119. ある独りの決断 A lonely decision.
「……こいつらはボクが全員殺すからね。」
ナウチチェルカが中指と親指を使って指をパチンと鳴らす。その音は夜の暗闇に響きわたった。
3人が苦戦して、何とか、それでも少しずつ倒していた敵の残党達が一瞬にして消し飛ぶ。
文字通り……消し飛んだ。
◇◆◇
そこには消し飛んだ彼らの影だけが残っていた。ただ彼らの肉片が黒いシミとなり、地面にこびりついて、影として残っていた。
ラアルとはるひ、かげろうはあまりの早業に……自分たちが何とか苦戦して闘っていた相手を一瞬にして消し飛ばしたナウチチェルカを見て、そのあまりの次元の違う強さを見て……感じた。
しかし、感じたのは頼りになる味方が助けに来てくれたという安心では決してなく……“異形の怪物”をみる“惧れ”に近かった。
急いで駆けつけて助けた生徒たちに、そんな瞳で見られたナウチチェルカが感じたのは、驚きや失望、悲しみではなく……
――あぁ、またか……。
という“諦観”だった。
彼女は人間種に“失望する”には老いすぎていたし、人間種にそのような視線で見つめられて“悲しみを感じる”には……慣れすぎていた。
「……。」
ナウチチェルカは少しの間、押し黙っていた。その時彼女のこころがどんな形をしていたのかは、彼女自身にも分からない。
ラアルが王女として率先して話し出す。
「ナウチチェルカ教官、お助け頂き感謝致します。パンドラ公国を裏切った不届きな教官たちは、彼らはどうされたのですか?多勢に無勢でしたが……。」
ナウチチェルカが神聖ロイヤル帝国の忠実なる騎士が迫っているであろう正面を見据えて、自分が鏖殺した教官たち居た後ろの方も、自分が助けた生徒たちの居るとなりも、まったく見ずに答える。
「……あぁ、あの人間たちなら死んだよ。……“散華させた”んじゃなく、全員“殺した”。仮にも教官騙る者たちとしては……余りに馬鹿すぎて、柄にもなく……イライラしてしまってね。
つい……というやつだ……まぁ奴らもボクみたいなエルフ一匹ぐらい、殺してもいいと思ってたみたいだら……これでおあいこさ……。」
ラアルたちは腕がもげ……頭に穴の開いた死屍累々の凄惨な死体たちを見て……思わず絶句する。
それかまわず、ナウチチェルカはなんてことのないように告げる……あくまでなんてことないように、だが。
「“エルフ”を殺そうとしたんだ。じゃあ……自分たち人間族だって、殺されても文句は言えないよねぇ……?……それに、どんな殺され方をしても……ね?だろう……?」
それは生徒たちに問いかけているようで、人間族全員への問いかけでもあった。……そして、敵を嬲り殺しにした自分自身への……言い訳、でもあった。
「……とにかく。」
ナウチチェルカが両手を合わせ、長い袖がぱふん、と音を立てる。
「……前から来る十数人?数十人?の神聖ロイヤル帝国の忠実なる騎士の相手はボクが独りでする……。」
「「「はい……!?」」」
“神聖ロイヤル帝国の忠実なる騎士”と言えば、かげろうたち一年生でも授業で習って知っているほど、一人一人が強者揃いだ。
いくら今しがたその強さを見せつけられたとは言え、一人一人がナウチチェルカと同等の強さかそれ以上の可能性だってある。
「ナウチチェルカ教官!流石にそれは……。」
かげろうがたまらず口をはさむ。
「そうよ。いくら教官が強いからと言って、パンドラ公国の王女である私が認めざるを得ないほど、神聖ロイヤル帝国の忠実なる騎士は強いわ。
……それを教官一人でどうにかするというのは、余りにも、その……。」
「別にいーじゃん。」
緊迫した状況と思えないほど軽い声がした。
「せっかく教官自らが敵と大軍勢をを受けをってくれるって言ってるんだし、それにファンタジア王女殿下もかげろうだって、獣神体なら感じたでしょ?
私たちが教官サマと一緒に戦ったって足手まといになるだけ、むしろ邪魔をして教官を窮地に陥らせる可能性のほうが高い。
……それぐらい戦士として……獣神体としての格が違うの……今は、だけどね。」
「春日春日クンの言う通りさ。厳しいことをいうが、いくら獣神体と言ってもただの一年生であるキミらは足手まといだ。
それに、万が一にもボクの心に巻き込まれたら、ボクの責任になる。そんなのはほんとうに……めんどうくさい。」
……心は本来、敵意を持っている相手にしか効かない。……つまり、ナウチチェルカの心が生徒たちに、いや“人間族”に害をなすということは――。
「――だから、今から手短にみんながやるべきことを伝えるよ。
まずファンタジア王女殿下はデイリーライフ女史たちの後を追って早く逃げるんだ。この国の王女に何かあったら、ボクの責任になる。
だから何よりも……そんなめんどうごとは絶対に避けたい。」
ラアルが喰ってかかろうとする。
「しかし、アイが――!」
「――そして、陽炎陽炎クンと春日春日クンは、先刻アイたんが砂漠の黒死病を引き付けてくれた方角へと走ってくれ、ミルヒシュトラーセ家のアイたんに何かあってもとてもマズイ。
――それに何よりボクがアイたんには死んでほしくない。」
「「了解。」」
「幸いにもミルヒシュトラーセ家の傘下である、不知火陽炎連合に所属するキミたちは、ミルヒシュトラーセ家のために死ぬ覚悟はとっくにできているだろう?」
かげろうが迷いのない瞳で答える。
「ええ、もちろんです。」
「私はミルヒシュトラーセ家はどーでもいいけど、アイくんのことは絶対に護る。
……自分の番をむざむざ殺させたりはしない。」
ナウチチェルカは両腕を広げ、右手で右側を、左手で左側を差して結論付ける。
「じゃあ、もう一度だけ言うよ。時間がないからね。
ファンタジア王女殿下はボクが引いたこの緑の線に沿って、左方向へ走ってまずは自身が一番安全な場所まで辿り着くことだけを考える。
そして、そのあと救援要請を国へ伝える。
陽炎クンと春日クンは、右側に向かってアイたんを探して、敵がいたら倒し、彼を保護しその命にかえても護る。
――そしてボクはここで火傷を負って負傷した生徒たちを守るために、忠実なる騎士を迎え撃つ。
……異論か疑問は?」
「はぁ……これも“王族の務め”か……。
あなた達!必ず私の愛するアイを見つけ出して守り抜くのよ!アイが一人でザミール・カラマードを引きつけてくれたんだから、今度はあなた達があの娘を護るのよ!!
本当は私が自分で助けに行って、“この手で”愛するあの娘を護りたいけど!国のために自分の身を危険にさらさないのも“王族の務め”。
……あぁもうっ!とにかく!アイを必ず護るのよ!!」
「ええ、言われずともです。僕はアイ様を護ると幼い頃に“誓い”をたてましたから。」
「アンタに言われるまでもないっつーの。自分の番を護らない獣神体がどこにいる?」
「……じゃあ、頼んだわよ!アイが無事に帰ってこなかったら私が許さないからね!」
ラアルは後ろ髪を引かれながらその場から立ち去る。
「……じゃあキミたちも行った行った、もう軍靴が地面を揺らす振動がずいぶんと近くなってきている。」
かげろうとはるひもその場を疾走ってその場を離れる。
◇◆◇
また“一人”になるナウチチェルカ……まぁ、アイと過ごしてる時間以外、彼女はどれだけ多くの人のなかに居ても、ずっと“独り”だったが。
「……さて、ほんとうはボクもアイたんを助けに行きたいけど……ほんとうに行きたいけど……あの子なら言うだろうなぁ……。
『せんせいなら怪我をした多くの生徒を護ってください』
って……全く困った子だよ。アイたんは……。自分の身なんて顧みずに、他人を守るために走り回ってばかりいる……。
しまいには悪名高き砂漠の黒死病……ザミール・カマラードを独りで引き受けるなんて……。」
ナウチチェルカは迫りくる敵に対抗するために、地面に両手をつき心の根を張り巡らせる。
「まぁ。ボクは……忠実なる騎士を……“教育”、してあげようか。
なんたってボクは、アイたんが慕ってくれる……
――“マンソンジュ最強のチェルせんせー”……だからね……。」




