5-②.受胎告知 The Conditional Annunciation
姉2人はまだ弟が生まれていない時分に、何も世間のことなど考えず、2人で無邪気に蓮華を編んだ時のように笑い合う。
◇◆◇
「お姉さま方……よくそんな恥ずかしいことを素面でいえますね。」
「「うっ」」
かげろうの容赦ない突っ込みに急に恥ずかしくなる姉2人。
「そ、そんなこといって~かげろうくんがおねえちゃん大好きっ子だって、おねえちゃん知ってるんだからね~!うりうり~!!」
「わっ頭を撫でないでください!抱っこもしないでください!もう子供じゃないんですから!」
「いや性別が決まってない間はまだまだ子供だ。……アイも、膝の上においで。」
「……っわぁい!」
かげろうは無理やり、アイは喜んで姉に抱っこされて頭を撫でられる。アイは常に愛情に飢えているので、肌を触れ合わせるスキンシップをされると、なんだかいつも泣きたくなるほど、触れた箇所からぬくもりがしみ込んでくるのである。
……実はアイに触れているシュベスターが内心一番喜んでいるが顔には臆面もださない。
「ほら!あばれないで、かげろうくんもアイちゃんみたいにいい子にして~!」
「アイ様!逃げましょう!ここに居てはダメです!」
「え〜ここにいようよ、ね!かげろう」
アイが幸せそうに言う。
「はい!居ます!」
「さっき恥ずかしいとか言ってたけど〜、アイちゃんにたいするかげろうくんもなかなかだよ?いつも宣教師かってぐらいアイちゃんのいいとこを並べ立てるじゃん。」
「それはアイ様が――」
◇◆◇
暫く4人で和気藹々と話し込んだあと、機を見計らったかげろうがずっと聞きたかったある疑問を口にする。
「そうえば、アイ様最近はるひとよくお会いになっているとか……しかもお二人で……。」
「うん!そうなの!なんだか最近よく会いに来てくれてねぇ。」
「アイツ……」
「かげろうとはるひちゃんも幼馴染だし、3人で遊ぼうって言ってみたんだけど……2人きりがいいって断られちゃった……けんかしてるの……?」
「あの女郎ぉがぁ……」
「……仲直り手伝うよ?」
「違いますアイ様、アイツは……!あの女郎は……!」
「こら!かげろう、幼馴染にそんなこと言っちゃだめでしょ……?」
「ア……アイ様ぁ……違うんです……アイツは……アイツはぁ……!!」
滅多に怒らないアイに――というかアイは自分以外の全人類を自らの上にいるとみなしてるので、自分は誰に対しても怒る権利がないと考えており、生まれてこのかた誰にも怒りをぶつけたことはない。今もかげろうは怒られたと認識しているが、やさしく諭されただけである。
――怒られたかげろうは自ら崇拝する神に見放されたのではないかと、前後不覚になってしまった。
「もうそんなこと言っちゃだめだよ?」
「はい!この口が裂けても!」
わちゃわちゃと話し始めた弟たちの頭の上で姉たちが話し合う。
「実際どうだと思う~?かげろうくんははるひちゃんがアイちゃんに恋をしてるだけだと思ってるみたいだけど、ホントにそれだけかなぁ~?」
「まず弟に恋愛はまだ早い。十中八九はるひはアイに惚れているだろうが……許すつもりはない。」
「相変わらずブラコンだね色事に早すぎるってことはないんじゃない~?」
「馬鹿を言うな!アイはまだ成人もしてないし、性別すら確定してないんだぞ!!早すぎる!!!」
「ど~ど~落ち着いてお姉ちゃん。……で、他の思惑は?アイちゃんがプシュケーだとみんなに知れ渡っちゃってからは、不知火陽炎連合もミルヒシュトラーセ家も権謀術数渦巻いてるからね~。」
「……大方はるひの父親、春日春日氏が娘の恋心に目を付けたんだろう。彼はその旺盛な権力欲で不知火陽炎連合内でのし上がってきたと聞いている。
もし稀代の、しかもミルヒシュトラーセ家のこころをもつものと自分の娘が聖別の儀の際に番にでもなれば、そのまま連合の長にだってなれるかもしれない。不知火家や陽炎家を追い落としてな……パンドラ公国の実質的な最高権力者の血とこころをもつものの鉄を手にいれれば、不可能ではないことだ。
……加えて公国の王を傀儡にして、今以上に唯の象徴としての力しか与えないことだってできる。
……これはアイの力を使ってお母様もやろうとしていることだが。」
「不知火家に入った情報じゃあもっとすごいことを考えてるかもしれないよ~貴女のお・か・あ・さ・ま。」
「なに……どういうことだ。なぜ実の娘である私よりも連合の連中のほうがお母様の御心を知っている。」
意を得たとばかりにしらぬいが忠告する。
「そこなんだよ!そこがミルヒシュトラーセ家の歪なところだよ。そこのところをよく考えた方がいい。
これは“臣下としての諫言”じゃなく、“友としての忠告”だよ、シュベスター。」
いつになく真剣な友の瞳に、シュベスターは心からの気遣いを感じ取る。
「……あぁ、そうだな。ありがとう。しらぬい。」
「いいってことよ~それに不知火陽炎連合もよそ様のこといえないからね~。最近は不知火家の家族のことも、陽炎家の義家族のこともよくわかんないんだよね~。
家族の気持ちが解らなくなった理由は、私が大人になったせいなのか、周りが私を大人として扱うせいなのか……どっちかは私にもわかんないや~あはは……。」
ほんとうは気弱なしらぬいがお道化ることによって自分を保っているということは、シュベスターだけが知っていた。
「しらぬい……でも、私の気持ちは解るだろう?それは……私たちが親友になったせいだ。」
だから、シュベスターもお道化たように元気づける。
「あははっ!そりゃあ困ったね~!お互いに隠し事できないじゃん!」
「そんなもの知己の友の仲には必要がないだろう?」
「ふふっ……そうだね……そうだ。それに私にはかげろうくんもいるしね!
……もう家族の中ではっきりと心が通じ合っていると感じられるのは、この子だけだからね……大切にするよ。」
「あぁ、大事にしろ。……まぁ私がアイを大事にする以上に大事にするのは不可能だがな。」
「なんのマウントだよ!じゃあ勝負ね!これからどっちがより弟を大事にして守っていけるか!勝負だ!」
「ああ、望むところだ。私の負けはないがな。」
「もう!……でもそうか……かげろうくんに、シュベスターに……アイちゃん。意外と私って無条件に信じられる人多いんだなぁ~!
アイちゃんもね。最初会ったときはあの子のかわいさやられちゃってただけだったけど――」
「天使だ。文学界に天国から天使が降ってきたってそれはもう煩かったからな。」
「もう!いいでしょ今その話は!」
「でもアイを神のように崇めてるかげろうくんをみると、お前たちはやっぱり姉弟なんだなぁと思うよ。」
シュベスターがお互いの心を見せ合って遊んでいる弟たちをちらりと見遣りながらいう。
「えへへ~でしょ~。やっぱり私たち似たもの姉弟だからね!」
「でもアイは――」
「神でも天使でもなく、人間!でしょ。もう耳に胼胝ができるほど聞いたよ~。」
「分かってるならいい。」
◇◆◇
「でもほんとにアイちゃんはいい子だよ。初めはその見た目にばっか目が行っちゃって、内面を見落としがちだけど。こうやってなんども一緒にお話したり、遊んだりしてるとそのかわいい見た目の内側にある、本当に綺麗な心に触れたような気がするんだよね。
……それで少し救われる。あぁ、こんな世界にもまだこんなに美しいものがあったんだってね。」
「お前まだアイを天使だと思ってないか……?
ふんっまあその通りだがな。アイは美しい、でも決して強くはないんだ。不知火のように儚げで、だからこそほっておけない。眼を離すと誰かに摘み取られてしまうんじゃないかとな。」
「なんでおねーちゃんがどや顔してんのさ。でもしらぬいさんみたいに儚げ!?照れるなー。」
「お前じゃない。物理現象の方だ。
……でももしかしたらお前の言う通りかもしれない。」
「やっぱり!いや~!しらぬいさんがはかな――」
「先刻もいったが、アイの外見の魅力やプシュケーとしての魔力に惑わされて、大人たちはアイ自身を……アイの心を見れないのかもしれない。太陽が眩しすぎて人が直視できないように。」
「……それは……かなしいことだね。」
「あぁ、アイにとっても……そして他の人々にとってもな……。いつかアイの心を見てくれる人間が現れるといいのだが――。」
◇◆◇
アイは有頂天だった。アイはしあわせだった。生まれて初めての幸福だった。
忌み子として蛇蝎のごとく嫌われていたお母様に愛され、アイを軽んじていた様々な人から必要とされて。たといその人々が、お母様が、アイ自身を必要としているのではないとしても、生まれて初めて喉を潤すそれが条件付きの愛情だと、そうだとこころの何処かで解ってしまっていても……それでもしあわせだった。
自分が生きていることで他人に迷惑しかかけない人生だと思っていたのに、塵芥の自分でも人になにかいいことができる機会をもらえたのが嬉しかった。
アイの悪徳をすべてを暴き出してしまう太陽の下を歩くことがこわくなくなった。太陽に追い詰められてきた人生から解放されたのだと思った。
そして、一度手を離してしまえば立ちどころに消えてしまうであろう、この水面に映った桜影のようなしあわせを、両の腕で抱きしめて決して逃がしはしないとそう決意するのであった。この狂い咲きを逸してしまうと、二度と自分の往く道に帰り花は訪れないという、信念を持っていたのである。
◇◆◇
――――しかし来る聖別の儀でアイはこのしあわせを、自らの手で徒桜と散らしてしまうのである。
――そして、堕胎告知が訪れる。




