6-②.お姉ちゃんズの世界解説講義 feat. しらぬいちゃん! Sex, Gender and so on.
「そうだね〜反対に劣った性になっちゃった人は大変だと思うよ〜生まれながらにして人より劣ってるんだからね〜。」
先ほどからしらぬいの大演説を盗み聞きしていたはるひを、しらぬいは何か見透かしたような目でチラリと見やる。劣った性という言葉を聞いた刹那、はるひの眼が怒りと暗闇に染まる。
◇◆◇
「……本当にそうなのでしょうか?」
暗闇を切り拓くようなアイの声、今まで気も漫ろだったかげろうもはるひも、その場にいる全員がアイに注目していた。
「本当にそうなのでしょうか?私はプシュケーですけれども、すごいのは私じゃなくて此れまでの、プシュケーの方々が築き上げてきたものだと思うのです。
私が最近持て囃されているのは、いわばその先人たちの作り上げた功績の、巨人の肩の上に立っているからではないかと。それは決して私の功績ではありません。この肩からさらに高いところにいくのか、それとも低きに流れるのか、それこそが私の真価が問われるときではないかと思うのです。
性別についてもそうです。例えば、私の性別が優れた人の多いものだからといって、無条件に私がすごいということにはならないと思うのです。すごいのは私以外の人々が成し遂げてきたことであって私ではありません。
それに、たとえ誰かの性別が世間で言う劣ってる人が多い性別だからって、その人が劣ってる理由にはならないと思うんです。
重要なのは私やその人個人が何をしてきたか、これから何をしていくか、ではないかと。結局、性別はただの違いでしかなく、そこにすごいとか劣ってるとか、上とか下とかはないのではと、そう思われるのです。
……ハッ……すっすみません偉そうに!」
「アイくん……。」
はるひは向日葵畑の中でただ1輪、太陽に背いて咲く日輪の華をみた心地だった。
「……!…………〜♪」
しらぬいは何かをとても面白いものを見つけたようにアイを見やる。
「アイ……お前の考えを否定はしない、私は姉だからだ。でも……」
「その考えは隠しておいたほうがいいね〜。」
「……何故ですか……?」
「その考えはパンドラ公国では異端だからだ。お前の考えを否定したくはないんだ……ただ……お前のことを守りたいんだ。
それに間違ってもいる。確かに人々は生まれた性別によって優劣があり、それは否定できないものだからだ。獣神体は優れているし、人間体は劣っているんだ。それは動かし得ぬ真実なんだ。この2つに上下関係があるということは自明の理なんだ。
だからといって扱いをしていいとまでは言っていない、私は。でも産むだけの性別と何でもできる性別。どうしてこの2つが対等になり得る?……不可能だ。
重要なのは劣っていないと白い嘘で誤魔化すんじゃあなくて、確かに劣っている、だから手を差し伸べてやろうと考えることだと思う。自明な違いさえ認めず、同じ扱いをすれば、辛くなるのは劣っている方の性別だ。」
アイは、お気に入りの毛布をもう大きいんだから持ち歩いちゃいけないと言われた時のような寂しさを感じた。姉にここまで自分の思想を否定されたのは初めてだったからだ。
「でも……でも、おねえさま……」
相手がエレクトラならここで反論なんぞしようとは思わなかっただろう。でも、相手が誰よりも自分にやさしくしてくれてきた、シュベスターだったからこそ、アイは二の句を継いだ。
「でも……産むだけの性別と何でもできる性別とおっしゃいましたが、アイは……産むことが得意な性別と、産むこと以外の何でもできる性別だと……アイは……思います。
劣っているのではなく、得意なことが違うのだと思うんです。アイはパンドラの文学や哲学でそのようなことを学びました。だから――」
シュベスターは、もう独りで歩けるから姉の手助けは要らないと、弟に言われたような心持ちになった。とても……寂しい気持ちだ。
「ちが……う、……ちがうぞ……アイ。必ず優劣は存在するし私はそう育てられてきた!だから……そう教えられてきたんだ。だから、だから……お前の論を受け入れることはできない。だって……だって……生まれたときからそう教えられてきたんだ……。」
「はいは~い。2人とも落ち着いて!アイちゃんの考えもなかなかにユニークでいいけどね。シュベスターはなにもアイちゃんのことが嫌いでこんなこと言ってるわけじゃあないの!この世界で支配的な考えはシュベスターの方だし、それが常識。
つまりシュベスターはアイちゃんが常識の外の世界で誰かに傷つけられるのが、こわいんだよ。わたしもかげろうくんのお姉ちゃんだから分かっちゃうんだよ。
姉ってのはどんな苦しみからも弟を守ってやりたいと思うものなんだよ。それが目に見えてるものなら尚更ね。だからシュベスターは今こんなに必死なの。それは分かってあげてね……?」
しらぬいの真摯な仲裁により、アイは自分なんぞが立派でやさしく、つよい姉に意見をしたことがたちどころに恥ずかしく、申し訳なくなった。
「申し訳ありません!おねえさま!あいは……おねえさまを否定したいわけではないのです。あいもおねえさまと同じ思想になれるよう、教育して下さい!」
「あ……ああ、いいんだ……アイ。気にするな。私もすこし言い方が悪かった。そうだなそれに私のこの思想はお母様から受け継いだものだ。だからきっとお前にも伝わると信じている。」
「おかあさまが!ならばきっと性別には優劣があってしかるべきなのでしょう!なにしろ――」
「ああ……お母様が言ってるんだからな、お母様の言う事で間違えていたことが今まであったか?」
「いいえ!ひとつも!」
「ふふっだろうだって――」
「「おかあさまの言うことは常に正しい――!」」
はるひは太陽に背いていた向日葵が、皆と同じ様に太陽に向いたことを感じ取り、独り絶望した。
◇◆◇
「はいはい仲直りね〜、話を戻そうよ〜。」
「オマエにしては良いこというな。」
「でしょ〜?下々のシュベてゃんよ!崇め奉りなさい!」
「言っとくが私とお前の間には優劣はないからな……。」
「……?ということはお姉さまも?」
「あぁ、獣神体の女だ。イメージしやすいように身近なところで言うと、家族だから言うが、
お母様とエゴペーも獣神体の女、
ゲアーターは獣神体の男だ。
そして、お父様はノーマルの男だ。
第二の性を持たぬ人とでも、第一の性が男女なら子供を作れる。まぁ、獣神体は人間体の繁殖能力に依存しなければ、子供を持つことはなかなか難しいからな。こんなに兄弟がいるのは奇跡といっていい。
もしくは、他の手段を使うこともあるが――いや、これは私たちには関係ない。今日はやめておこう。」
「では、アイは……?アニマかアニムスの両性具有者……?」
「そうだそのどちらかを決定するために、聖別の儀があると言いわけだな。」
◇◆◇
「いや〜やっと話が聖別の儀にまでいきましたね〜シュベスター先生は話が長い!ややこしい!」
「……それで、だ。先ほどから話している第2の性だが、これはもちろん両性具有者にもある。そして、両性具有者になるほどの人物なら必ず第二の性を持っている。
その場合ここからさらにややこしいのだが、両性具有者の場合両性あるわけだから、組み合わせは4つ考えられる。これは板書していこう。いきなり全部理解しようなくてもいい。お前たちに関係があるやつだけでいい。①と③のパターンだな。
男の身体と女の身体の順番に、
①
獣神体(男)
獣神体(女)
の両方獣神体パターン、
②
獣神体(男)
人間体(女)
もしくは
人間体(男)
獣神体(女)
の片方だけ獣神体パターン。
そしてこれは一番稀だが、
③
人間体(男)
人間体(女)
の両方人間体パターン。
……勿論此れにも差別がある。差別されるのは……言わずもがな。」
「はるひとアイくんはどれなのでしょうか?」
「それを決めるのが……聖別の儀だ。聖別の儀とは5歳になる年に行われるもので、性別を人為的に確定させる為のものだ。
しらぬいと私もやったし、高位の貴族なら皆やっている。普通性別は5歳前後で自然と定着するが、貴族には家の威信があるからな、平民のように運に任せる訳にはいかない。方法は単純で……戦うんだ。」
「……はるひちゃんと……たたかう……?」
「そうだ。勝ったものが獣神体になり全てを手に入れ、負けたものは人間体となる。
これはビッチングと呼ばれる現象で、獣神体が相手に心の底から負けたとき、肉体が人間体に変異することを利用したものだ。動物界でもオス同士の決闘で負けたものがメスになるというのはよくある話だ。
貴族の場合適当な平民、もしくは下位の貴族の子供を相手として用意して、屈服させて自らは獣神体となり、人間体となった者に報酬を払う。というやり方が一般的だ。
わたしもしらぬいもそうして確実に獣神体になる為の方策をとった。ミルヒシュトラーセ家や不知火陽炎連合の跡取りは皆そうしてきた。だから高位の貴族や王族、ミルヒシュトラーセ家には獣神体が多いんだ。
……ただそれだとさっきのアイの相手にかげろうくんがピッタリだと言ったことと矛盾すると思うだろう?さっきそう言ったのは、アイとかげろうくんだとどちらが人間体になってしまっても、2人は“人間体と獣神体のパートナー”……つまり“番”になる。そうするとミルヒシュトラーセ家と不知火陽炎連合の仲がより密になるからだ。
自分の家はのことは普通裏切らない、そして自分の番も裏切らない。
“アイはミルヒシュトラーセ家を”裏切らない、そして“アイとかげろうくんはお互いを”裏切らない、加えて“かげろうくんは不知火陽炎連合を”裏切らない。そうすると、“ミルヒシュトラーセ家と連合はお互いを”裏切らないという図式を作れる。
つまり、2人を通じて“絶対にお互いを裏切らない関係”を家同士で築けるということだな。
ふぅ……ここまででなにか質問は?」
◇◆◇
「……つまり春日春日ははるひを、アイくんがアニムス・アニムスになるための人身御供として差し出したと?」
はるひのものとは思えない棘のある物言いに空気がひりつく。
「……あぁ、そうだ。おそらく娘をアニマ・アニマにする代わりに、不知火陽炎連合での地位向上にミルヒシュトラーセ家に協力させるのだろう。そういう密約がお母様との間にあっても不思議ではない……。」
「そんな……。はるひちゃん……。」
アイは何も言えずただはるひを見つめる。かげろうがアイを見つめていることには気づかずに。




