116. 俺は人間のなかに神をみた。 The Beauty of the Human is Divine.
「……なるほどな。俺は“神”を信じてるやつは、イコールで“教会”も“宗教”も信じてると思ってたぜ……。
じゃあアイ……お前のいう神とは?
先刻も聞いたがなぜ
ガキを作ったくせに面倒をみねぇ親
みたいな存在を、
人間を創ったくせに救ってもくれねぇ神
みてぇな存在を愛する?」
アイはその……この世のものとは思えないほど、うつくしい顔で言った。
「――ただ……“うつくしい”からさ。
おれは人格神を信じてねぇって言ったな。いわばおれが信じる神は……“自然”そのものだ。
最初地獄科学触れたときに、おれだって神なんていなんじゃあないかと思った。
だってこの世のすべては科学で書き表せると思ったからだ。だけど……科学を突き詰めれば突き詰めるほど、真理に近づこうとするほど、科学じゃあどうにもなんねぇ物の存在が見えてくるんだ。
……おれが最初にそう思ったのは、最初の切欠は自然の中に、木々の中に“黄金比”をみたときだった。
……皮肉なもんだよな。
神の存在を否定しようと科学を……この世界を探求するほど、超自然的な物の……神の存在を確かに感じちまうんだ。
――神を否定しようと学ぶほど、神の輪郭が見えるようになるんだ。」
◇◆◇
「……どういうことだ?
神ってのはァ、人格があってそれこそ人間みたいにキレたり怒ったりする性格を持つものじゃあないのか?
公王派の奴らの言うチグ神みたいに、
『信じる者は救い、信じない者は地獄に落ちる。』
みたいな事を言う……神じゃあないのか?」
「……あぁ〜、これは神学の話になるからちょいと難しい……だからできるだけけ簡単に話すが、まず神には“人格神”と“非人格神”がある。
“人格神”ってのはお前のいう通り、人間にキレて災害を起こしたり、人間を哀れんで祝福を与えたりする。多神教だと他の神と喧嘩して殺し合ったり、逆に愛し合ったりな。
俺が信じる“非人格神”ってのは、人間みたいな人格がねぇんだ。その意味で先刻おれは神は“自然そのもの”と言った。つまり、この世界のすべてが神の現れって考えだ。
これは神はどこにでもいるという意味から……汎神論と呼ばれる、神の存在を否定する反神論じゃねぇぞ。
汎神論者にとっちゃあ木々や太陽、川を流るる水、葉を揺らす風……すべてが神の現れであり、神の一部だ。」
「なるほどな……つまり、お前は全てを疑った結果……神を信じることにしたわけか。
“神が救ってくれること”じゃなく……“神の存在”を信じていると。」
「そうだだからおれは神を愛しているんだ。
だってそうだろう?
チグ教の奴らみてぇに
『救ってくれるのなら、信じます。』
ってのはァ……俺に言わせりゃあほんとうの愛じゃあねぇ。
だってそうだろう?
それはまさに親が子に言う
『自分の利益になるのなら、愛してやる。』
『他人に誇れる息子、娘でいるなら愛してやる。』
『親の思い通りに、言うことを聞く子供なら愛してやる。』
っていう“条件付き”の愛情と一緒じゃねぇか。
そんなのはほんとうの愛じゃあねぇ。
おれはエレクトラさまに
『オマエが役に立つなら、愛してやる。』
と言われたことがある。
おれは今でもそれに縋ってる。
役に立って愛してもらおうとしている。
……だけど……その“条件付きの愛情”が本当の愛じゃねぇことぐらい気がついてんだよ。」
「……だからアイ、お前の結論は――」
「――ああ、そうだザミール。
おれが今までの人生で出した結論は、
『愛してくれなくても、救ってくれなくても……神を愛する。』だ。
だって相手が何かをしてくれることを期待して愛するなんてのは違うだろう?
ただ、居てくれるだけでいいんだ。
……ただその神のことを想うだけでなんだか笑顔になれる……それがおれにとっての愛だ。」
アイは家族のことを思い出して、やわらかな笑顔を浮かべる。
◇◆◇
「お前の神に対する姿勢は分かった。
でもお前はそれを……家族にも……特に母親にも、同じ姿勢を抱いているよな?
エレクトラはお前のことなんかへとも思っちゃいねぇ、むしろ憎んでる。だけどお前は愛してる。
……おれのアデライーダ……は“無償の愛”をくれた。だから俺も愛してる。
でもお前は……。」
「それ以上は言わないでくれ……。おれがエレクトラさまを愛するのは、ただ……おれがあの人の子供だからさ……。
あの人にとっちゃあ《堕胎告知》以降おれは息子でもなんでもねぇ……いやそれ以前からきっと……。
でも、おれにとってはおかあさまなんだ。それはもう仕方がないんだ。……どんなにひどい人でも、何をしてくれなくても、何をされても……“無償の愛”を抱いちまう……だって……だって……おれはあの人の子供だから……。
それにおかあさまに反発するということは、わたくしがこの世で最も愛すするきょうだい達と敵対するということになります……彼らは、ほんとうに、おかあさまを愛していらっしゃいますから……。」
しかしその言葉とは裏腹にアイは、かつてエゴペーに言われた言葉と、アデライーダが遺した言葉を思い出していた。
◇◆◇
『だからといって、じゃあ私と貴方で手を組んで、エレクトラを殺し、継承権が上のゲアーターとシュベスターを殺し、妹も殺す……そんな計画を持ちかけたいわけじゃないの。』
『……いつか必ず、“貴女を倒す者”が……現れる。
その者はきっと貴女が地獄のように染め上げたこの国を、地獄の常識を疑い、世界のすべてを疑い、疑い、疑い、疑い続け、“真理を求むる者”よ。
それは……私の子かもしれないし……もしかしたら貴女の子かもね……。
――でもいつか必ずその者は現れる。』
◇◆◇
「ワリィ……野暮なことを聞いたな。」
「……いや、いいんだ。それよりお前は?
おれは“神を……家族を愛する”ために生きてる。
お前は……?ザミール。
おれはお前のことが知りたいんだ、お前の“ことば”で、おまえの“こころ”を、聞きたいんだ……。
お前はなぜ生きる?
あんなクソみてぇな境遇でなんでそんなに“高潔”でいられる?」
「あぁ、俺の番だな。でもその前に、言わなくちゃあならねぇことがある、伝えたいことがある。
……聞かせてくれてありがとう、アイ。お前の“ことば”をお前の“こころ”を……。」
「……!……ふふっ……此方こそわたくしのお話を聞いてくれてありがとうございます。
……して、貴方が先ほど言っていた、“誠実であること”、“人間であること”……とは?」
「……俺はお前と違って“神なき聖者”を目指してる。
宗教はクソだ。チグ教奴らぁ信仰の名のもとに何人の人を殺して回ってると思う?
宗教のせいで何回戦争が起こった?
……もちろん宗教を全否定したいわけじゃあねぇ……いい側面もある。例えば“秩序維持”とかな。
民衆を略奪や暴動に走らせない為には、何からの秩序維持機能がいる。それをこの国じゃあ宗教が担っているのも分かる。
『チグ神の国へ行くために、盗みをしないし、嘘はつかない。』
『チグ神に救われるために、人にやさしくする。』
そりゃあいいことだと思う。宗教にもいい面は沢山あるんだ。実際宗教がなきゃあ死んでたやつらも、殺しに走ってたやつらも大勢いるだろう。」
「だけど……?」
「あぁ、俺の考えじゃあ……
地獄では……
“神が人間を”創ったんじゃあねぇ、
“人間が神を”創ったんだ。
底なしの自分たちの悪意に……地獄の“邪悪なる存在”である自分たちに抗うために。
だが、おれらは地獄人ほど醜くない。“原罪”が俺らを完全に堕天させるまでにはまだ間に合う。まだ猶予はあるとおれは思っている。
おれらは地球人どもとは違って、“神”なんて創り上げなくても、“聖者”になれると思う。もとの文学界の“無垢なる存在”に。」
「……そのために必要なのが――」
「――あぁ、ただ、“人間であること”だ。
家族を思いやり、友を労り、部下を守り、他人にやさしくする……そんな当たり前のことでいいんだ。
だが……そんな“当たり前”のことが今はひどく難しい。
なぜなら――」
「――おれのおかあさまが、“原罪”をこの文学界に持ち込んだから――!」




