106. おれの世界へようこそ Welcome to the Human Race.
「……そうだ。……そうだ!立ち止まるのは時に歩き出すより勇気が必要な時がある!!皆と同じ方向に歩くのは簡単だ!惰性で、慣性で歩けばいいんだからな。
だが、皆が進む中自分だけ立ち止まるのは勇気がいる!取り残されるような恐れを抱くからだ!!だがそれがなんだ!!真理を求めるならすべてを疑え!!」
「……はい……わたくしはすべてを疑います。偉大なるフランス系地獄人、ルネ・デカルトのように……!
敵にこんな事を言うのは変な気分ですが……ありがとうございます。……目が覚めたような気分です。
……だが……しかし……おれ達は道を違う運命にある。
理由は……もう言わなくても分かるな……?
オマエは世界を良くするためにおれの友を狙うのか……?
何故だ……理由を教えろ……!」
◇◆◇
「オマエがおれの友の命を狙いうかぎり、おれは戦う。オマエにどんな信念があっても、どんな正義があってもだ……!!」
「……俺もそうだよ。オマエが何を思って俺の部下に、あんな事をしたか知らねぇが……俺は部下の恥辱は必ず果たすと決めている。
理由を教えろだ……?」
俺の怒りの心が黒い砂をバチバチと弾けさせる。
「――オマエらが俺の部下を……ソンジュを殺したからだ。いや、戦いだからな、殺すのはいいこっちから仕掛けておいて『殺さないでくれ』は通用しない。
……だが、何故だ。何故そんなに友を思えるクセに……アイツの死体を辱められた?
戦士の死を愚弄できた……!?
オマエとクレジェンテ・カタルシスがやったんだろう……?
答えろ……アイ・ミルヒシュトラーセ!!」
アイ・ミルヒシュトラーセは怪訝な顔で答える。
「――何を言ってる?
ソンジュってのぁ、教会でおれの姉を襲ったクソ野郎だよな……?
ソイツなら殺してねぇぞ。クレジェンテも殺しに加担したりしてねぇ。
むしろ、アイツはソンジュと戦り合ったあと、おれに言ったんだ。
『ソンジュを見逃してくれ。』ってな。
彼奴らは闘いのなかで奇妙な友情を育んだみてぇだったぜぇ……?」
――友情――?
「――何を言ってる……!!俺は聞いた!!オマエラが……!!」
「――誰に聞いた?」
「……!……俺の部下の……!アガ……ハナシュ……。」
……ハナシュ……いや、まさか、しかし今まで俺が直接見てきたアイ・ミルヒシュトラーセはそんな事をする人間に見えたか?
……“本物の戦士”だと思った……ミルヒシュトラーセ家についても、疑義を抱いているようだった。
「……オマエ……俺が見てきたオマエは……。」
「おれはオマエに自分の目で見たことを信じることを教わった……癪だがなぁ……オマエはどうだ?」
「……俺は……俺は……。」
バァンと何かが弾けて、夜が一瞬白に染まった。これは合図だ――!彼奴から俺への。
これは心だ――!
光の心!!
――これはソンジュの――!!
「あのやろぉ……生きてやがったか……。」
安堵感と疑問の解消で、敵を前にしているのに一瞬力が抜けそうになる。
◇◆◇
「……言っただろ?……おれは戦士の死体を辱めるような趣味はねぇ……。」
「……あぁ、悪かった。部下に騙されて、お前を殺そうとした。お前の友も……。」
「……おれを殺そうとしたことは気にすんな、母親にぶっ殺されそうになったときから慣れてる……。
だが、友を殺そうとしたことは、クレジェンテに会って詫びてみろ……。
一つ……聞かせろ反政府組織は……お前たちは……お前は……エレクトラさまを……おれのおかあさまを殺すのか……?」
「お前には嘘を吐きたくない……お前には誠実で居たいから言うが――
――必ず殺す。」
「そうか……じゃあ……やっぱりお前とは分かり合えねぇな……おかあさまには手を出させねぇ……。
――まぁ……お前は此処で死ぬがなぁ!!」
アイ・ミルヒシュトラーセが脚の心を爆発させて此方に飛びかかってくる。
ソンジュが生きていたことで動揺していた俺の心は自然と空にほどけていて、躱すことができなかった。
辛うじて生身の左腕腕で防いだが、此奴の顕現させた柄にルビーの付いた短刀が俺の手にぶっ刺さる。
「――ぐっ!!」
右手で思い切りアイ・ミルヒシュトラーセの頭をつかみ、後ろに向かってぶん投げる。
「――!!」
彼奴は受け身を取れずに、ゴロゴロと最初に自分がぶつかった岩の大穴の前へと転がっていく。
「……いってぇ……!!」
奴が口走る。
「俺も左手をくれてやったんだ、それぐらい我慢しろ。」
息も絶え絶えになりながら、アイ・ミルヒシュトラーセが立ち上がる。
「おれぁ左手と右足をやられてんだ……おれの勝ちだな。ハァハァ……。」
「……ククッ……なんの勝負だよ。」
何故か戦友のように笑い合う。
「……まぁ、クソみてぇな誤解も解けたみてぇだし?“戦士”として戦おうぜぇ?
お互いになぁ……?」
「あぁ、そうだな。今から全力で真っ直ぐ直線に突進して砂の心でお前をぶっ飛ばす。」
「なんでそんな事教える?情けでもかけてくれてんのか?」
「ちげぇよ。伝えたところで避けらんねぇだろ、お前。」
「……お前じゃあねぇ。アイ・ミルヒシュトラーセだ……特別にテメェには“アイ様”って呼ばせてやるよ……ケケケッ。」
「そうか……先刻はお前は名乗るに値しないと言ったが……今は違う。
今のお前は違う……。
……アイ……俺の名は……“ザミール・カマラード”……“ザミール”とでも呼べ。」
「そうかじゃあ“クソ野郎”とでも呼ばせてもらうぜ……つーか“アイ様”って呼べっつってんだろ……ふふふっ。」
「……ククッ……お前はとことん生意気だな。」
アイがおれを見て、そのサファイアの瞳で此方をみて言う。
「……なぁザミール。」
「なんだ……アイ。」
「アイ様……な。とにかく、お前の二つ名を聞いてなかったなぁ……“砂漠の黒死病”はおれん家のヤツらがつけた蔑称なんだろ……?
お前のが部下からもらったっつう、方を教えてくれよ。ここまで戦り合った仲だ。いいだろ?」
そう言えば、先刻は此奴には教えねぇって言ってたか。
「あぁ、ソンジュがくれた名だ……俺の名はザミール・カマラード……人呼んで……誠実な犠牲者だ。」
アイの大きな瞳がさらに大きく見開かれる。
「そうかぁ……いい部下を持ったなぁ……おれも好きだぜぇ……地獄文学……アルベール・カミュの『ペスト』だろ?
……ソンジュの野郎は……きっとお前にはいつでも犠牲者の側について欲しかったんだろうなぁ……。」
「あぁ……そう言っていたよ……いい部下を持ったぜぇ……ほんとにな。」
「……彼奴とおれ、お互い夜が明けても生きてたら、喋ってみるかぁ……。」
「残念だが……お前は死ぬぞ……。アイ。」
「馬鹿死ぬのはテメェだ、ザミール……来いや……!!」
その言葉を皮切りに、俺は両脚に心を込め、黒い砂の塊となって突進する。
アイは右腕に心を込めて、俺を待ち受ける。小細工なしで、受け止めるつもりらしい。
「……じゃあな……アイ……類稀なる戦士よ……!」
ぶつかる瞬間にアイがニヤリと笑ったのが見えた。
――!
◇◆◇
アイはギリギリまで真正面から受け止めるフリをして、インパクトの瞬間にまだ生きている左脚を使って真後ろに飛んだ。
そうして衝撃を逃がし、この戦闘が始まった時に自分が出てきた穴に、中指を立てながら飛んで入っていった。
「追ってこいよ……腰抜け……!!」
みえみえの罠だったが、ザミールは構わず追撃をするために、穴に飛び込む。ただの横穴だと思っていたそれは、かなりの深さがあったようで、アイは下に落ちていっていた。
そして誘うように右腕をザミールの方へ向かって伸ばしていた。
うつくしい笑みを浮かべながら――。
ザミールは洞窟内の壁を蹴って、アイに右腕を振りかぶったままアイに迫ろうとする。
すると、何か違和感があることに気がついた。暗くてよく見えないが、ザミールとアイを囲むように、洞窟内の壁を何かが這っている。
ザミールは心割き心を配ってその正体を確かめるよりも。腕と身体にのみ心を集中させて、どんな攻撃が来ても身を守れるであろう量を自身に纏うことを決断した。
――ぽちゃん――、となんだか場違いで間抜けな音がした。眼の前のアイが水の中に沈んだのだ。
アイは蠱惑的な笑みで言った。
「……ようこそ――おれの心へ――!!」




