててそれを取り落としてしまう。
……しかし床に転がった白いカップの破片とこころの黒をみたときに、こころに静寂が帰ってきた。
アイの背中から迸る感情。
身体の周りでバチバチと弾ける心。
胸の内に静かに降り積もっていたこころ。
それは悲しみ。
アイの人生にどこまでもついてくる影のような悲しみ。
彼が人生に抱く哀しみ。
彼の全てを形作る哀しみ。
彼の笑顔にいつも陰を落とす哀しみ。
――ではなかった。
それは。
黒く床に散らばるそれは。
火花のように、瞬くそれは。
閃光のが如く、閃くそれは。
――“怒り”だった。
それも激情、憤怒のこころ。
身を焦がし骨まで溶かすような炎。
ただ其処にあるだけで、人を殺しむるような焔。
……今までの藍の人生は。
海原のように藻掻き、苦しみ打ち付けてはまた引いて、永遠に終わりがない苦役。
両の手では足りないほど地を殴りつけ、決して止むことない篠突く雨のような苦難。
日照り、大雨、大干魃と大洪水。
太陽に潜む陰と陰のような太陽。
黒い雨……黒い太陽。
◆◆◆
黒い太陽のような激しく燃え盛るそれは、部屋中の全てのものを黒い光で照らし出して色を変えさせるそれは。アイの穢れた髪の色と顔の形を天の太陽の様に暴き出すそれは――。
「ぁ……いじょう……?」
一見憤怒の炎に見えるそれは、しかし誰よりも母を愛しているアイには分かった。分かってしまった。それが“母の愛”だと。
◆◆◆
――ああ、おかあさま――。あぁ!……生まれて初めて……。
――?――!!!
いたいいたいいたいあついいたいいたい――!!
◆◆◆
「相手を憎んでいる場合はな。それもただ憎んでいるんじゃあない、それだと精々憎しみを具現化して傷を付けるのが関の山だ。……この憎悪は違う。
相手のことを心の底から殺したいと思って、死んでほしいと願って、姿形・心根・生き方っつう相手の存在の全てに黒い憎悪を抱いていないと顕現させられない。そういう心底テメェを憎んでいるという、その気持ちを表したのがこの、黒い太陽だ。
俺からこんなに思われて、うれしいだろう?なぁ!!サクラァ!!この……人間野郎が!」
◇◆◇
あぁ……そういうことか、あいはおかあさまを……“わたくし”は……“エレクトラ”を……“憎惡”しているんだ――。
……殺してや――
「――アイたん!」
思考を邪魔する声。
しかし、心地良い声。
母親からは決して与えられなかった声。
自分の垂れた髪で太陽神の御隠れになった暗黒世界に、髪の帷の隙間から光が射す。
夜が逃げていってしまうから、光は嫌いだ。
「……チェル、せんせー。」
いつもの無表情を崩しわたくしを心配した顔のせんせー。
柔らかな木の匂いがするからせんせーは好きだ。
「……大丈夫かい?カップの破片で手や脚を切ってはいないかい?」
エレクトラには一度もかけられたことのない心配した声。
「それに心も暴走していたようだし……。」
「……ええ。わたくしは大丈夫です。」
……だって、おかしいのはこの文学界だ。
「そう……?なら、よかった。
――しかし……黒い心か……。」
チェルせんせーが顎に手を添えて考え込んでいる。
黒い心を見たのはこれまでで二回あった。
エレクトラがわたくしを殺そうとした時と、ザミールがおれを殺そうとした時だ。
この二つを勘案すれば、馬鹿なわたくしでもそれが何かわかる。
……どんな感情か。
――どんな……“こころ”か。
◇◆◇
ひまりさんに会いたくなった。
ひだまりは嫌いなはずなのに。
チェルせんせーの研究室をでたその足で、春日家に向かった。どう歩いたのかも覚えてない。覚束ない足取りだっただろう。
目の前に大きな門がある。
初めて訪れた時より随分立派になっていた。
聖別の儀のことを黙っておく見返りだろう。おそらくエレクトラが狡猾にも手を回して。
その前に立って、立ちぼうけ。
誰かを待っているわけでもないのに、待ちぼうけ。
ひどく滑稽だ。
だがそんなこと今に始まったことじゃないだろう?わたくしの人生なんて、産まれた時からお笑いだ。
辺りが暗くなっている気がする。
どれほど門の前で立っていたんだろうか。
何を期待しているんだろうか。
誰を待っているんだろうか。
春一番でも、秋の木枯らしでもいいから吹いてこの身体をこの世の全てを吹き飛ばしてほしい。
風の又三郎のように、クソみてぇな日常をぶっ飛ばしてくれ。
このおれの人生に花言葉を――。
たったひとつでいい。
花言葉がほしいの。
花一つあれば人生は生きて往ける。
――人生は、小路のようには歩けない。
だけど花言葉一つで……人生の荒波に耐えられる。向かい風を見に纏いて歩くことも叶う。掌の中を滑る風を感じながら。
……人生は小路ようには歩けない。
だから……花言葉が欲しいの。
そうしないと生きてはゆかれないから。
――独りの花人局さえ居てくれたら。
枯れ葉を踏みしめる音がする。
わたくしの隣に誰かをいるらしい。
春隣のような暖かさ。
わたくしが見つけたのは。
わたくしを見つけたのは。
わたくしが待っていたひまりさんではなく。
待ち焦がれた“ひだまり”……ではなく。
恐れていた“春の日”だった。
「こんな寒いとこで何してんの……アイくん。」




