表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/197

96. マンソンジュ最強のチェル先生 Dr Nauczycielka, the Invincible in the Mensonge

「――その必要はないよ……アイたん。」


 暗闇を背にナウチチェルカが立っていた。


 その瞳には一条(いちじょう)の光も差していない――。


 ◇◆◇


「チェルせんせー!!ご無事だったのですね……!!お怪我はしておられませんか?あいはとてもしんぱいで――!!」


挿絵(By みてみん)


 愛情の(ヘルツ)を向けながら、ナウチチェルカに走り寄ろうとするアイ。しかし、そのちいさな体躯を抱きしめて行かせまいとするものがいた。


「……!!……ラアルさま……!?」


 ラアルの大きな身体が決してアイを離さないという風にアイに絡みつく。


「アイ!!……先刻(さっき)も言ったでしょう……!ナウチチェルカ教官は怪しいの……!

 ――おそらく……裏切り者よ……!!」


挿絵(By みてみん)


 王女のその言葉に、怯えていた生徒たちが……そのほとんどが、ナウチチェルカに敵意に目を向ける。


 ◇◆◇


 ナウチチェルカはそれを何度も経験してきた事のように、ただ……

 『あぁ……またか……。』

 という諦観の瞳でみていた。


挿絵(By みてみん)


「……ラアルさま!まだ可能性の段階でしょう!?それに、わたくしにはどうしてもそうは思えないのですっ!

 ……っチェルせんせーは“やさしい人”ですっ!!」


 ナウチチェルカの肩がピクリと動いた。


「アイ……貴女なら知ってるでしょう?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……(げん)に貴女はそこにいるイダとは“いい友人”だったのでしょう?でも……いい友だちが裏切らないとは限らない。」


 ラアルはオトメアンのオルレのことを思い出して苦々しく言った。


挿絵(By みてみん)


「……戦いとは、戦争とは信念のぶつかり合いなの、()()()()()()()()()()()。抱える信念が(たが)えば、敵になるの……たとえ、相手のことが大好きでもね……。

 

 私は王宮で嫌ってほどそういう事をみて育ってきたし、王宮付き家庭教師にほんとうに嫌ってほどそれを叩き込まれてきたわ。

 

 ――それに神学校で私自身もそれを経験した。

 ……友が敵になる瞬間を()()()()見たの。

 

 そして何より私は、貴女が“おかあさまと同じぐらい”、“世界でいちばんが大切”なのだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ、()()()()()()()()()()()()()

 だから――」


挿絵(By みてみん)


 ラアルがオルレのことを思い出して、少し力が緩んだ途端に、アイがナウチチェルカに向かって走り出した。


 ◇◆◇


「!?……アイ!!帰ってきて!!」


挿絵(By みてみん)


 虚弱なアイのことを想って、決して傷つけまいと……力を(ゆる)めていたのが(あだ)となった。


「チェルせんせー!!」


挿絵(By みてみん)


 その瞬間に怪我をした生徒たちの南方から、ナウチチェルカがいる方角とは反対の方から、声がいくつかした。


「無事か!?我が生徒たちよ!!」


「私たちが救援に来たわ!!」


「もう大丈夫!!1年生たち諸君早くこっちに!」


「早く!!訓練を思い出せ!!」


「一箇所に固まれ!」


 主に1年生たちの訓練をを担当していた5人教官たちが現れた。


()()()()()()()()()()()()()!」


「こっちへこい!!」


()()()()()()人間に復讐する機会をずっと伺っていたんだ!!」


「早く()()()()から離れてこっちへ!!」


「貴族の子息(しそく)から順番にこっちに!!」


 (ヘルツ)を前に構えながら叫ぶ教官たち。


 ◇◆◇


 怪我をした者たちはこぞって教官たちの方へ走り、ラアル、はるひ、かげろう、イダ、クレジェンテはその場に留まってアイをどうにか止めようとしていた。アイは皆と逆方向へ、ナウチチェルカ先生の方へ……疾走(はし)っていた。


 ラアルとはるひ、そしてかげろうとクレジェンテがアイの名前を叫ぶなか、アイはただ独りの、独りぼっちの……ナウチチェルカへと愛情の(ヘルツ)を向けていた。


挿絵(By みてみん)


「チェルせんせー!!だいじょうぶですか!?」


 その瞬間ナウチチェルカがアイを両の手で捕らえ、(ヘルツ)で包み込む。


「ナウチチェルカ!キサマァ!!」


 かげろうが叫ぶ。


 その瞬間に、かげろうたち5人の後ろから叫び声が聞こえた。


「ぎゃあああ!!」


「きゃああ!??」


「あついあついあつい!?」


 急いで振り返ると、合宿所を焼いたのと同じような爆煙が迫ってきていた。


「……!?みんな!?」


 アイが後ろを振り返る。

 

 その瞬間、炎炎(えんえん)はナウチチェルカとアイたちのいるところまで迫り、すべてを包み込んだ。


 アイは咄嗟にナウチチェルカを愛情の炎の(ヘルツ)で包んで庇ったが、自分を守るために(ヘルツ)を使う余裕はなかった。


 だから、目を閉じて痛みが来るのを待った。

 いつもおかあさまが怒りに任せて、目の前で手を上に振り上げたときにそうするように。


 ――だが痛みと炎熱はいつまでたってもこない。


 ◇◆◇

 

 ……ふと、目を開けると木々の淡く葉擦(はこす)れするような、幼い頃に大樹に身を預けたときに感じたような、やさしく新緑(しんりょく)の匂いが(かお)った。


 ナウチチェルカに抱きしめられていた。そして、彼女の愛情の(ヘルツ)に包まれていた。その外殻(がいかく)には、炎の(ヘルツ)まで纏っている。……襲ってきた炎と“共感”して、相殺いるのかもしれない。あの一瞬でニつの(ヘルツ)を同時に顕現(けんげん)させたみたいだ。あまりにも早業すぎる。


 アイは自分を包んでいたナウチチェルカの胸から、頭を上げるとナウチチェルカただアイを、みていた。


 ――“爆炎”がのたうち周り、“悲鳴”の響き渡る中で、()()()()()()()……。

 

 自分が()()()()()()()()()愛し子をみるような、()()()()()()()()()()()()()()……そんなやさしいまなざしで――。


挿絵(By みてみん)


「アイたん……信じてくれて、ありがとう。

 キミだけはいつだってボクを偏見に満ちた目で見なかった。ただ純粋に木々を眺めるように、花を()でるような瞳で、ボクをみてくれた。」


「チェル……せんせー……?」


「……キミはそんなの“当たり前”だと、そんなことでと……きっとそう言うだろう。やさしい子だからね。

 

 でも……このパンドラ公国(くに)でそんな“当たり前”を持つことは、持ち続けられることは……ほんとうに、ほんとうにすごいことなんだ。

 

 亜人種を“人間”とも、“人”とも呼ばないようなこの国で、みんなが『それは白い』と言う当たり前を持っているなかで……独り道の真ん中で『それは黒い』と叫び続けることは、みんなと真逆の“当たり前”を保ち続けることは……それを隠さずに生きていけることは。


 ……みんなにを迎合せずに、弱者に寄り添うことは……いや単にたまに来て優しくすることは簡単なんだ……でも寄り添い()()()ことは。

 

 ――やさしい……ことなんだ。やさしい……こころなんだよ……。」


「……チェルせんせー……じゃあチェルせんせーも、とってもやさしい“人”ですよ。当たり前のように人を守るなんて、誰にでもできることじゃありません。それも自分を偏見に満ちた目で見てくる人達を護るなんて。

 

 ……わたくしにはわかります。チェルせんせーは“自分の生徒たち”を助けに来てくれたんですよね?……たといその生徒たちが自分を裏切り者だと言っても。

 

 ――だってわたくしの知るチェルせんせーはそういう“先生”で……そういう“人間”ですから。」


挿絵(By みてみん)


 ナウチチェルカは一瞬目を見開いたあとに、いつもの無表情でも、たまにアイの前でだけ見せる微笑でもなく……少女のように、あの頃のおばあちゃんと過ごしていた時のように――


 ――花をが咲くように(わら)った。


「……アイたんは何でもお見通しだね。そろそろこの炎も止む。……そうしたらあとはこのボク……チェルせんせーに任せなさい。


 きっとボクの生徒たちは死なせない。

 ……たとえ彼らがボクをエルフだって理由から憎んでいてもね。」


「チェルせんせー……!」


 ナウチチェルカがアイの頭をやさしくグリグリと撫でる。


 ◇◆◇


「……だって……ボクは人呼んで、

 ……“ナウチチェルカ・ジ・インビンシブル”――」


 炎がパチパチと音を立てて途絶(とだ)えていき……辺りに暗闇が帰ってきた。

 

 地面から樹が生えてきて、アイをその中の(うろ)に包み込む。華奢(きゃしゃ)なアイがギリギリ入れるくらい、その木は小さかったがおばあちゃんとナウチチェルカが話していたあの樹木の穴によく似ていた。


 ……アイは自分を包むそれが愛情の(ヘルツ)でできていることにをすぐに感じ取った。


「――“マンソンジュ最強のチェル先生”……だからね。」


挿絵(By みてみん)

お盆が終わったのでまた月・金の週2回投稿にしようと考えていますが、9月に入ればまた毎日投稿をできればと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ