142. マンソンジュ軍士官学校林間学校襲撃事件 The Remaining Story
「……きら、い……アイは私のことが……きらい、きらい?……きらい。」
「わぁ〜!ラアルさま冗談ですよ!大好きですから!元気を出してください!」
こうして、生まれも育ちも境遇も、髪の色も瞳の色も思想も、正反対なラアルとアイは“また”出会った。おだやかな陽光の指す病室のなかで、やわらかに揺れる純白のカーテンのそばで、何もかも違う2人は、しかし、2人ともおんなじように、顔を真っ赤に染めたまま、笑い合うのだった。
◇◆◇
――アルタークはただみていた、自分のいちばんの親友の姿を。
自分のいちばんが……目の前で、獣神体に寝込みを襲われて番にされるところを……。
――それを映す瞳が何色だったのかは……彼女自身も知りえない……。
◇◆◇
目が覚めたアイは、“マンソンジュ軍士官学校林間学校襲撃事件”の全容を聞いていた。
アルタークはアイの意識が朦朧としている間に、いつの間にか病室を去っていた。
「なら……マンソンジュ軍士官学校も反政府組織も、新生ロイヤル帝国に騙されていたと?」
アイが問うて、ラアルが答える。
「ええ……牢に囚われている下民たちが言うにはね。それとロイヤルの捕虜から尋問して聞いたことをすり合わせると……こうなるわ。
まずマンソンジュ軍士官学校に潜伏していたロイヤルのロイヤルの支持者が、ロイヤルへ林間学校の情報を漏らした。
……ウチの国民の左翼集団の中にはかなりの数のロイヤルのシンパが居ることは知っているでしょう?まぁ左翼と言ってもそこまで行くのは、極左連中だけど。
何にせよ嘆かわしいわ、パンドラ公国の国民でありながら新生ロイヤル帝国に与するなんてね。」
アイが身体をゆっくりと起こしながら答える。
「その人たちが漏らした情報とは……日程と場所、そして……生徒の中に、ミルヒシュトラーセとファンタジアがいるということですね?」
ラアルがアイの身体を支えながら答える。
「えぇ……奴らが襲撃にまで踏み切ったのは、人質として価値のある“ラアル・ファンタジア”と“アイ・ミルヒシュトラーセ”がいたからでしょうね。」
アイはベットの縁に追いやられた毛布の端を手で確かめながら言葉を零す。
「……いや、わたくしには人質の価値はありません。おそらくこころをもつものであり……アニムス・アニムス……であるとあの人たちが思っているわたくしを、兵器として鹵獲しようとしたのでしょう。
……エレクトラ様はわたくしを人質に取られた所で更なる戦争の口実を得たとしか思わないでしょう。」
ラアルはアイのひどく冷たい手を親鳥のように握り込む。
「……アイ。……私は貴女が大好きよ。貴女のお母様が貴女をどう思っていても……。」
「……ええ、痛いほど、伝わってきます。」
アイは自分の首筋にあるラアルにつけられた噛み跡へ、ラアルの手を掴んで添えさせる。
「……!……口実……大義名分……そう、いうことかぁ……。おかあさま……。」
アイの蒼空の瞳が深海のように暗く堕ちる。
「……アイ?」
「ラアルさま、今は“ミルヒシュトラーセ家の者”と、“ファンタジア王家の者”ではなく……“ただのアイとラアルさま”として、わたくしの推論を聞いてくださいますか?」
アイのうなじが優しく撫でられる。アイは猫のようにピクリと反応してしまう。
「私は貴女と出会ってから、ずっとそのつもりだったけど?貴女と巡り合った……あの教室の白いカーテンの隣に居たときからずっとね。」
「ふふっ……ありがとうございます。
ですが、聞いていてあまり気分のいい話ではありませんよ?」
「ええ、なんでも話して?
私はアイのことならなんだって知りたいの、良い事だけじゃなくて悪い事も……幸せな時だけじゃなく不幸せな時も、貴女の隣にいたいの。」
アイのちいさな右手をラアルのおおきな手が包み込む。
「ありがとう……ございます。でもなんだかプロポーズみたいですよ?」
「え゙!ア、アイ――」
「――ふふっ。なーんてっ。」
ラアルが顔を赤くして何かを言いかけたが、アイはそれに気が付かない。遥か遠くにある親の愛情を求めて、足元にある自分への好意には気が受けないからだ。
……まぁ、アイが“ある”と思っているだけで、遥か遠くにすら親の愛などないのだが。
「それで……わたくしの推論ですが……おそらく全てはエレクトラ様の思惑通りだったんだと思います。」
ラアルが目を剥いて驚愕する。
「えぇ!?自分の子が死ぬかも知れなかったのが?自分の子の女性体が殺されたのが?……自分の国の王女を危険に晒したことが?」
「……ええ。おそらく。
ラアルさまから事の顛末を聞いて、おかしいなと思うところが多すぎたんです。
まずラアルさま、先ほど事件の全貌をお伝え下さいましたよね?
……今一度お願いできますか?」
驚きも冷めやらぬ様子でラアルが答える、アイは哀しいほど至って冷静だった。
「まず事の発端は新生ロイヤル帝国がパンドラ公国の極左の支援者から報告を受けた。
その内容は、今年のマンソンジュ軍士官学校林間学校には、異例なことにパンドラ公国の要人が二人もいると。」
「ええ、それが“パンドラ公国公王の娘”であるラアル・ファンタジアと“ミルヒシュトラーセ家の者”であるアイ・ミルヒシュトラーセ……わたくしたちです。」
アイが自分とラアル指差す。
「その報を受けた新生ロイヤル帝国の者達は考えた。ならば、その林間学校に乗じて、その二人を誘拐するか、散華させる……若しくは殺してしまえばいいと。」
「ええ、そうですね。
……でもそうなると、より計画を確実なものとする為に、もっとパンドラ公国の内情に詳しく、国を憎んでいる者が必要だった。
そうすれば最悪失敗したとしても、その人物に全ての罪をかぶせて、自分たちは親切にも国境を接する隣国の内乱を鎮圧してあげただけだというポーズがとれるからです。」
「そうね。そこで白羽の矢が立ったのが、パンドラ公国に長年居ながら抵抗を続ける、反政府組織のリーダー……“砂漠の黒死病”。」
「はい。そこで彼らは“ザミール・カマラード”に協力を願い出た、報酬としては……この国の政府を打ち倒す手助けをすることでしょう。いくら反政府組織といえども独力で“公王派”と“辺境伯派”を相手取れるほど強くはありません。」
「しかし、計画を進める中で問題が発生した。ロイヤルの捕虜の言によると『ザミール・カマラードはあまりにも、世間知らずすぎた。』」
「えぇ、彼はおそらく無関係の……しかも多くがまだ未成年の生徒たちを夜襲することに反対したんでしょう……それに“地球人的すぎる非道い手段”を使うことも。
おねえさまに聞いた話によれば、教会で襲撃された時も、ロイヤルのアガ・ハナシュは部下を爆弾にして殺しました。それをみた反政府組織のソンジュはまるでその事を知らなかったように驚いていたらしいですし、何よりその攻撃でソンジュ自身が負傷していたらしいです。
……新生ロイヤル帝国と反政府組織がそんなに懇ろで、上手く意思疎通ができていたなら、そんな事は起こりえません。」
「……そうね。それで、ロイヤルの提案する人間的なやり方全てを却下するザミール・カマラードを、彼らは見限った。
そしてザミール・カマラードと反政府組織の連中には偽の作戦を伝え、
『ただ夜が更けたあとに、アイ・ミルヒシュトラーセとラアル・ファンタジアを誰にもバレないように誘拐するだけだ。』
と伝えた。」
「ええ、そしてその裏でロイヤルの方たちは、一年生の眠る宿舎を燃やし、無差別に攻撃していった。
そして、ソンジュを殺し……その罪をわたくしに被せることで、ザミール・カマラードとアイ・ミルヒシュトラーセの共倒れを狙った。そうして双方が力尽きた時に、二人とも散華させて鹵獲するつもりだった。
……彼らから見れば、ソンジュを殺す事とザミールとわたくしを散華させる事は失敗に終わりましたが。」
「ええ……彼らも予想外だったのでしょうね。おそらく彼らは“砂漠の黒死病”と“ナウチチェルカ・ジ・インビンシブル”を戦わせる気だった。」




