表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/197

120. 陽炎日和と小春月夜 Der Altweibersommer et Brum de chaleur

もし宜しければ、評価・レビー・感想などを頂ければ泣いて喜びます!

 ナウチチェルカは迫りくる敵に対抗するために、地面に両手をつき(ヘルツ)の根を張り巡らせる。


「まぁ。ボクは……忠実なる騎士(あいつら)を……“教育”、してあげようか。

 

 なんたってボクは、アイたんが(した)ってくれる……


――“マンソンジュ最強のチェルせんせー”……だからね……。」


 ◇◆◇


挿絵(By みてみん)


 かげろうとはるひは連携を取り、索敵(さくてき)をしながら疾走(はし)っていた。


「たくっ……どこまで敵を引き離したんだよ……あの子は……!」


「何か見えるか? はるひ。」


「いいや、ぜんぜん。進んでも進んでも闇、闇闇。やんなるわ。

 まじでどこまで砂漠の黒死病(デシエルト・ペスト)を私たちから遠ざけようとしたのさ……全くあの子は、“自分が弱っちい”ってことも忘れて……!」


 (ヘルツ)の炎で足元を照らしながら陽炎が答える。


「……俺にはこの距離が、どれだけアイ様が俺たちを()()()()()()()()()()()()を表している気がするよ。それだけザミール・カマラードから俺たちを守りたかったんだろう。」


「……ふーん、私にはをこの距離が遠ければ遠いほど、あの子が私たちを()()()()()()()()()()()って、頼ってくれてないんだって思うけどね。

 

 この距離が……まさにあの子と“私たち”との――」


 そこではるひは夕陽の指す教卓でアイを襲った時に、アイが(すが)るようにかげろうに助けを求めていたことを思い出して、言い直した。


「――“私”との、こころの距離のように思えるけどね。」

 

「俺だって御身(おんみ)をもっと大事にしてくれとは思うが……それに、アイ様は獣神体(アニムス)のはずなのに、それも“最強の性別”であるアニムス・アニムスであるはずなのに……とてもか弱く……(はかな)く俺の目には映るんだ……。」


 はるひはそれの理由が、アイが自らをアニムス・アニムスだと偽っている人間体(アニマ)だったからだと知っているが……それだけではないような気もした。


「……あの子は何か常に……哀しみがつきまとっているような気がする。あの子はきっと始終(しじゅう)重苦しく暗い塊に押しつぶされているような気がしているんだろうって……。」


 その理由の一端(いったん)を自分が(にな)ってしまっていることを、はるひは自分が(はずかし)めたアイを王女がその手で癒すのをみたときに――


 ――あの教室ではるひとラアルが(いさか)いを起こした後の光景をみたときに、確信してしまっていた。


 それまでは(むし)()れでいいと思っていたのに、アイを傷つけて、そのちいさな身体に、かよわいこころに、消えない(きず)を残して……アイのこころに一生残る春日春日(じぶん)を刻み込んで、永遠になりたかった。


 ――永遠に好きな子のこころに残りたかった。


 だって……。

 

 はるひは真隣(まとなり)を走るかげろうを横目で見る。

 

 アイがほんとうにそう思っているかは定かではないが、()()()()アイがかげろうのことを、恋愛的な意味で好きなんだろうと思っていた。


 ……理由ははるひを苛々(いらいら)させるには十分なほど沢山(たくさん)あった。ほんとうに、沢山……思い当たった。考えたくもないのに、見たくもないのに、目に入ってきやがるからだ。


 ◇◆◇


 アイは学校でかげろうを見つけると、パァァァ!っとその美しい顔に太陽が差したように、表情を明るくして、飼い主を見つけた仔犬(こいぬ)のように駆け寄る。……尻尾(しっぽ)があればブンブンと振っているところだろう。


 はるひがアイをいじめたり、無理やりハグをしたり、首に跡をつけたり身体に噛み跡をつけたりした時に助けを求めるのはかげろうだった。


 それに、あの日――陽光(ようこう)の指すあの空き教室で、夕焼けに支配された教室で、はるひに(なぶ)られたアイが助けを求めたのは、手を伸ばしたのは、名前を口にして助けを求めたのは――


 ……かげろうだった。


 そして何より、朝日の差す通学路で、午睡(ごすい)にまどろむ昼休みに、夕焼けに照らされた帰り道で、かげろうをみつめる瞳が、アイのうつくしい瞳が、そのサファイアの瞳が……アイをみつめるはるひ(じぶん)の瞳と同じだったからだ。


挿絵(By みてみん)


 好きな子(アイ)をみつめる自分(はるひ)の瞳と同じ目で、同じ瞳で――アイがかげろうを見つめていると気がついたときには、はるひは地獄(ちきゅう)に落とされたような気分だった。


 ……そうして悟った、自分は決してアイのいちばん好きな人には……世界でいちばん大好きな人にはなれないのだと。


 無理やり(つがい)にまでしたのに、何度

 『獣神体(アニムス)人間体(アニマ)との番関係を解消してほしい』

 と懇願(こんがん)されても無視してきたのに、アイに対する支配欲から、独占欲から一蹴(いっしゅう)してきたのに。


 ……“その人”は自分ではなかったのだ、初めて()ったあの日に――幼き日に湖に(たたず)み泣いているアイに逢った時に、そのせかいでいちばんうつくしい泣き顔をみたときに……


 ――運命、だと思ったのに。

 

 “あの子(アイ)の運命の人”は自分ではなかったのだと、アイの懸想(けそう)する相手は、アイのアンドロギュノス(半身)は、あの子をしあわせにできるのは……一生をかけてあの子をしあわせにできるのは――自分じゃあなかった。


 そうしてはるひは考えた。考えて考えて考えて……思い(いた)ってしまった。


 あの子の“せかいでいちばん好きな人”になれないのなら、あの子をしあわせにできるのが、自分ではないのならば――


 ――あの子の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と……


 そうして、()()()()()()あの子の、()()()()()()()あの子の、唯一嫌いな相手になって、唯一の憎まれる相手(トクベツ)になって……消えない(きず)をを残して――


 ――せめてそうしてあの子の“一番”になろうと、そう……思ってしまったのだった。


 ◇◆◇


 だけどはるひの思惑は上手く行かなかった、どれだけ酷いことをしても、馬鹿にしても、無理矢理そのちいさな身体にはるひ(じぶん)を刻みつけても、アイははるひを嫌ってはくれなかった。


 ただ、泣きそうな顔をしながら笑うのだった。まるで、聖別の儀(セパレーション)の前に見たひまり(はは)の笑顔のように。


 ひだまりのように、決して太陽光のように手で光を(さえぎ)って、目を守らなければならないほど(まぶ)しくはなく――


 ……しかし、やさしくあたたかい木陰(こかげ)()す日のように、やわらかな“ひだまり”のように、やわらかな“母親(ひまり)”のように……微笑(ほほえ)むのだった。


 あの教室で、あの放課後に、無理やり男のアイの身体を組み()いて、欲望のままに(むさぼ)ったときも……その後も……アイはただ憎しみに燃え盛る太陽のようにではなく、哀しみ凍りついた月のように、(うつむ)いた紫陽花のように……儚く自分(はるひ)に微笑むのだった。


挿絵(By みてみん)


 好きな子(アイ)の“大好きな人”のいちばんにもなれなくて、だけれども“大嫌い”でもいちばんになれなくて。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……じゃあどうすればいい……?


 と、そうはるひは思っていた。


 (よい)の闇の中で隣を走る……いや、アイの愛情という陽だまりの中で(はる)か先を歩く……かげろうを、みながら――。


 ◇◆◇


「……かげろう……あたし、やっぱアンタのこと嫌いだわ。」


 ()()()()()()()何も余計なことを考えず、ただアイを心配して、アイを必死に探していたかけろうが驚いたように返す。


「……?なんだ突然?それは今アイ様を助けることと関係ないだろう?なら後にしてくれ、あいにく今の“俺のこころ”は“アイ様を心配すること”で手一杯なんだからな。」


「……そーゆーところが……うぜぇんだよ……。」


 ◇◆◇


 ザミールは散華(さんげ)したアイの身体に黙祷(もくとう)を捧げたあと、身体を(ひるがえ)し、振り返って状況を整理していた。


 ……先刻(さっき)アイと()り合ってる時に見た、あの光の(ヘルツ)の合図はソンジュのもので間違いねぇ……。

 

 ……ということはソンジュはまだ生きているっつうことだ。


 てこたぁアガ・ハナシュはやっぱり裏切り者で、そうなるとアイツが紹介してきた神聖ロイヤル帝国の奴らも怪しい……


 ――でも、()()()()()()()


 神聖ロイヤル帝国(やつら)からすりゃあ態々(わざわざ)反政府組織(おれたち)を裏切らずに、反政府組織(レジスタンス)と手を組んで、パンドラ公国を侵略(しんりゃく)した方が都合がいいはずだ。


 ――何故、態々(わざわざ)自分たちから敵を増やすようなことをする?

 

 しかも、ずっと隣国と小競(こぜり)り合いをしてるってのに……神聖ロイヤル帝国(あいつら)からすりゃあ敵は一人に……一国に、“パンドラ公国”だけに(しぼ)ったほうが都合がいいはずだ……。

 だって公国のバックには“ファンタジア王国”というさらなる大国がついてんだからな。


 ――なのに、なぜ()()()()()()()()()()()()()()()を――?


 ……ともかくソンジュを探しに行かねぇと……。


《どこにいきますの♡》


 その声は真後ろから聞こえた。


 その声は先刻(さっき)この手で殺したはずの――!! 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ