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130. 子供は妻への最悪の贈り物 I wanted to be a Wife, Not a Mother.

 しかし、『獣神体(アニムス)とノーマルの場合、子供は()()()()()()しかできない、()()()()()()()()だ。』と言われている。


 ……そこでエレクトラは人生で最悪の……文学界(リテラチュア)で最悪の決断をする――。


 オイディプスを子供が作れないと言う(そし)りから護るために、オイディプスと人間体(アニマ)で子供を作らせようと考えたのだ。


 そして、相手として選ばれたのが、稀代のうつくしさで“地獄(パンドラ)に咲く桜”との呼び声高い、サクラ・マグダレーナ……マグダラのサクラだった……。


 ……エレクトラ・ミルヒシュトラーセがノーマルの男を選んだのも、この最低最悪の決断をしたのも……全てはオイディプスを愛していたからだった――。


 ◇◆◇


挿絵(By みてみん)


 マグダラのサクラが選ばれたのには、理由があった。エレクトラが子供の時分時から権力を持っている辺境伯派の重鎮(じゅうちん)たちが推薦(すいせん)したからだ。何故なら

 

 『強い獣神体(アニムス)を産む人間体(アニマ)とは、見目が麗しいものだ。』

 

 と信じられていたからだ。


 昔から権力者で優れた獣神体(アニムス)たちは、より見た目が美しい人間体(アニマ)を子を(はら)ませる相手として選んできた。そして、そうやって美しい親から産まれた子は自然と美しい見目(みめ)をしている。


 それは生まれた子が獣神体(アニムス)でも人間体(アニマ)であってもだ。


 つまり、美しい人間体(アニマ)は優秀な獣神体(アニムス)の子であることが多いから、その子自身も優秀な獣神体(アニムス)を生む確率が高いだろうということだ。


 それに何より、地獄(パンドラ)産の神が文学界(リテラチュア)に流入してくるまでは、文学界(リテラチュア)の人間は皆、美しさを“美の神の祝福”だと考えていた。


 そういった事情もあり、“地獄(パンドラ)に咲く桜”とまで(うた)われるほど美しいマグダラのサクラが選ばれた。ミルヒシュトラーセ家の子を孕む人間体(アニマ)として。


 では何故()()()()()()()、パンドラ公国でも一番と言ってもいいほど優秀な獣神体(アニムス)()()()()()()()()()、ノーマルのオイディプスになったのか。人間体(アニマ)はどの性別が相手でも子を孕めるという特性があるというのに。


 ……そうすれば最強の戦力が手に入る可能性が高いというのに。


 それは(ひとえ)にエレクトラの意思によるものだった。


 ――エレクトラはサクラを憎んでいた。不倶戴天(ふぐたいてん)の敵だと思っていた。


 エレクトラは自身を獣神体(アニムス)の能力と辣腕という自らの力だけでのし上がってきたという自負があった。だからサクラを軽蔑していた。人間体(アニマ)狡猾(こうかつ)さと美しさという武器を使って努力もせずこずるく立ち回るサクラが嫌いだった。


 エレクトラは自分の獣神体(アニムス)の力だけで必死に地位を高めているのに、一方ではサクラが人間体(アニマ)の武器を使ってやすやすと持て(はや)されているのだ。


 とにかく二人は相容れない。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 サクラと肉体的に交わるなど考えただけで吐き気がする。それにオイディプスに対して不義を働くのも憚られた。そして何より、エレクトラがサクラと交わってゲアーターより優秀な子供が()()()()()()()()ら、いよいよ辺境伯派でのオイディプスの立場がなくなる。


 しかし、この世で最も愛するオイディプスがこの世で最も憎むサクラと交わるのも許せない。


 では何故エレクトラは涙を流し懇願(こんがん)するオイディプスを無理に説得してサクラの元へ送ったのか。


 それはオイディプスの辺境伯派での地位を少しでも回復させるためだった。獣神体(アニムス)であるゲアーターが生まれたとはいえ、ノーマルのオイディプスがエレクトラを堕落させた。エレクトラが獣神体(アニムス)を選んでさえいればもっと多くそして、より強い跡取りに恵まれたという声は止まなかった。


挿絵(By みてみん)


 そこでエレクトラは考えたのだ。認めるのはとても(しゃく)だったが、サクラの人間体(アニマ)としての能力は本物だ。だから、もしサクラとオイディプスで子供を作って、強い獣神体(アニムス)が生まれたら、オイディプスの評判を回復させる格好の()()になると思ったのだ。


 ……この頃のエレクトラは子供を道具としてしか見ていなかった。


 ――何故なら彼女は“母”ではなく、一生“妻”でいたかったからだ。


 誰かの母ではなく、愛するオイディプスの妻で。子供が生まれれば(いや)(おう)でも妻の領域に母としての側面が侵食(しんしょく)してくる。


 ――この頃のエレクトラには()()()()()()()()でさえ、()()()()()()だった。


 ……愛する夫から贈られた、妻への最悪の贈り物(こども)だった。


挿絵(By みてみん)


 ――最もエレクトラがサクラを憎むのにはもっと根深い理由があった……それは、エレクトラとオイディプス、サクラとファントム……そして春日(しゅんじつ)がまだ幼い時分に起きた出来事が原因だった――


 何にせよ、そうしてオイディプスに無理を言ってサクラと作らせた子供がエゴペー・ミルヒシュトラーセだった。


 しかし、エゴペーは()()()()()()()()()()()()()()()()出来損ないの子供……()わば、()()()()()()


 そういった理由もあって、エゴペーの存在はそこまで(おおやけ)にされることはなかった。


 ――この世には何事にも序列がある。


 エレクトラにとっては夫が第一で子供は二の次だったというだけだ。


 そしてゲアーターのこころにも、エゴペーのこころにもこの“序列”あった。


 ◇◆◇


「“雷霆(らいてい)”のゲアーター・ミルヒシュトラーセ……!!」


「何故キサマが此処(ここ)に!!……キサマは最前線に……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 ◇◆◇


「……アナタこそ誰よ?そんなに殺気を向けられてたら、落ち着いて話もできないわよ。」


 エゴペーが毅然(きぜん)として返す。


「ウチはアンタが抱えてる……ソコの糞餓鬼(くそがき)に用があるだけや……!

 『アイ・ミルヒシュトラーセを殺す。』

 それがウチの目的や……!!アンタの目的は!?邪魔ぁするんやったら……死ね!!」


 ◇◆◇


「何故此処(ここ)にいるかだと……?」

「私の目的ねぇ……?」


 ゲアーターとエゴペーはそれぞれの敵を睨みつけながら言う。


「そんなモン決まってんだろ――」

「そんなの決まっているでしょう――」


 ゲアーターは軍服の肩に付いた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宣言する。


 エゴペーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宣言する。


「俺がミルヒシュトラーセだからだ……!!」

「私がこの子を愛しているからよ……!!」


 二人のこころの序列は違った。


 エゴペーのこころ序列は唯一()()()()()()()、唯一自分と同じく()()()()()()()()()()()()弟だった。


 ゲアーターの人生の最優先事項はエレクトラ(おかあさま)だった。エレクトラの本懐(ほんかい)()げる事がその人生の目標で、かつて母親を裏切ってまで手にしようとした恋人を失った彼の人生の指針だった。


 ゲアーターのこころの序列は()しくもアイと同じだった。二人とも人生をかけて母親の願いを叶えたいという意思を持っていた。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 だからアイは兄弟から愛されていても、母の愛を求めて乾き(あえ)いでしまうし、ゲアーターは愛する妹と弟たちがいても、母親を優先してしまう。


 ……奇しくも同じ理由で、アイはきょうだいからの愛情を(ないがし)ろにしてしまい、ゲアーターはエレクトラの意思を優先しきょうだいを第一に考えられないのだった。


 ゲアーターが後ろをチラリとアイを見()り、付け加える。


「……()()()、テメェらが狙ってるアイツは……“俺の弟”だ。これ以上まだ理由がいるかぁ……!?」


「ウチのアイちゃんに手を出すなら……貴女もここで散華させるわよ。」


 ゲアーターは忠実なる騎士(ロイヤル・ナイト)に向かって、エゴペーはアガ・ハナシュに向かって“心を込めた言葉”を放つ。


 ゲアーターは低く下ろした掌を()()()()()()()()()()()()ゆっくりと上げながら、エゴペーは高く上げた掌を()()()()()()()()()()()()()()ゆっくりと下げながら。


 その動きの違いは、まるで二人の対照的な天の川(ミルヒシュトラーセ)に対する態度を表してるかのようだった。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 《……雷霆(エレクトール)の――》

 《……遺骨(オステオン)の――》


 《《――憤怒(イーラ)……!!》》

 

 そこからは速かった。ゲアーターの雷撃が忠実なる騎士(ロイヤル・ナイト)の全てを貫き、感電させ……死に追いやった。


「クソっ……“嘲笑の(マイペ)――!!」 


 アガ・ハナシュは即座に心を込めた言葉で対抗しようとするが、余りにも(ヘルツ)発現(はつげん)速度が違いすぎて反応できなかった。


 ハナシュは言葉を続けるようなことが出来なかった。


 ……全身を骨の(ヘルツ)で貫かれて、散華したからだ――。


 ◇◆◇


 ゲアーターが落ち着き払って夜に向けて言葉を放つ。


「……終わったな。エゴペー、お前はこの満身創痍のクソ野郎……砂漠の黒死病(デシエルト・ペスト)、ザミール・カマラードを骨で拘束してくれ。

 それと、アイを護っててやってくれ。

 おれは他の生徒たちのもとへ向かう――」

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