4-③.小春日和と陽炎月夜 Der Altweibersommer et Brum de chaleur
「ふぅ……それで、今度こそ用件を教えてくれるんだろうな」
「そうそれそれ〜シュヴちゃんが話をそらすから〜」
「そらしたのはお前だろう」
シュベスターの掌底がしらぬいの額を打つ。
「あばっ……痛いな〜。」
今度はアイはこわがらなかった。なぜならそれがお互いに気のおけない友人同士の戯れだと分かったからだ。その証左に、姉と姉はどちらも心なしか楽しそうだ。もしかしたらアイとかげろうのように、性別が決まる前からの竹馬の友情があるのかもしれない。
「よーけん!なんだけど!それは!つまり!」
「早く言え。」
「折角偶然にも!2人とも同じ時期に心者になったんだし――」
シュベスターはとても嫌な予感がした――そしてそれはすぐに的中することとなる。
「アイちゃんとかげろうくんで、心戦をやらせてみよ〜!どんどんぱふぱふ〜!」
「お前なぁ……アイは昨日心を知ったばかりだ。それに、生まれてこのかた人に怒りをぶつけたこともない。」
「えぇ~?誰かに怒ったことくらいあるでしょ。……え?ないの?」
「ないな。」
「おねえさま?わたくしだって怒ったことくらい……ありますよ……?たぶん……?」
色いあたる節がなくはないらしい。
「あったとしても面に出さないだろう?態度にも表情にも……というか、怒ったことあるか?見たことがない気もするが。」
「ありますよ?……たぶん……。」
どんどん語気がよわまっていく。
◇◆◇
「まぁそんなことよりっ!」
パンっと手を叩いてしらぬいが話を進めようとする。しかし、アイの身体がびくりと大袈裟に反応してしまう。
「おい……アイの前で突然大きな音を立てるな。ああ、それとアイの頭を撫でるときも、何も言わずに手を頭に近づけるなよ……アイは他人が目の前で手を挙げると酷く怯えるんだ。」
「?……変なクセだねぇ?……で、どう?アイちゃんやってみたい?ウチの弟と心。」
早く本題に入らないといけない理由でもあるように、珍しくしらぬいが話を進めにかかる。
「そうですね。すこしこわいですけど……やってみたい……です。」
「アイ!……なぁ、アイ。私は本当はお母様に言われたのでなければ、お前に心を教えたりしなかった。そんなことをしなくても一生私が守ってやる……だから!」
「止めないでお姉ちゃ〜ん。心配なのは分かるけど……これはエレクトラ様が望んだことなんだよ?」
最後の言葉は低くそして小さい、決して大きな声では言えない内容のようだ。
「「お母さまが?」」
「わたしたちが来たのもそのため、実戦が一番だからねぃ。それに連合の人達も知りたがってる。我らの次期当主候補がどんなものなのか。このパンドラ公国では心がすべてだからねぇ〜。『はじめに心ありき――』ってね〜!」
「お母様の命令とあらば、仕方がないな。」
「おかあさまの命令であれば、がんばります!」
それまでとは打って変わって姉弟が言う。
「君らホントに……やっぱいいや。とにかく!」
しらぬいが呆れたようにこぼすが、途中で言葉を止める。それを言えば何かを禁忌を犯してしまうからか、もしくは相手にあることを気づかせないほうが好都合だからか。真意は分からない。
◇◆◇
アイはまったく別のことを考えていた。つまり、心を使って役に立てば、おかあさまがアイを愛して下さるようになるかもしれない、ということだった。生まれたときから、どんなに罵倒されようとも、どんなに不遇な扱いをされようとも……どんなに暴力をふるわれても、黒い光に灼き尽くされたって、アイは母がいつか自分を愛してくれるかもしれないと母を愛することをやめられない、子供とはそういうものなのだ。
「てなわけでアイちゃんもやる気になったことだし、過保護な姉の許しも出たし!さぁかげろうくん!」
「いややりませんよ。」
キッパリとかげろうが断る。
「えっ!なんでなんでなんで!」
にべもなく断られた姉は弟を問い詰める。
「ハァ〜。お姉様先ほどから勝手に1人で盛り上がっているところ大変心苦しいのですが。おれは決してアイ様を傷つけるようなことはしません。ましてや心を使って攻撃するなどもってのほかです。
おれの憎しみなんぞアイ様に触れた途端忽ち雲散霧消してしまうこと請け合いです。おれにアイ様を傷つけることなど不可能なのです。やらない以前にできないんです。いや仮にできたとしてもやりませんが。」
姉が焦ったよう反論しようとする。
「いや……心はそういう仕組みじゃ……。ハァ〜。でもかげろうくんにここまで言われちゃお姉ちゃん無理強いできないなぁ。でもアイちゃんの心は知りたいし――」
やはりそれが一番の目的か、とシュベスターは思った。
「そうだ!あの子を連れてこよう!ちょうどこっちに来てるし!いい相手になるでしょ!」
妙案を思いついたらしき目を輝かせる。
「あの子……ってまさか春日ですか?」
「そう!今すぐよんでくるよおおぉぉおぉぉおう」
◇◆◇
脱兎のごとく駆けていく姉を呆れた目で見送って、かげろうは話す。
「お姉様が言ういい相手とは、春日……春日春日のことです。俺の幼馴染で、平たく言うとミルシュトラーセ家の実質的な部下である陽炎家や不知火家のさらに下部組織を構成する家の1つです。春日家は最近まで平民でして、新興貴族となり名字を名乗れるようになったのもつい最近のことです。」
かげろうの説明にアイが返す。
「ん?……はるひですか……その子なら今朝……?……でも……家名と個人名が同じであるということは、つまり」
「ええ、春日家の次期当主です。ただ次期当主にしては少々……問題があるというか。いえ、おれの親友ですしいいやつなのは確かなのですが……。うーんでもアイ様に会わせるのは……うーん。」
「?でもそんな子じゃ……?いや……別人とか?でもでも……?な、なんだか空恐ろしくなってきました。」
2人してぶつぶつと考え込んでいる。どんなにこわい相手が現れるのかとアイは身震いしてしまう。
「大丈夫です!何があろうとアイ様はおれが守ります!」
「おい、守らないといけないような相手を会わせないぞ!それにアイは私が――」
シュベスターが慌てて口を挟むが相変わらずアイ以外には無表情なので、少し威圧感がある。
◇◆◇
「おまたせえぇぇぇえぇええぃ!連れてきたよ〜!これがっ春日春日ちゃんでーす!」
半ば引き摺られるような格好で現れたその人は、自他ともに認める小ささであるアイよりもさらに少し上背が低く見えた。そして、とても女の子女の子した、フェミニンな見た目をしていた。
「うーん、いてて……あっ、ご紹介にあずかりました。わたしは……えっと……春日家が一人娘、春日春日と申します!御目にかかれて光栄です!
シュベスター様と!……アイくん!?かげろうかげろう!どうなってんの?なんで一緒にいるの?」
チョイチョイとかげろうを呼び寄せる。ずいぶんと気心のしれた仲のようだ。
「おい!失礼だろ!様をつけろ!こちらはアイ・エレクトラーヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ様だ!」
「え~!?アイくん名字あったの?てか……ミルヒシュトラーセ!?」
「んんっ?ん?は!?はるひ!お前アイ様と知り合いだったのか!?いつのまにぃ!!」
「おいおい、まぁ君たち落ち着き給え。諸君らは貴族だろう、そんなに人前で取り乱すものではないぞ。
……えぇとアイ?説明してくれるか?」
年長者のシュベスターが(しらぬいは当てにならない)、場を治めようとする。
「えぇっと、そうですね。はるひちゃんとは今朝初めて逢って、あいははるひちゃんの、ボーイフレンドになったんです!」
ニコッとアイがうれしそうに言う。
「……?……??……????……っ!!……!!!!、は!?ア、アイ……?冗談だよな!?な?なぁ!!??」
「アイさまぁ!?えっ嘘ですよね???おいぃ!はるひ!オマエェ!??アイ様手を出したのか!?許さねぇ……!!!おい、なんとか言えぇ!!」
シュベスターが膝から崩れ落ち、いつもの無表情だが虚ろな目でアイに縋りつく。一方、かげろうは今にもはるひに殴りかからんばかりの剣幕で詰め寄る。
「アハハハ!シュベとかげろ……ゲホッアハハハ!!ゲホッゴホッうっ!息でぎなぃ……しぬぅあははは!」
そこに笑いながら転げ回るしらぬいも加わって、阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈してきた。
「おねえさま?!大丈夫ですか!?どこかで痛いのですか!?アイが治します!」
「アイ嘘だよな?違うよな?何かの間違いだよな?そうだそうに決まっている!!!なぁ!」
「かげろうちょっとタンマタンマ!!拳を降ろして!ね!ほら深呼吸深呼吸ぅ!!うわー!!ストーップ!!」
「はるひぃ……!貴様ぁ!!生かしちゃおけねぇ!!!」
「噓ではありませんよ……?それにかげろうはあいのボーイフレンドです!」
「「!!!!!!??????」」
「ギャハハハ!!おもしれぇ〜!!」




