126. 夏のかげろうは春のひだまり Summer Shimmering is Springtime's Sunny Spot.
「……俺は仲間は決して見捨てない。家族も地位もすべて亡った俺にはもう仲間達しかいないんだ。だから、俺は決して部下も、兄弟分も見捨てない。」
「ハァハァ……!……へっ……この誠実な犠牲者め……。」
忠実なる騎士の放った水の槍の一撃がアイの眼前に迫る――!
「しまった!アイ――!」
ザミールは必死に手を伸ばすが、間に合わない――!
「……あぁ、わたくし、死ぬのかな?……本当にクソみてぇな……人生――」
◇◆◇
アイに迫っていた水が爆発するように蒸発して消えた。
此れは、炎の心によるものだ――!
◇◆◇
……?……何が起きたんだろ?
血を失いすぎたのか、もう目がよく見えない。
誰かが助けてくれた?でも、誰が?
いや、そんなの決まってる……いつもわたくしを助けてくれる。やさしい陽炎のような炎の心。
誰かに横抱きに抱え上げられる。
やさしいひだまりのような体温。
誰かはわからない、わからないけど、きっと。
目はもう上手く見えないけどきっと。
わたくしを助けてくれるのはきっと。
今までもいつもいつでもずっと助けてきてくれたのはきっと。ずっとずっと。
「……か……げろう……?」
「……。」
返事はない。でもわたくしをいつも助けてくれるのは。聖別の儀の後に全てを喪ったわたくしにやさしい言葉をかけてくれたのは。
「かげ、ろう……なんでしょ……?
わたくしを、助けてくれるのは……いつも貴方だから……。」
耳ももう上手く聞こえないけど、男の人の声がした。
「えぇ、アイ様。僕……陽炎陽炎が御身をお助けに参りました……。
……今はただ、俺に身を任せて、安らいでいてください。」
「……やっぱり……かげろーはいつも、わたくしをたすけてくれるね、ありがと……う。」
もう意識を保てない。
あぁ目が覚めたら一番にその顔がみたいなぁ……かげろー。
◇◆◇
アイを横抱きにして、護っていたのはかげろうではなかった。
――男性体に換装した、春日春日だった。
はるひは今までの自分の所業から、アイにとっての安心の象徴が自分ではないということを、嫌というほど知っていた。なにせ自分から
『好かれないなら、とことん嫌われてしまおう。』
と決めたのだから。
しかし、自分のことをかげろうと勘違いして、縋り付いて、安心して意識まで手放したアイの寝顔を眺めていると……自分で招いたことなのに……こころが新鮮に血を流すのだった。
なんでこの子が最初に縋り付くのが、最後に助けを求めるのが自分ではないのかと。かげろうと自分で何が違うんだと。
◇◆◇
――そんなの分かってる……何もかも違う。
かげろうはこの子にやさしくて、あたしはこの子にやさしくできない。傷つけることでしかこの子のこころのすき間に入り込めない。
あたしは陽炎のようにこの子を包み込むことなんてできない、ただこころのすき間に付け入るしかできないのだ。
だからアイくんはかげろうに手を伸ばすし、かげろうはこの子の手をとる。あたしはこの子が無防備に投げ出した手を無理やり掴んで自分の方へ無理やり引き寄せることしかできない。
分かってる。この子の一番になれないことなんて、そんなの分かってる。分かってるからもう静かにしてくれ。
――これ以上この子を求めないでよ……ねぇ……あたしのこころ。この子を諦めてよ。一回ぐらい。主人のことばを聞いてよ……あたしのこころ。
あたしがそんなことを考えてるうちに、抱いているアイくんの身体が愛の炎に包まれる。
かげろうの愛の心だ。
「……はるひ!何をしている!アイ様は無事か!?」
私だってこの子を愛情で包み込みたい。
「はるひ!!集中しろ!アイ様は無事なのか!?」
でも私があの時の恋をしたのは、この子の“笑顔”じゃなくて――
「……あーあー!そんな大声で出さなくても聞こえてるって、大丈夫。呼吸もしてるし、過労と怪我で疲れて寝てるだけ……命に別状はない。……こころにも、きっと。」
「そうか……よかった……。」
◇◆◇
ザミールが二人に問いかける。
「お前達!……アイの部下で……不知火陽炎連合の、陽炎陽炎と……そっちは見た所アイと同じ学校の生徒だな。」
かげろうが吠える。
「ザミール・カマラード……!!」
「まて、落ち着け。今、俺は訳あってアイを命を賭けて護ってる。お前らも手伝え!こんなに敵に囲まれてて諍いを起こしてる場合じゃねぇのはまう分かってるだろう!
――全てはアイを護るためだ!!
お前たちの目的も同じだろう!?」
かげろうがギリっと歯を食いしばるが、はるひが妙に落ち着いた声音でそれを制する。
「……かげろう、先刻コイツがアイくんを守りながら戦ってたのは見てたでしょ?
何でかは知んないけど、コイツはアイくんを命がけで守ってる。んでその事を疑ってるヒマは今はない。でしょ?」
かげろうは不承不承頷く。
「……あぁ、そうだな。」
「話が早くて助かる……お前らはまだ学生だ、彼処に居る忠実なる騎士達は俺に任せろ。お前達は一人がアイを守って、一人がゴロツキ連中を頼む。」
「はるひ、じゃあお前がそのままアイ様を――」
かげろうの言葉の途中ではるひはアイをかげろうにやさしく差し出す。
「……はるひ?」
「露払いはあたしがする。かげろうはアイくんを護って。」
「……あ……あぁ……分かった。」
はるひは誰にも聞こえないように呟く。
「……眠れるお姫さまには、悪い魔女よりも王子さまのほうがお似合いでしょ……。」
◇◆◇
ザミールが忠実なる騎士を三人相手取り、はるひはかげろうの援護を受けながら、他の心者たちを散らしていく。
しかし、明らかな物量差とザミールの疲労によって、少しづつ……だが確かに押されていく……。
かげろうの愛の心で少しだけ傷が癒えたアイが彼の胸のなかで目を覚ます。
「かげ……ろう……?」
「アイ様……!ご無事でよかった!はい……かげろうはここにいます……!」
「……いつも……ありがとうね。……いつも、いつでも学校でも……聖別の儀のあとも……かげろうのあの言葉があるから……生きてこれたんだよ……?覚えてる……?あの……紅葉を……。」
「ええ!ええ!覚えていますとも!俺がアイ様と過ごした時間で忘れたことなど何一つありません……!俺の眼にはいつでも貴方の顔が映っているのです。」
「……あの、かげろうが……真っ赤に染め上げた……紅葉……きれいだったなぁ……。」
「アイ様!……そんな今わの際のようなことを言わないでください!アイ様が望むなら、これからもいつでも貴方の世界を染め上げてみせます……!」
「……あり、がとう。……そうだ……ザミールは?みんなは……?チェルせんせーは……。」
「皆アイ様が敵を引き付けてくれたおかげで無事です!今は俺の胸のなかで安心していてください……!」
かげろうがもう二度と離さないというように、アイを抱きしめる。
――ドォン!!と大きな音がした。
雷がアイとかげろうのすぐ近くに落ちた。
「アイくん!」
「アイ!」
はるひとザミールが駆け寄ろうとするが、出来の軍勢がそれを許しはしない。
その雷が起こした砂塵が止むと、そこには甲冑に身を包んだ忠実なる騎士が一人立っていた。
「……陽炎陽炎だな。
アイ・ミルヒシュトラーセを引き渡せ。」
かげろうの瞳が赤く燃え上がる。
「なんだと……?」
忠実なる騎士は告げる。
「そのこころをもつものを引き渡せばお前たちは見逃してやる……我々の目的はその兵器を鹵獲することだからな。」
かげろうの白目が純黒に染まる。
「……兵器……?鹵獲……?」
「……どうした?
ソレを引き渡しして生き延びるか、それとも――」
「――黙れ。この方はアイ・ミルヒシュトラーセ。……兵器でも物でもない……神だ……。
……俺の前でよくそんな発言ができたな。
――俺は1人の人間として、この方を護ると“誓った”んだ。
……自らの命惜しさに差し出すと思うか?
――この方を世界でいちばん愛しているこの俺が……!!」
「――ならば、ここで死ね。」
「……お前がな……!!」




