94. 人を許せない自分を赦して Beyond the Fairy Tale
累計ページビュー
4,000PV突破!
ありがとうございます♡
皆さんのおかげです
感謝しかありません♡♡
幼い頃から聡明なナウチチェルカは、おとぎ話のはずなのに、妙に実感がこもっていることに気がついていた。
……賢い彼女はその事を決して口にはしなかったが。
「その女の子はどう……なったの?」
「厚顔無恥にも、自分から裏切った少年に助けを求めた。最初にキノコの生えた彼に胞子をもらえれば、私にもキノコが生えてきてくれるかもしないって……ほんとうに自分勝手で醜い考えだったよ。
……そして、少年に会いに行ったが、すると少年は――」
◇◆◇
「――少年ではなくなっていた。
少なくとも……“少女の知る少年”ではね。
少年はかつて少女が永遠の別れを告げた、あの夜のような瞳で少女をみるようになった。その左手の指の隙間には、彼女の指はもうピッタリとは、決してはまらなくなってしまったと少女は思った。
その手はその時から今まで一度もつながれることはなかったから、それがほんとうかどうかは確かめられないがね。
……そうして彼女は赦してもらおうと世界でいちばん卑怯な『ごめんなさい』を使ったんだ。
――『ごめんなさい』は“都合よく使う道具”じゃなくて、“こころの底から発することば”なのにね……。」
◇◆◇
「それで、その女の子はどうなったの……?」
おばあちゃんは遠くを見遣りながら答えた。
「……今ではどこかの集落に逃げ延びて……みんなの“おばあちゃん”って呼ばれてるらしいよ……。」
ナウチチェルカは何も答えずに、自分の髪の毛とおばあちゃんの髪の毛を使って、三つ編みの束を編み出した。
「チェルたん……?」
『んしょんしょ。』と、ぎこちないやり方で、暗闇を歩くような手探りの編み方で……だけれども、真理を求めるような確かな信念でもって……編み込んでいく。
「……おばあちゃん、大好きっ!」
◇◆◇
突然叫ぶ間幼子のナウチチェルカ。おばあちゃんは驚嘆してしまう。
「わたしは!おばあちゃん!大好きっ!なのっ!」
「……ええっと、うん?……チェルたん?」
「その男の子は変わっちゃったかもしれないけどっ!
っぼくは!わたしはぁ!……おばあちゃんが!好きぃ!なのぉ!!……わああん!」
「おお、おお、よしよし、チェルたん……よし……よし……。……。」
突如泣き出したナウチチェルカを慰めた。だけれども、泣いているのはナウチチェルカなのに、慰めているのは自分なのに……おばあちゃんは涙を流しているのが自分で、慰めてくれているのがナウチチェルカのように思えた。
自分があの頃のちいさな女の子に戻った気がした。そうして、泣く権利なんてないと、涙に値しないだと自分のことを思って……涙を必死でこらえて集落から逃げ出した時のことを思い出した。
――ちいさなナウチチェルカが、泣けなかったあの頃の自分の代わりに泣いてくれているように感じた。
◇◆◇
そうして、あの頃の自分を慰めるように、今までずっと赦せなかった自分自身を赦すように……ナウチチェルカを抱きしめた。
ずっと永いあいだ独りで……“頼れるみんなのおばあちゃん”という殻の中で、誰にも言えない……無声の慟哭を抱えた少女を……抱きしめた。
一度“頼れる存在”だとみんなに思われてしまったら、一度“できる人”だと他人に思われてしまったら
……『知らないことがある』って、『できないことがある』って、言えなくなる。
……失望されたくないからだ。
おばあちゃんはそうなってしまった。
何でも知ってて、頼れるみんなのエルフ……それがナウチチェルカのおばあちゃんだった。
◇◆◇
「チェルたん……ありがとうね。」
「……?」
ナウチチェルカは泣き叫んでお礼を言われたのが初めてだったので……心底不思議そうな顔をした。
おばあちゃんは『フフッ』とまだ男の子と仲がよかった時の少女のように笑って、ナウチチェルカが2人の髪で編んだ三つ編みを愛おしそうに撫でる。
「エルフは……愛し合う2人で……お互いの髪で……三つ編みを作る……か。
あの頃、まだ笑い合っていた頃に三つ編みを編んでいたら変わっていたのかな……。
……まだ世界には彼とお花畑しかなかった、あの頃に――。」
追想を追い求める声でおばあちゃんがいう。
◇◆◇
ナウチチェルカは今どんなに頑張っても、おばあちゃんのために何をしても、過去には勝てないのかと悟った。
そして、この“悲しい過去”には“幸せな現在”では太刀打ちできないと、幸せと哀しみは足し引きできるようなものではないと、ただこころの別々の場所で降り積もりばかりだという悟りが今アイを抱きしめているナウチチェルカを形作った。
悲しいことがあった後にどんなに嬉しいことがあっても、過去の悲しみが消えるわけではないという真理が――
――同種には追放され、人間に迫害されてきた自分は、どれだけアイ仲良くなっても……人間もエルフも……“この世界”を許すことはできないのだろうと。
おばあちゃんを許さなかった少年のように――。
◇◆◇
「チェルせんせー?」
その声と共に過去の哀しみの水底から、今の太陽の光の下に意識が浮上する。
「あ……。」
アイが押し黙ったナウチチェルカを不思議そうな眼で見上げていた。
「だいじょうぶ……ですか?」
「あ……ああ、つい今してる研究のことを考えてしまっていたよ、目の前にアイたんがいるのにね。ごめんね。……“研究者の悪い癖”だ。」
ナウチチェルカは自分の緑髪とアイの緑の黒髪で三つ編みを編んでいたらことを思い出し、続きをしようとそれに触れる。
そして、違和感に気がついた。
……もう、三つ編みはできていた。
「ん……あれ?」
アイがあの時のおばあちゃんのように微笑みながら、そしてきっとあの頃のちいさいナウチチェルカと同じも思いで、言の葉をこぼす。
「チェルせんせーがボーっとしてる間に編んじゃいました!ふふっ!気づかなかったでしょう……?
……なんだか、こころとこころがつながったみたいでうれしいですねぇ……。」
ナウチチェルカはその一言をも取りこぼさぬように、追憶に耽らずに耳を澄まして、目を凝らしてアイをみていた。
過去の哀しみさえ忘れて――
――ただ今の……“目の前にある愛”だけを……。
◇◆◇
「……あははっ!……ふふふっ!」
「わっ!チェルせんせー……?」
突然笑いだしたナウチチェルカにアイが驚く、いつも無表情で、笑ったとしても微笑にとどめる彼女が……こんなに“ちいさな少女のように”咲うのを初めてにみたからだ。
そうしていると2人のこころを結んだ三つ編みごと抱きしめられる。ぎゅううっと。
この“幸せの青い鳥”が決して逃げていかないように……“哀しみが入り込む隙間”なんてつくらないように――
「アイたん……ありがとうね……。
なんだか……“人を許せない自分”を……赦せるようなを気がしてきたよ……。」
ナウチチェルカは決して“人を赦せそうになった”とは言わなかった。
◇◆◇
「チェルせんせい……。っ!大好きっ!です!」
アイが突然叫びだして、呆気にとられるナウチチェルカ。おばあちゃんに愛を伝えたあの頃のナウチチェルカのようには……アイには涙は流せなかったが。
「……!どうしたんだい?アイたん……突然。」
アイは自分でも自分のこころがわからないといった風に、ただちいさな駄々っ子のように、愛を叫んだ。
「大好きなんですっ!わからないですけど、わたくしにはなんにも……!でもなんでかそう言わずにはいられなくなったんです!今のチェルせんせいを見ていると!……大好きです!
わたくしは……チェルせんせいの“過去”に何があっても、チェルせんせいが“今”どんな人でも、“将来”どんな人になっても、大好きなんです!
……チェルせんせーは!アイのぉ……大事な……やさしい……やさしいせんせーなんですっ!大好きなんですっ!」
◇◆◇
――あぁ……あの時のおばあちゃんはこんな気持ちだったのかなぁ……?
……そうだったらいいなぁ……だってボクはいま――
――こんなに幸せなんだから――。




