125. 勝手に押し付けられた家族と自分で選んだ友 Imposed Family or a Self-selected Friend
「……あの方たちは反政府組織のリーダーである貴女と、ミルヒシュトラーセ家のこころをもつものであるわたくしを戦り合わせ、漁夫の利を得て……二人とも殺してしまおうという作戦でしょう……?」
「あ、ああ……この状況をみるにおそらくな……?」
「じゃあ、わたくしと手を組みましょう。」
アイはザミールに手を伸ばしたまま続ける。
「ああいった、狡いゲロクソ以下の糞滓野郎どもに……わたくし達がいいように討ち取られるのは――」
アイはその天使のようにうつくしい、慈愛に満ちた微笑みと共に言った。
「――クソみてぇにムカつきませんか?」
◇◆◇
天使の口からはおおよそ発せられない言葉を聞いて、その感覚の間隙で、ザミールは笑った。
……そして、天使の手を取った。
――しっかりと、母が幼子を決して離しはしないというように、確かに……握った。
「はははっ!
確かに俺らみてぇに直接戦場にでて心をぶつけ合わずによぉ!裏工作で高みの見物しといて、漁夫の利ってのはぁ……虫がよすぎるし、何より……ムカつくなぁ……!!
――俺はのったぜ!アイ!」
膝立ちになって、それでも自分よりちいさいアイをそっと抱きしめるザミール。するとザミールの身体から愛の心が溢れ出してアイの華奢な体躯を包み込む。
そして、かつてアデライーダにそうしてもらったように、背中を鼓動の律動でぽんぽんと叩く。
アイが抱かれるままに言う。
「お前はなんどおれを泣かせば気が済むんだよ?こんなこと……エレクトラにもしてもらったことがねぇよ……。
……おれが泣いたらお前はおれを嗤うか?愛されてねぇくせに親の望みを叶えようとする馬鹿なガキだってよぉ……。」
アイ少し鼻声になっていた。
「嗤うわけねぇ!……お前の母親みてぇにお前の泣き顔をみてヘラヘラあざ嗤ったり!……お前の父親みてぇに『男はなくな。』なんて言って殴ったりもしねぇ……!
――俺は絶対にしない。」
「……、……。……ありがとう、ザミール。」
「こんなの礼を言われるまでもねぇ“人間”として当たり前の事だ。これが俺にとって“ただ人間であること”だ……!」
「そうか……そうですか……でも、ありがとうございます。わたくしにとっては『ありがとう』と『ごめんなさい』を言えるのが人間なので……やっぱり……ありがとうございます。ザミール。」
「……あぁ、いい心掛けだ、ミルヒシュトラーセにしてはな。」
ザミールが誂う。
「またそーやって!直ぐに調子に乗るんですから、貴女は……まったくもう。貴女って人は……。」
アイは呆れた妻のように返す。
「ククッ、また素がでてんぞ……。
……アイ、気がついてるか?先刻爆発の中抱き合って、俺たちの血が傷口から流れ、お互いに混ざり合った。」
「……?……つまり、どういうことですか?」
「俺たちは同じ血を分けた兄弟になったってことだ。」
「……!……たし、かに……?
……まさか、まだ生まれはずの妹にも会ったことがないのに、ほかに兄弟が増えるとは思いませんでした。……盃でも交わしますか?」
アイが楽しそうに口に手を添えてたおやかに笑う。
「……いいねぇ!……アイ……“両親や家族”……“兄弟”ってのはぁ、本来選べねぇモンだ。だから皆それに苦しめられる、選べねぇくせに縁を切るのも難しいからな。
だけど俺たちみたいに自分の意思で“兄弟”になったヤツは違う。自分で選んで、自分で手に入れたんだ。神の野郎とか運命の野郎に与えられたモンじゃあねぇ。誰かに恵んでもらったモンじゃあねぇ……自らの手で掴み取ったんだ。
……俺は勝手に“与えられたモン”より、自分で“選び取ったモン”のほうが価値があると思っている。」
「……そうかも、しれませんね。」
「……俺たちは完全に敵対する勢力にいるが、今後何かあったら俺を頼れ。俺はお前の兄貴分だからな……まぁ別に、姉貴分でもいいが。」
ふふっとアイが愉快そうに笑う。
「何を仰っているんです?どう考えても兄貴分はわたくしですよね?貴女はいいトコわたくしの妹分ですよ。」
「へっ……どこまでも口の減らねぇガキだ。」
「老人の長話は嫌われますよ?
……でも、わたくしにも言わせてください。
わたくしたちは兄弟分です。もし、貴女に何かあった時は……わたくしの名を呼んでください。
……貴女が心を込めた言葉でわたくしの名を呼べば、どこに居ても、いつでも、駆け付けます。
――このわたくしが、必ず駆け付けます。」
「……あぁ……ありがとうよ。信じてる。こんなに裏切られまくってまだ“人間”を信じてる俺をお前は嗤うか?」
「――嗤うわけありません。そんな奴がいたら、わたくしがぶっ飛ばして差し上げますよ……!」
「へっ……そう言うと思ったぜ。
なぁ、兄弟……そろそろ動けるか?」
「……辛うじて、ですが。まだあんな所で足踏みをしている臆病者どもを屠るにはヨユーですよ。」
「そうだな。……俺もお前の愛するものの力でかなりの動ける。どうする?杯を交わすにはヤツらが邪魔すぎるが。」
アイの表情が天使のような微笑みから、悪戯っ子のニヤッとしたものに変わる。
「……決まってんだろ。目の前に大量の生きた血袋がありやがる。……奴らの血で祝杯を挙げて盃を交わすぞ……!!」
「いいねぇ……そうこなくちゃあアイじゃねぇよなぁ……!!」
アイとザミールはお互いに背中合わせになって、少しの体重を預け合う。接したところからお互いの血が放つ熱が伝わる。それは言葉より遥かに雄弁だった。
アイとザミールのその体勢をみて、何故か不倶戴天の敵である、カラマード家のザミールとミルヒシュトラーセ家のアイが手を組んだことを悟ったらしいゴロツキ連中と数人の忠実なる騎士は一斉に心を構え始める。
「よし、ザミール。」
「あぁ、アイ。」
お互いが自分の後ろの世界の半分を相手に預けて、目の前の敵だけを睨む。
ザミールの前には黒い砂塵渦巻いて五本の台風のような渦ができる。
アイの前では雷撃が次から次へと地面にぶつかり合い弾けてはまた降る。
――ザミールとアイが同時に“心の込もった言葉”を言う。
「「喰らえ――」」
《――砂神……!!》
《――雷神……!!》
◇◆◇
ザミールとアイはかなりの数の敵を打ち倒していたが、人間体のアイの虚弱な身体には流石にすぐ限界が来た。
「グッ……。」
「――!――アイ!」
倒れ込んだアイに向かった攻撃を何とかザミールは、砂塵で防ぐ。いくら獣神体とは言え、一晩中戦い通しだったザミールの心にも身体にも疲労が蓄積していた。
なんとかアイを護りながら、戦うが……次第に押されてくる。ザミール一人だったら、アイを護りながらではなかったら、こんな奴らひとたまりもなく鏖殺できただろう。
しかし、ザミールは自分が不利になることは分かっていても、アイを護りながら戦う方を選んだ。
ザミールの目指す“ただ人間であること”をなし得る人間は、ここで兄弟分を見捨てるような奴ではないからだ。
「……ザミール……一人なら逃げれんだろ……。おれが最期の心で此奴らを道連れにする……ハァハァ……その隙に――」
「――黙れ!そんな事を言うな!」
「お前、おれを守りながらじゃなきゃあこんな奴らへでもねぇだろ?……だから。」
「……俺は仲間は決して見捨てない。家族も地位もすべて亡った俺にはもう仲間達しかいないんだ。だから、俺は決して部下も、兄弟分も見捨てない。」
「ハァハァ……!……へっ……この誠実な犠牲者め……。」
忠実なる騎士の放った水の槍の一撃がアイの眼前に迫る――!
「しまった!アイ――!」
ザミールは必死に手を伸ばすが、間に合わない――!
「……あぁ、わたくし、死ぬのかな?……本当にクソみてぇな……人生――」




