6-③.お姉ちゃんズの世界解説講義 feat. しらぬいちゃん! Sex, Gender and so on.
「……つまり春日春日ははるひを、アイくんがアニムス・アニムスになるための人身御供として差し出したと?」
はるひのものとは思えない棘のある物言いに空気がひりつく。
「……あぁ、そうだ。おそらく娘をアニマ・アニマにする代わりに、不知火陽炎連合での地位向上にミルヒシュトラーセ家に協力させるのだろう。そういう密約がお母様との間にあっても不思議ではない……。」
「そんな……。はるひちゃん……。」
アイは何も言えずただはるひを見つめる。かげろうがアイを見つめていることには気づかずに。
「……そう……ですか……。分かりました。シュベスター様、しらぬい様、ご指導ご鞭撻ありがとうございました。かげろう……アイくん……またね。」
部屋を出ていこうとするはるひを止めるものはいなかった。
「……よし。今日は一旦解散しよう。……アイ……おいで。」
◇◆◇
「おねえさま……これは正しいことなんでしょうか?はるひちゃんの力を奪ってアイのものにするなんて……。」
「アイ、言いたいことがあるのは分かる……でも、これによって春日家の悲願が叶うんだろうし――」
「でも、それは、はるひちゃんの悲願じゃ……ない。」
「――それにこれはお母様の命だ、お母様は……?」
「決して……間違えない。常に、正しい。そうですよね……そうです。」
「それにお母様とお前が最近仲良くしてくれるのが、私はうれしいんだ。このお母様の望みを叶えてあげられれば、」
「もっと、もっとあいを愛して下さる?」
「そうだ。私は本当にうれしいんだ。それを見るのが。だって私はアイもお母様も……大好きだからな。」
◇◆◇
姉と弟の話し合いの一方でもう一つの姉弟が話している。
「かげろーくんはさ〜どうするの?このまま黙って見てる?アイちゃんがはるひちゃんにとられるのをさ。」
「おれは……おれは……。」
「それにどうにもきな臭いと言うか。かげろうくんかわたしが、アイちゃんと結婚したらさ、不知火家も陽炎家もうれしいでしょ?なのに大して力も縁故もない春日家にみすみすこころをもつものを渡すかなぁ?連合がぁ?
もちろん聖別の儀の相手がイコール結婚相手ではないけどさぁ……貴族と貴族の場合は番には近くなるよね。確かに番と結婚相手は貴族の場合必ずしも一緒じゃないけど……。
かげろうくんはそれを許せるの?アイちゃんが誰かのものになるなんてさ〜。」
「……お姉様はなにが目的でオレにそんなことを?」
「姉弟だからさぁ……やっぱ似るのかなぁ……?好きなタイプが。」
「……っ!」
「おねーちゃんもねぇ、好きなの。アイちゃん。初めて会ったときから、いつか、かげろうくんをアイちゃんに初めて会わせた日に、かげろうくんの気持ちをズバリ言い当てたことあったでしょ?“雷に打たれてー”ってやつ。なんでわかったか不思議がってたでしょ。
わたしもおんなじ経験をしたからなんだよ。分かったのは。」
「お姉様も――」
「そう。でもいいかなとも思ってたの。アイちゃんが欲しくて欲しくて欲しくて私の人間体にして、私だけの番にしたかったけど。
でも私はお姉ちゃんだから。かげろうくんだったらいいかなって思ってたの。弟の好きな人を横取りするわけにはいかないでしょ?、おねえちゃんだから。わたしはおねえちゃんなんだから。
でも相手がはるひちゃんとなると話は違う。我慢ができない。だからこのままかげろうくんが何もしないのなら――」
――アイちゃんのことお姉ちゃんが貰っちゃうよ?
◇◆◇
聖別の儀を前にして、アイとはるひの性別が双方とも獣神体になりつつある事が確認された。これをより確実なものとするために、エレクトラは聖別の儀に向けて動き始めた――。
◇◆◇
「こころをもつもの……よく来たな。座れ。」
――お母様が、あいに労いの言葉を。それに座ってもいいと……!
「あ、あ、ありがとうございます!失礼します。」
「ミルクティーでいいか?シュベスターからアイは苦いものが大の苦手で、甘いものが大好きだと聞いたんだ。」
「そんな、お茶を頂けるだけでも勿体ないのに……!わたくしが淹れますので!」
「いい、いい座ってろ、家族だろ?気にすんな。」
――お母様があいに笑いかけて……!家族だと……!
「あ、りがとぅございます。」
――泣くな!また気分を害してしまう。
「ほれ、甘いミルクティーだ。」
それはいつもエゴペーおねえさまが入れてくれるようなアイの舌に合わせたものではなく、聞きかじりの情報をもとに作ったものだったので、アイには苦かった。しかし、アイにはそれが神々の食べ物のように思われるのだった。
「それにほらマドレーヌだ。エゴペーが作ったんだったか、シュベスターが作ったんだったか忘れたが、お前が好きだと聞いてな。」
アイは心を鎮めるのに手一杯で上手く受け答えできているか心配だった。
「ありがとうございます……!……い、いただきます。」
ゆっくりと口に運ぶ。今までどんな小さな所作にも文句をつけられて折檻されていたので、手が震え、口もガクガクとして上手く開かない。
ついマドレーヌを床に落としてしまう。ぱさっと音をたててしずかに静止したそれを見て、アイは固まってしまう。
――なぐられる……!
…………、……?
来る衝撃に備えていたアイだったが、いつまで経ってもそれが訪れることはない。恐る恐る目を開けると、皿の上にあった別のマドレーヌを掴んだお母様の左手がアイの眼前に迫っていた。
――?
「お、あか……エレクトラ様……これは?」
「食え、ほら口開けろ。」
「は、はい。」
味なんてものは分からなかった、匂いがかろうじて感じられるだけだ。ただアイはおかあさまに手ずから食べ物を食べさせて頂くという幸福に打ち震えていた。それは、小さい頃よく他の兄弟がしてもらっていたことであり、何も知らないアイが厚かましくもねだり尽く拒絶された行為だったからだ。
「エレクトラ様……なんて呼び方じゃなく、お母様と呼べ。お前は“エレクトラーヴナ”なんだからな。」
ニカッと笑うお母様の笑顔に照らされて、夜の底が白くなった。愛情とは空から降り注ぐものではなく、大地から染み込んでくるものなのだと、悟った。自分と他人との差異を暴き去る、太陽に怯えてきた生きてきたアイでさえ、その母の愛に照らされていつまでも微睡んでいたい気持ちになった。
ずっとずっと揺蕩って――この春の木漏れ日の下で。
「本題だが、シュベスターから聞いているな?……オレと春日春日の間で取り決めを行った。奴の娘、春日春日とお前で聖別の儀を行う。ミルシュトラーセ家の目的はこころをもつものであるお前をアニムス・アニムスにすることだ。
これによりさらにお前の力……とくに心を強めておれたちの軍事力を確固たるものにして、国内の憂いも、国外の敵も黙らせるというわけだ……できるな?」
アイは、間髪をいれずにはいと言わないと母を苛つかせるとは分かっていても、聞かずには居られなかった。
「お母様は……人間体やアニマ・アニマ……そして、両性具有者擬きと呼ばれる人々が差別されていることは知っておられますか……?」
はるひをそのような立場に追いやる片棒をかつぐ前にどうしても聞いておきたかった。
「知ってるも何も、俺がそうさせたんだ。」
◇◆◇
「……?……えっ?……それは、どういう……?」
アイには訳が分からなかった。
「俺が性差別を作り出したっていってんだ――」
エレクトラは自分の最大の功績を、自慢げにまくし立てる。
「元々文学界には、年齢・性別・差別・盗み・奴隷・強姦・戦争・殺人・姦淫・売春・嘘・酒・神・偶像崇拝というものは存在しなかった!!これら全ての悪徳は存在しなかった!
すべては地獄からやってきた!!!地獄から降ってきた!Falls from the skies《ファフロツキーズ現象》で。文学界の各地に突如として現れた穴々から降ってきたんだ!
それこそが地獄利権だ。これをどうやって自国の有利になるように使うか各国は躍起になった。
そして一番大きな地獄利権を牛耳り、地獄の恩恵にあやかって名付けられたのが、ここ!地獄公国だ!
どうやって辺境伯爵とはいえ一介の貴族に過ぎなかったミルシュトラーセ家が公国の実権を握るようになったと思う!?地獄のおかげさ!」
◇◆◇
元々文学界には、年齢・性別・差別・盗み・奴隷・強姦・戦争・殺人・姦淫・売春・嘘・酒・神・偶像崇拝は存在しなかった――?
――マドレーヌの味がしない。




