99. 友を背負う者 A man who loves his men.
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「！！……なんで！？『心を配ったら――」
「――その空間に突撃したりしない。』
……確かにボクはそう言ったねぇ。」
今度はとことん呆れ果てたように、ナウチチェルカが呟く。
「『敵の言葉を信じるな。それが真実でもブラフでも、確かめようとしてたらその間に殺されるからだ。』
……自分たちが教えてたことも実践できないの？というか……自分ができないことを人に教えるな……仮にも“先生”を名乗るならな。」
◇◆◇
「ひっ……ひぃ……！」
若い教官がおびえ、老練な教官が鼓舞する。
「……慌てるな！……いくら“マンソンジュ最強”などと宣っていても、結局は一匹のエルフ風情だ！！
連携して感情を押し付ければ総量で押し殺せる！！」
ナウチチェルカが言葉をこぼす、頭が痛いといった仕草とともに。
「はぁ……本当に頭が足りないな。
なんでその“一匹のエルフ風情”がマンソンジュ最強と謳われるようになったか想像できないのか？
……それも差別政策を推進するミルヒシュトラーセ家のお膝元のマンソンジュ軍士官学校で。
マンソンジュなんて街じゃあ亜人種はまともな職に就けない、ミルヒシュトラーセ家の勢力下だからだ。そもそも職にだってありつけないことの方が多い。
そんな場所で、“強き者が正義”なんて校訓を掲げてる学校で、“未来の士官を育てる先生”なんて要職にエルフ風情がついてるんだぞ？
――そんなの“強いから”以外の理由があると思うか？」
◇◆◇
老練な教官が配っていた心を使って、ナウチチェルカの真後ろに先の尖ったアイスピックのような心を顕現させて首筋を狙う。
……しかし、それはナウチチェルカに近づいた箇所からどんどんと干からびて最後には枯れ葉のようにボロボロと散っていった。
それを見た若い女の教官が戦意を喪失して、即座にバッとナウチチェルカの前で土下座する。
「すみませんでした！！
私はこの男や他の教官達に唆されただけなんです！！
差別は……特に“亜人差別”は！そう！エルフっ！！特に“エルフへの差別は”良くないことだからこの国を変えようって！！
それで神聖ロイヤル帝国と――」
女は二の句を継げなかった、絶命したからだ。
ナウチチェルカが顕現させたハイヒールのような心で土下座した相手の首を踏み突き刺していた。
「耳障りな“人間族”の“鳴き声”だぁ……。
……聞いていられない。」
そしてそのまま、グググと少しずつ体重をかけて頭を押しつぶした。
「あぁ……やっぱり“虫けら”を駆除すると気分がいいなぁ……。なんだかボク……クセになってしまいそうだよ……。これまで“人間族”にずっと……ずっと虐げられてきたんだ……。
……亜人種は人間族と同じ馬車に乗れないだとか、亜人種用のトイレを使えだとか……間違えて人間族と同じテーブルに座って、リンチされて殺された獣人族のおばあちゃんもいたなぁ……。
……だったら、これくらい許させるだろう？」
恍惚とした表情でナウチチェルカが自分に向かって言葉をかける。
◇◆◇
そして、あまりの光景に立ちすくんでいた最後の一人に目を向ける。路傍で見つけた蝉の死骸でも見るような瞳で。
「……で？キミはどうする？
選ばせてあげるよ。ボクはやさしいからね。
……戦って“苦しんで死ぬ”？
それとも此奴みたいに“ビクビク怯えながら死ぬ”？
どっちの死に方がいいかなぁ……？」
ナウチチェルカが潰した頭をぐちゃぐちゃと踏み躙りながら問う。
老練な教官が自らを鼓舞する心を含んだ声で叫ぶ。
「巫山戯｜るな！！亜人風情が！！人間様になんだその口のききかたは！？
“最強”なんぞと嘯いていても、結局エルフ風情が一匹！！
先刻までの役立たずどもと違って、経験を積んだ私に勝てる道理はない！！」
ナウチチェルカが身体の周りに血の心を顕現させながらかえす。
「……ハァ……じゃあ“苦しんで死ぬ”、と
……教官なら分かりやすく結論から言えよ。
それと……そんなに御経験を積んでいらっしゃるのに、“最強”の意味もご存じないのですか……？
さすが、主任教官様は違いますねぇ……。」
ナウチチェルカの周りの血が沸騰したようにパチパチと弾けだす。
「……じゃあボクが冥土の土産に教えといてあげるよ――」
ナウチチェルカの心が相手に迫る。
「――“最強”ってのは“オマエら人間族を全員ぶち殺せる”ってことだよ……！！」
◇◆◇
ナウチチェルカが闘っている間、アイたちは彼女が引いた緑に光る線の反対側で戦っていた。
基本的に数少ない訓練を思い出しながらの、不出来な戦い方だった。
しかし、不知火陽炎連合の者として、日頃から共に戦闘演習をしているかげろうとはるひ、そして、アイとラアルの連携は士官学生にしてはかなりのものだった。あくまで学生としては、だが。
轟音と共に襲ってきたのは、十数人の心者だった。
ラアルが毒の心を顕現させ、アイがそれをナウチチェルカの敷いた線に蓋をするように、大きく半円状にまき散らす。そうすることで、近距離型の心者を近づけさせない為だ。
そして、それでもそれを踏み越えてきた心者たちの相手をかげろうとはるひが炎の心で連携して迎撃した。そして毒と炎で弱った敵の相手をアルタークとイダが担当する。
そしてクレジェンテは常に音の心で遠距離型の心者の攻撃を警戒し、迎撃した。
そうして、さらに彼ら全員の援護を毒や愛の心でラアルとアイが行っていた。
◇◆◇
――何かがおかしい……。
そうかげろうとはるひは直感的に判断したが、その違和感の正体を言語化できずにいた。
アルタークとクレジェンテは目の前の敵以外のことにまで気を回す余裕はなかった。
――しかし、ラアルとアイはそれが何かを同時に理解した。
アイが慌てて叫ぶ。
「――みんな！気を付けて！この人たちの身なりから判断するに、彼らは神聖ロイヤル帝国の“騎士”じゃない！！」
「――それに、コイツら数が少なすぎるわ！！ロイヤルでもなくて、私たち学生が相手できる程度の力量！！」
「まだ、敵の本陣は！ロイヤルの騎士が後ろに大勢控えてるはずです！！
この戦いで大きな怪我をすると、わたくしの愛するものの力でも次の戦いまでには直せません！！」
「ナウチチェルカ教官は一人で多勢を相手取ってる！彼女の助けはない前提で動いたほうがいいわ！！
それに教官どもも買収されてた！！
学園に救援の連絡が届くことはないと考えて！」
かげろうとクレジェンテが疑問叫ぶ。
「アイ様！！では我々は――」
「――どうしたらいいの！？アイちゃん……！！」
◇◆◇
アイは一瞬だけ逡巡してすぐに答えた。
「わたくしがこの毒の範囲内全てに愛の心を配ります！絶対にその範囲外に出ずに、回復しながら戦ってください！！
……そして敵の数をある程度減らせたら……」
言い淀んだアイの代わりにラアルが口を開く。
「……火傷で満身創痍の、自力でここから離脱できない生徒たちは置いていくわ！！逃げるのよ！！
……ロイヤルの本陣が来たら終わりよ！！
向かって左！！
ナウチチェルカ教官が引いた線の右側を走るのよ！！そっちに行けば一番近い街にたどり着くわ！！
全員“散華”させられたらそれこそパンドラ公国への損害が大きすぎる！！いいわね！！」
覚悟を決めたアイが最後に大きな声で叫ぶ。
「――その時になったら、みんな“自分が助かること”だけ考えてください！！
そして、誰でもいいからこの惨状と、何より救援要請を国に伝えるのです！！
たとえ誰が斃れても構わず走ってください！！
一人でも逃げ延びればわたくしたちの勝ちです！！
――殿はわたくしが務めます！！皆の背中はわたくしが守ります！！
その時がきたら……！
後ろは気にせず走ってください！！」
◇◆◇
「ザミール様！ザミール・カマラード様！！」
ザミールのいる野営地に、ハナシュが慌てて駆け込み入ってくる。
「……どうした、ハナシュ。ジョンウから合図があったのか？」
ハナシュが泣き叫びながら言った。
「ジョンウは……！彼は……！！」
ザミールがハナシュに歩み寄る。
「ジョンウがどうした……！？彼奴に何かあったのか……！」
ハナシュが崩れ落ちて、地面に向け……顔を両手で覆って呟いた。
「殺されてしもた……！！
……それも心を喪って“散華”したのではなく……いたぶられて、なぶられて……嗤い者にされながらっ……文字通り“殺された”のです……！！
ウチも助けようとしたんですが……ウチが駆けつけた時にはもう……！！」
それを聞いたザミールが憤怒に任せて、拳を握ったが、至って冷静に問うた……。
「殺すのはいい……戦いだからな……だが……。
……誰だ？彼奴は……俺の部下は……ジョンウは……誰に辱められた……？」
「申し上げます。申し上げます。ザミール様。あの人間は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けません。
……ミルヒシュトラーセ家の人間……！！」
うずくまったハナシュが顔から手を離すと……その口角はつり上がり、目はニヤニヤとギラついていた。
「――“アイ・ミルヒシュトラーセ”でございます……！！」
