103. こんなクソみてぇなモノが世界か? Is this the World of this Shit?
「……生と死を論ずる宗教だの哲学などに、正義も、真理もありはしねぇ。あれは、オモチャだ。
然し、生きていると、疲れるなぁ。かく言うおれも、時に、無に帰そうと思う時が、あるぜ。
戦いぬく、言うは易く、クソみてぇに疲れる。然し、度胸は、きめている。是が非でも、生きる時間を、生きぬくぜ。そして、戦う。決して、負けねぇ。
負けねぇとは、戦う、ということだ。
それ以外に、勝負など、ありやしねぇ。戦っていれば、負けはしない。決して、勝てはしねぇ。人間は、決して、勝ちはしない。たゞ、負けねぇんだよ。
勝とうなんて、思っちゃ、いねぇんだよ。勝てる筈が、ねぇだろうが。
誰に、何者に、勝つつもりなんだ。」
……なぜ今、アイ・ミルヒシュトラーセの“ことば”を聞いて、俺の“ことば”は溢れる?
「……アイ・ミルヒシュトラーセ……オマエは――」
……なぜ今、此奴の“こころ”をみて、俺の“こころ”は踊っている?
「――おれは勝ちたいんじゃない、負けたくないんだ。
……敵を打ち滅ぼしたいんじゃあねぇ、自分が正しかったと証明したいんだ――。」
◇◆◇
アイ・ミルヒシュトラーセは息も絶え絶えで、まっすぐ立ってすらいられないらしい。
このまま、放っとけば、時間を稼げば、此奴は勝って死ぬだろう。テキトーに心をぶつけてやりゃあいい。
だが……俺のこころが言っている。
――“此奴と本気で闘え”と命じている。
……“此奴と本気で向き合え”と――。
あぁ……ソンジュ……今ならオマエが命令を無視してでも闘う理由がわかるぜ。獣神体には……いや、“人間”には、闘わなければならない時がある。
此奴が今俺に示したみてぇに、癪だが……此奴はソンジュと同じだ……同じ信念を持ってやがる。
人間には負けると分かってても戦わなきゃあならねぇ時がある、そこで逃げて肉体は生き永らえたとしても、ソイツのこころは死ぬんだろう。だから此奴は闘う。今、戦っている。
俺には弱者をいたぶる趣味はねぇ、今の此奴を攻撃することは俺の信念に反する。だが……此奴の信念に応えずなかったら……俺のこころに背くことになる。
俺はこの“地獄公国の背教者”だが……“自分のこころの背教者”にはならねぇ……。
◇◆◇
チッ……視界まで霞んできがった……目に血が入って片目が使い物になんねぇ……。使えんのが片目だから、距離感が分からねぇ……闘いじゃあ致命的だなぁ……。
ククッ……クレジェンテ……クレくん……お前がおれに……君がわたくしにみせてくれた“勇気”……少し借りるよ……!
「どうしたぁ!?
おれぁまだ死んでねぇぞ……!!
この通りまだ立ってる!!
おれに勝ちたかったら、おれのクレジェンテを殺してぇのなら、おれを殺してから行くんだなぁ……!!
まぁ――」
全身が悲鳴をあげている。頭もまわんねぇ……血を流しすぎたな……きっとおれは此処で死ぬんだろう……だが――!!
「――おれぁ死ぬ気は微塵もねぇがなぁ!!」
そう叫ぶと、暫く真昼の月のように押し黙っていたザミール・カマラードが口を開いた。
「アイ・ミルヒシュトラーセ……。オマエがしたことはおれぁ死んでも許す気はねぇ……だが、オマエのその戦士としてのこころに敬意を払い、俺の全力で殺してやる。
……ここに認めよう……。
――オマエは“本物の戦士”だ。」
――“本物の戦士”――?
……このおれを面まえて?
此奴はおれを本物の戦士だと……?
そんなこたぁ……初めて言われた。
おれを認めるだと……?どれだけ頑張ってもお父様はおれを認めて下さらないのに?
――何で敵からは認められて、家族からは憎まれる?
あぁ……またこの“人生の問題”か……。
答えを出しても答えを出しても、またそれを疑うモンがでてくる。
――“正義”とは“人生”とは常に疑い続けることなのか――?
◇◆◇
「認める……認める……ねぇ……。」
……認める……認める……認める!!
このおれを!!戦士として!!!
なんでこんなに胸が高鳴る?おれはずっとお父様に認められたかった。でもどんなに頑張っても飛んでくるのは拳で、かけられる言葉は
『男ならそんなのできて当たり前だ。』
だった。
ほんとうは『よく頑張ったな。』頭を撫でてほしかった。
『それでこそ俺の息子だ。』と褒めてほしかった。
――でも、此奴は“おれの敵”だ。“おれのお父様”じゃない。
おれの友を殺そうとする者だ。反政府組織のリーダーで、ミルヒシュトラーセ家を憎む者だ。
闘わなきゃあならない……。
憎まないといけない……。
――憎まないといけない……?
おれは此奴を憎みたくないのか?
憎んではいないのか?
信念が違うのに?敵対する組織にいるのに?
ラアルさまとは敵対する組織にいるけど、彼女のことが好きだから友達になれた。
じゃあ、此奴とは――?
いや、違う。此奴は違う。だって、此奴はクレくんを殺そうとする。それだけだ。それだけが、此奴が敵で、此奴を憎むべき……憎まないといけない……殺すに足る理由だ……!!
……きっと、そうなんだ、そうで……あってくれよ……。
じゃなきゃあもうおれには人生がなんだか分からないよ……。
「ハァ……ハァ……!」
……まずいな……もうすぐおれは死ぬ、先刻仕込んでおいた罠もこの位置関係じゃあ使えそうにねぇ……
――あぁ……クレジェンテ……クレくん逃げてね、できるだけ時間を稼いで死ぬからさ。キミはわたくしと違っていい人だからさ……こころの疲れた人に、そっと寄り添える……そんなやさしい人。
さようなら――
◇◆◇
アイ・ミルヒシュトラーセが……眼の前の兵が、決して敵から目を離さずに言う。
「――そうかよ。テメェみてぇなクソカスにそんな事を言われても……」
奴の瞳が揺れる。
「……テメェほどの心者にそう言われちゃあ……光栄だ。
……クソっ!おれは何を言ってる?
もっと煽り散らかして時間を稼いでから死のうと思ったのによぉ……!
なんでテメェみてぇな敵に感謝してる……?
なんだこの感情は……なんだ……このこころは。」
俺は何故かそれに答えた。いや……俺の口が勝手に此奴に応えた。
「“自分のこころ”と”自分の信念”がぶつかることは、ままあることだ……それがほんとうの戦士でもな。」
「ハッ……“きれぇなこの世界”と“クソみてぇなこのおれ”がぶつかって、
“やさしい両親”と“塵滓みてぇな自分”がぶつかって……
“愛してるきょうだい”と“大好きな友達”がぶつかって……。
――今度はおれのなかで……“こころ”と“信念”がぶつかりやがる……?
なんだぁ?こりゃ……?こんなものが人生か?此れが人生なのかよ……?」
なんで俺達はことばを交わしている、拳を交わしてさっさと眼の前の敵を黙らせりゃあいいのに、アイ・ミルヒシュトラーセも多分今の俺と同じ気持ちなんだろう……。
此れが“共感”か?これが“同情”か?
此れがほんとうに相手と同じ気持ちになるということか?
いや……相容れない、相容れるわけがねぇ……。
もし“それ”を認めちまったら、ソンジュの魂はどうなる?
此奴はソンジュを嫐り殺しにして、その死体を……!!
◇◆◇
アイが息も絶え絶えに問う。
「ハァハァ……テメェが死ぬ前に……聞いといてやるよ……なぜミルヒシュトラーセ家を憎む?
なぜおれの家族を……殺そうとする?
なぜ反政府組織なんてもんを作って人を襲ってまわる……?」
ザミールが息一つ乱さずに答える。
「そうだな、テメェが死ぬ前に教えといてやる。
オマエはこのパンドラ公国を――
――“俺たちの”国を知っているか?」
「あぁ……?
おれはこの国で生まれ育った。
それも国の中心でな……。
知らねぇわけがねぇだろう……?」
「国の中心が、国の中枢がこの国のすべてか?
恵まれた貴族どもとだけ、限られた少数だけと、生まれてから死ぬまで関わるミルヒシュトラーセの人間が……ほんとうに“俺たちの”この国を知っていると言えんのか?」
「……。」
「……このザミール・カマラードが問おう……。
アイ・ミルヒシュトラーセ……ミルヒシュトラーセ。
オマエは今まで生きてきて、この国がおかしいと思ったことはたったの一度もなかったか……?」




