117. おれたちには信念がある! We have different beliefs!
「あぁ、俺の考えじゃあ……
地獄では……
“神が人間を”創ったんじゃあねぇ、
“人間が神を”創ったんだ。
底なしの自分たちの悪意に……地獄の“邪悪なる存在”である自分たちに抗うために。
だが、おれらは地獄人ほど醜くない。“原罪”が俺らを完全に堕天させるまでにはまだ間に合う。まだ猶予がある。
おれらは地球人どもとは違って、“神”なんて創り上げなくても、“聖者”になれると思う。もとの文学界の“無垢なる存在”に。」
「……そのために必要なのが――」
「――あぁ、ただ、“人間であること”だ。
家族を思いやり、友を労り、部下を守り、他人にやさしくする……そんな当たり前のことでいいんだ。
だが……そんな“当たり前”のことが今はひどく難しい。
なぜなら――」
「――おれのおかあさまが、“原罪”をこの文学界に持ち込んだから――!」
◇◆◇
「そうだ。
……だからおれはお前の母親を、殺さなくちゃあならない。これはおれのお母様の敵討ちってだけじゃない。そんな小さな話じゃないんだ。
むしろ俺はあの日……“砂神アデライーダ”と“雷神エレクトラ”が対峙した日に……砂神が果たせなかった本懐を果たしたい。
つまり……“原罪”……“地球人の悪意”がこの文学界に広がり切る前に……まだこのパンドラ公国に留まっている間に……それを完全に排しなければならない。
地獄文献は全て焚書して、地獄思想を広めるエレクトラ・ミルヒシュトラーセ辺境伯爵を殺さなければならない。
……そして、哀しいが……地獄思想に犯されちまった奴らも……。
そうして再び“ただ人間であった”……“ただ誠実であった”だけの文学界人だけの世界を取り戻すんだ。」
◇◆◇
「なるほど……地獄の穢れをこの文学界から排して……元の“無垢なおとぎ話”の世界に戻すのが、お前の目的か……。
その為に“地球人の悪意”を積極的に振りまくミルヒシュトラーセ家を……根絶やしにする。……だからこそ“革命”を目指して……その為に、革命軍を使ってテロ行為をする。
……まいったなぁ……理にかなってる。」
「俺も同じことを言おうと思ってたぜ。
……お前は敵だがお前の境遇に“同情”して……お前の神への……家族への思想に“共感”しそうになっちまった。
……分かってると思うが……俺が言う“同情”ってのは“憐れむ”って意味じゃあねぇぞ。
本来の意味だ。相手と“同じ感情になる”ことだ。」
「あぁ、分かってる……チェルせんせーが教えてくれたよ。“同情”の本来の意味はそうだってな。
それにお前がおれを憐れんじゃあいねぇことぐらい知ってるさ。
だってよぉザミール、おれとおまえは剥き出しのこころをぶつけ合った仲だぜ?」
「ふふっ……確かにそうだな。敵同士なのに、思想も正反対なのに、大親友と話してるような気になってくるよ。
アイ、お前も……俺を憐れんじゃあいねぇだって俺たちは――」
「あぁ、おれたちは――」
「「“かわいそう”、なんかじゃないからだ。」」
◇◆◇
「うふふっ……貴方が何言うかまで、わたくし分かってきちゃいました。あははっ。」
「あぁ、だが不思議と嫌な気持ちじゃあない。
それに先刻からお前もたまに素が出てるぞ。」
「はい……これが、この話し方がわたくしの本来のものなんです。お友達や家族とお話するときの。先刻までみたいな話し方は臆病な自分を奮い立たせる為に、エレクトラさまの真似をしているのです。
あははっ!……だってエレクトラさまからいたぶられて、人の傷つけ方を学びましたからね!
わたくしは!うふふっ!」
「……おれに素をみせていいのかよ?一応敵だぞ。」
「えぇ〜?
今さらそんな事をおっしゃいますか?」
アイがぷくりとその柔らかな頬を膨らませる。
◇◆◇
「悪い悪い、野暮だったな。で、だ……。アイ。」
「えぇ分かっていますとも。“対話”してもお互いの信念が相容れないと分かったところで……そろそろ決着をつけないと。」
「あぁ……ソンジュが俺を待ってる。」
「えぇ……わたくしも早くお友達が無事か確認したいですし……まぁ“貴方ほどの強者を”わたくしのような者が、ここまで“引き付けておいただけ”で御の字でしょう?」
「ふっ……お前は十分つえぇーよ。流石俺の“認めた好敵手”だ。」
「ふふっ……涙がちょちょぎれちまうよ、おとうさまより先に“好敵手”に認められるなんて。あぁ……それもお前みたいな兵に。」
「……俺が兵?俺が?
俺は……いっとき内側からこのパンドラ公国変えてやろうとよ、カラマード姓を隠してパンドラ軍にいたことがあるんだ。ただのスラム出身の平民としてよ。
そしたら、すごいぜ?
平民の俺は、どんなに頑張っても“落ちこぼれ”扱いだ……。だから、この国を外側から変えようってなったんだがよ。」
ザミールは苦々しい思い出を噛み締めながらこぼす。
「……お前ほどのやつが“落ちこぼれ”?」
そこまで言うと、アイは一呼吸置いて……その天使のような笑顔で言った。
「……じゃあ、ミルヒシュトラーセ家の軍には見る目のねぇ無能どもしか居ないんですね。」
アイはニッコリと、しかしキッパリと言い切る。
ザミールは“好敵手”に笑顔でそう言われて、今まで“有象無象の他人”に押されてきた“無能”の烙印がこころから消えていくような感覚を味わった。そしてこう思った。
◇◆◇
――アイはほんとうに……ミルヒシュトラーセのクセに、全然差別主義者じゃねぇ……。
でも、俺みたいにそこから離れて変革しようとするのではなく、自分とは正反対の教義を抱く組織に属し続けるっていうのは……此奴の身に危険が及ぶ可能性が高い。
それにこころもきっとその相反する感情に疲れるだろう。……ほんとうに、ほんとうに疲れるだろう。そして“疲れきったこころ”はいつかきっと――
――壊れる……壊れてしまう……いつか必ず――。
◇◆◇
「なぁ……アイ、お前は……反政府組織に入る気はねぇか?
お前……このままじゃいつか必ず……破滅しちまうぞ……?」
「……!……ありがとう。ほんとうに……ありがとうございます……。
こんなわたくしを誘ってくださって。
……なんだか大好きな人に『お友達になりましょう?』って言われた時みたいに……いや、それよりもっとうれしいかもしれません。
親に期待されず、捨てられたわたくしを……こんなわたくしを必要としてくれる人がいるっていうのはなんだなか……とってもしあわせですねぇ……泪がでてしまいそうなくらい……しあわせです……。」
アイは初めて親にお使いを任された幼子のように……すこし得意になって笑った。
「……!……じゃあ――!」
「……でも、ごめんなさい。
わたくしは自分の家族を愛しているのです。
お父様を、エレクトラさまを……そしなにより、おにいさまやおねえさま方を……。
彼らがどれだけ差別主義者でも、でもわたくしの家族なんです……!彼らがどんな人でも、わたくしにとっては唯一の家族なんです。わたくしは彼らを見捨てられません。
だって家族だから。そこにそれ以外の理由なんてないんです。
わたくしは、家族をしあわせにしたいんです。彼らにはしあわせに生きてほしいんです。
今までずっと、生まれてからずっと……産まれてからずっと、迷惑しかかけてこなかったから……お返しがしたいんです。
彼らがいくら国民や反政府組織に憎まれていても……それでも、わたくしの家族なんです……!
彼らがいくら貴方がたには“非道い人間”に見えていても、わたくしには“天使のような方たち”なんです。
わたくしにはいつでも……
『しょうがねぇなぁ。』
とわたくしをおぶって下さるお兄様の呆れたような背中が、
『アイちゃんはかわいいなぁ。』
と撫でてくださるエゴおねえさまの慈愛に満ちた手の感触が、
『私はいつでもお前を愛しているぞ。』
とわたくしに伝えて下さるお姉様のぶっきらぼうな笑顔が……浮かんで仕方がないのです。」
アイは哀しそうに、眼では好敵手をみながら、口では家族への思いをこぼす。
「……“家族だから”……だから、わたくしは貴方が大好きですけど、反政府組織に与することはできないのです。
“家族だから”……だからわたくしは大好きな貴方と戦わないといけないんです。だって……彼らはわたくしの“家族だから”。」
アイは確かな信念と共に、言葉より雄弁な瞳で好敵手をみながら言う。
「……それだけで、たったそれだけでわたくしには“命をかけるに値する理由”なのです。
……“大好きな貴方と戦う理由”になるのです。」




