127. わたくしのこころ、おれのことば My Heart, My Words
かげろうの瞳が赤く燃え上がる。
「なんだと……?」
忠実なる騎士は告げる。
「そのこころをもつものを引き渡せばお前たちは見逃してやる……我々の目的はその兵器を鹵獲することだからな。」
かげろうの白目が純黒に染まる。
「……兵器……?鹵獲……?」
「……どうした?
ソレを引き渡しして生き延びるか、それとも――」
「――黙れ。この方はアイ・ミルヒシュトラーセ。……兵器でも物でもない……神だ……。
……俺の前でよくそんな発言ができたな。
――俺は1人の人間として、この方を護ると“誓った”んだ。
……自らの命惜しさに差し出すと思うか?
――この方を世界でいちばん愛しているこの俺が……!!」
「――ならば、ここで死ね。」
「……お前がな……!!」
◇◆◇
普通に考えて、神聖ロイヤル帝国の皇帝にその称号を与えられた忠実なる騎士と、一介の士官学生であるかげろうが戦えば結果は見えている。
しかし、そんなことはかげろうには関係がなかった。かげろうにとって“世界”とは“アイ・ミルヒシュトラーセ”だった。
だから、自分の世界を脅かすものは、傷つけようとするものは、万難を排して燃やし尽くす。
ただ、それだけだった。
アイをしっかりと、愛情の炎の心と防御の炎で包み込んだかげろうは立ち上がる。
「……かげ、ろう……?」
「アイ様……少しだけ、ここでお待ち下さい。あの不届き者を……燃やし尽くして参ります。」
「あぶ……ないよ……?わたくしに……任せて――」
満身創痍で意識朦朧なのに、かげろうを気遣うアイにかげろうは微笑みを一つ落とす。
「――大丈夫ですよ。俺の後ろにアイ様がいる限り、俺は誰にも負けません。
……たとえ世界中の人間が貴方の敵に回っても、俺が貴女を護ります。」
心を構える忠実なる騎士に一歩もひかず……かげろうはアイを守るために立ちはだかる。
忠実なる騎士が問う。
「……死ぬ前に言い残すことは?」
かげろうが即座に返す。
「消し炭になる前に言い残すことは?」
かげろうが両手を合わせると彼の後ろから二つの炎の波が現れ、忠実なる騎士に迫る。忠実なる騎士は最小限の動きで其れを躱す。
そして、確かにアイに向けて歩を進める。
今度はかげろうが怒りの心を込めた拳で地面を殴りつける。すると、地面から三つの炎の柱が現れて、忠実なる騎士へ襲いかかる。しかし彼は其れを心を使うことなくまた容易くひらひらと躱す。
まるで、士官学生ごときに使う心はないというように。
実力差は明らかだった。明らかだったが……かげろうにとっては其れはアイを護らない理由にはならなかった。そもこの世にそんな理由は一つもなかった。
「……流石忠実なる騎士……心を使わずともこんなに容易くいなされるとは。」
「……お前が陽炎家でどれだけ強大な心を教えられていても、当たらなければどうということはない。お前の心は威力は十分だが……あまりに直線的すぎる。実戦経験もほぼないだろう?」
「……。ペラペラとよく喋る。向こうの三人の忠実なる騎士は砂漠の黒死病を任されて、お前の相手はたかが士官学生だ……。お前、騎士のなかじゃあ大したことないんだろう?
先刻から心もロクに使わないしな。どうした?避けるばかりじゃあないか?先刻から高貴なる騎士様が俺一人ごときに何を手こずってる?向こうの三人と違って甲冑の色も違うしな、お前数合わせの余り物だろう?」
かげろうが親指でザミールと戦っている純黒の甲冑をその身に纏った忠実なる騎士達を指差す。
灰色の忠実なる騎士が苛立ったように、雷でできた細い槍を振り被る。
「……避けないと死ぬぞ……!!」
其れをかげろうではなく、アイに向かって放たれた。どうやらアイを散華させて略奪する気らしい。
忠実なる騎士全身が稲妻と化して大地を走った。そしてその槍は確かに身体を貫いた――
――かげろうの身体を……!
「……!?」
かげろうがニヤリと汗を流しながら笑う。
「っ゙つ……捕まえたぞ……!!」
その覇気に気圧されて、忠実なる騎士は槍を引きに抜き後ずさろうとするが、かげろうが其れを許さない。
自分の腹に刺さった槍を万力の力を込めて左手で掴み、決して離しはしない。
《火焔のォ……!!》
かげろうが相手の甲冑の空いている部分……相手の両目に指を突き刺して捻る。
「ガッ……!!」
《……怒り……。》
すると相手の身体は瞳から立ちどころに燃え上がり、身を守るはずの装甲は、人形の火葬場と化した。
「アァァァアァガガァ!!」
◇◆◇
かげろうは自分の腹の傷を癒しながら、アイに駆け寄る。
――幸いアイはまだ無事だった。
横たわったまま焦点の合ってないサファイアの瞳でかげろうに手を伸ばす。
かげろうはアイが心細いのだと思って手を握ったが、その瞬間にかげろうの身体は愛の、水でできた心で包まれる。
どうやらさみしかったのではなく、かげろうの事を心配していたようだ。
「……はぁ……アイ様、貴方は……。まったくもう……。そんな状態で……少しは自分の心配をして下さい。
……?……アイ様?何故自分を愛の心で癒していないのですか……?……愛するものの貴方なら容易いはず……。何故――」
アイは自分を憎んでいるアイの憎悪は、自らを癒すことはできないということを秘密にしていたので、うまく答えられなかった。
「……かげろーが、わたくしを癒してくれてるでしょ……だから……おかえし……。」
「アイ様……。……初めて逢ったあの時から、アイ様はいつも俺のこころの孔を埋めてくれますね……。」
「そっちこそ……だよ。かげろーがいたから、かげろーがいるから、わたくしは生きていられるんだ……。がっこーでも、あのもみじの日も。いつだって……。」
「……アイ様、そんな今際の際みたいな事を言わないで下さい。俺はこれからもずっと貴方のそばに……。」
「……わたくしは、こころをもつもの……わたくしはミルヒシュトラーセ家、この国の民を守護する……責任がある……。」
「……駄目です、アイ様……其れは許しません。」
アイがなんとか持ち上げた手で。ふらふらと揺れる指で、かげろうの胸に手を置く。
「……わたくしは、此処にいるよ。わたくしのこころは此処にある。」
アイが心を込めた言葉を放とうとする。
《あぁ……産まれて――》
「アイ様――!!」
かげろうが必死にアイを胸にかき抱いて、制止しようとする。
「――きてよかった。」
静寂が場を支配する。
何も起こらなかった。
なんで……?とアイは思った。
……そうしてすぐに気がつく。
『産まれてきて、よかった。』という言葉に一欠片も心がこもっていないんだと。
◇◆◇
……産まれてきてよかった?そんな事を思ったことがあるか?産まれてから一度でもそう思ったことがあったか?わたくしは。
この世に生まれてから、母に産まれてから。このわたくしにそんな時代があったか?そんなこころを持てるような人生が。
わたくしは生まれて来てよかったなどと、馬鹿で阿呆で惨めな台詞なんぞ心に抱いたことはない。そんな事を思えるのは、愚か者か……“白痴”だけだ。
そうじゃないと……そうじゃないと……わたくしの中のナニカガコワレル。
……気がする。
この世に愛情などない。あってたまるものか。絶対に許さない。
――ひまりさんは?
黙れ。
――おねえさまたちは?
黙れ。
――友たちは……かげろうは?
……。
――おれと彼奴等の間に愛が存しないと?
……うるさい。……わたくしだって分かってる。
この世に愛はあって、おかあさまはこの世に其れがないからくれないんじゃなくて、わたくしとの間にそれが存してないだけ。
そんなのは知っているんだよ。でもじゃあこの状況をどうする?
『生まれて来て、よかった。』がだめならわたくしがほんとうに心を込めて言える言葉は、ここにいる皆を護れる言葉は……。
――!
そうだ……!聖別の儀の日にわたくしは一度言っている。心を込めて言っている。
◇◆◇
「最期に言い残すことはァ……?」
――ああ、ありがとう。ひまりさん。
「――産まれてきて、ごめんなさい。
……産まれて、こなきゃよかった――。」
「――じゃあな、アイ。」
◇◆◇
あの、言葉か……。
大変申し訳ありません。
著者体調不良により、明日の投稿は時間が遅くなるか、お休みする可能性があります。
また明日Xで告知します
https://x.com/QlinouMWMHX4eBW?t=pAOQwnzscamnxwLfxre4xw&s=09
申し訳ありません。
いつもお読みいただきありがとうございます!




