6-①.お姉ちゃんズの世界解説講義 feat. しらぬいちゃん! Sex, Gender and so on.
このあたりの説明はまだ完全に理解する必要はないので、大体で大丈夫です。
パンドラ公国を治めるミルヒシュトラーセ辺境伯の息子であり、こころをもつものでもある、アイ・エレクトラーヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ。
そして不知火陽炎連合の傘下であり、近年頭角を現している春日家の娘、春日春日。
この2人での聖別の儀が執り行われることが正式に決定された。
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今日はシュベスターアイ師弟と、不知火陽炎師弟と春日の5人で勉強会をしていた。
シュベスターとしらぬいが黒板の前に立って講義をして、幼い3人がそれを聞くという形式だ。3人とも講義室の椅子が高すぎて足が地面についていない。アイとはるひに至ってはぷらぷらと揺らして遊んでいる。かげろうだけが暗い面持ちでまんじりともしない。
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「お前たちももうすぐで年齢が5歳となり、性別が確定する、そしてアイとはるひの聖別の儀も決定した、そこで今一度お前たちにこの世界における性別とは何なのかの講義をする、これはお母様の命令でもある。」
「お母様が……!……それにしてもかげろう……?どうしたの元気ないみたいだけど……。」
アイが心配そうにかげろうを気遣う。
「アイ様……やはり本当なのですね……はるひと聖別の儀を行うというのは……。」
「……?うん、そうだね?」
「そこにアイ様の御気持ちはあられるのでしょうか……?それとも――。」
「あい?あいはねー、まだよくわかんない。儀式や性別のこともまだ教えられてないし、でも教えられてないってことはあいが知る必要のないことなんだなって。それにお母様がそうしろって言ってるんだから絶対に間違ってないってあいは思うなー。」
「そう……ですか……。」
「あいちゃんあいちゃんあいちゃん!かげろうくんには優しくしてあげてね〜。初めてアイちゃんの相手が自分じゃなくてはるひだって聞かされたときはもう!かげろうくん大爆発だったんだから!はるひに決闘を挑みに行く!って。
何とか家のえらい人達と説得したけど、まだ納得いってないんだよ〜。」
しらぬいが弟に助け舟を出す。
「そうなんですか……?かげろう……なんで――」
「――まぁいいだろうその話は、まずはお母様に言われた任を全うせねば。3人ともよく聞いてくれよ。とても重要なことだからな。」
シュベスターがアイに何かを気づかせないように口を開く。
◇◆◇
「この世界では徳のあるもの――市井の人々には特別な才のあるものと認識されているが条件は明らかになっていない――の中に自らが生まれ持った性別だけでなく、もう一方の性別へと肉体を変化させられる者がいる。
両性具有者と呼ばれるそのもの達は、特別な力があると崇められていたが、同時に差別の対象にもなり得た。その理由は両性具有者擬きの存在だ。
これは両性に変身できるもののうち、一方の性別を10秒以上保てないもののことを言う。両性具有者社会の中でも勿論差別の対象となるが、普通の人間からも蔑みの対象としてみられる。
両性具有者が優秀で社会的に持て囃されることへの反発もあり、その妬みのぶつけ先として両性具有者擬きは格好の的となるのだ。」
「差別……性別……。」
はるひが何か忌々しい思い出を噛みしめるように呟く。
「はるひちゃん……?どうかしたの?」
「アイくん……ううん、なんでもないの。」
アイがはるひを気遣って声をかけるが、はるひはどうせアイのような恵まれた人間に言っても理解してはもらえないだろうと、胸の苦しみを伝えようとしない。
「例えばそうだな、まぁお母様がこの講義を開いた理由でもあるんだろうが、アイ、お前とはるひは両性具有者であることが分かった。」
「あいと……はるひちゃんが……。でもどうやって知ったのですか?あいもしらないのに。」
「それは不知火陽炎連合の力だよ〜!方法は企業秘密だけどね〜!大事なカードだからさ〜。」
「その点についてはお母様から聞いている。連合の報告で判明したと。連合の秘密主義なやり口には大層苛立っておられたが、アイが両性具有者だと知ってそれも不問にしたらしい。
……たぶんアイとはるひでの聖別の儀をお母様が決定し、連合が許したのもその為だ。お互いが両性具有者同士だとあるいいこと……いいことといってもお母様や連合にとってだが、いいことがあってな。
そうでなければ順当に行けばアイとかげろうくんでの聖別の儀だっただろう……かげろうくんは陽炎家の次期当主でアイの相手にはうってつけだからな……。おっとすまない失言だった。」
「……。」
かげろうはなにかくらい塊にのしかかられているように、押し黙っていた。
「まぁまぁかげろうくん、シュベスター、続けて〜。」
◇◆◇
「ああ、そして文學界には生来の性別以外に、肉体年齢が5才になると顕れる第二の性別というものを持つ人間がいる。これは一定の確率で遺伝するものであり、優秀な性を持つものは往々にして地位が高いことから、貴族によく見られる現象でもある。
その性別とは人間体と獣神体だ。字はこう書く。そして、第二の性を持たない大多数の者はノーマルと呼ばれる。
人間体とは、繁殖に特化した性別で、力が弱く頭も回らないとされているが、どの性別が相手でも妊娠が可能という特性から、絶滅することはなかった。
そして、こちらも人々の差別の対象でもある。他人の力を充てにして寄生し、繁殖力だけで生存競争を戦うという狡猾さが、その品性の下劣さを生んでいるのだ、というのが世間の風潮だ。
……そんな悲しそうな顔をするなアイ……私の意見じゃないぞ……一応な。
一方獣神体は繁殖力が極めて低いものの、その強大な膂力、知性、才覚でもって覇権を握ってきた性別である。
研究によると数の少ない順に、人間体、獣神体、そして第二の性を持たぬ大勢のノーマルとなる。これは繁殖力の低い獣神体たちが、人間体の繁殖能力の高さを利用して、その数を増やしてきたことがその理由である。
……ここまででなにか質問は?」
「……つまり男女の性別を変えられる人のことを両性具有者と呼んで、男女の性別に加えて繁殖に特化した人間体と戦ごとに特化した獣神体という2つ目の性別を持った人たちがいる……ということでしょうか?おねえさま。」
「そうだ。アイ。」
はるひは差別のくだりから何かを思案しており、かげろうも何事かをかんがえこんでいるので、殆どアイとシュベスターの個別講義になっている。
しらぬいはというと各々の反応に目を光らせている、シュベスターに先生役を押し付けたのはこのためだったのだろう。
◇◆◇
「ええと……お話だけではまだイメージしづらくて……。」
「そうだろうな……じゃあ具体例を出そう。そこで講義もせず突っ立っているしらぬい――」
「えっ?!わたし?!いやいや性別の話は他人が明かすのはマナー違反でしょ?!アウティングだよそれ!隠して生きる人も多いんだよ?!」
「だから、お前が言っていいならお前から言ってくれ。お前の地位と性別なら別にいいかなとは思うが、一応アウティングはしないよ。」
「ん、ん〜、まぁいいんだけどさぁ〜なんか恥ずかしいなぁ。よし!この私!」
ビシッと自分を指さして決めポーズ。
「不知火家の長子にして!不知火陽炎連合の次期藩主!超絶かわいいと一部で噂の不知火不知火!」
「ちょーぜつかわいいです!」
アイの合いの手。
「あ……アイちゃん……。」
「ガチ照れするな。続けろ。」
「の!性別は〜まず女!ここまではみんな知ってるね〜?そして……両性具有者!!……ではございません!残念!!……そしてそして〜!第二の性別はありまあー………………」
「溜めが長い。早くしろ。」
「あーーーす!あります!それは、獣神体です!つまり――」
痺れを切らした親友が、親指で指しながら先に告げる。
「つまりこいつの性別は女で獣神体、……一般的な言い方をすると、“獣神体の女”ということになる……こんなふざけたやつが選ばれし獣神体とは信じたくはないがな……。」
心底呆れたようにシュベスターがいう。
「なるほど……!しらぬいさんはすごいんですね!」
反対にキラキラと純粋に目を輝かせたアイがしらぬいを褒める。
「そうだね〜反対に劣った性になっちゃった人は大変だと思うよ〜生まれながらにして人より劣ってるんだからね〜。」
先ほどからしらぬいの大演説を盗み聞きしていたはるひを、しらぬいは何か見透かしたような目でチラリと見やる。劣った性という言葉を聞いた刹那、はるひの眼が怒りと暗闇に染まる。




