85. 原始、友は太陽であった。 Discrimination Sentence filled with Love
「あ~ぁ!先刻一緒に戦ってわたくしたちの瞳がまじあってアメジスト色になったときにラアルさまと1つになったように感じたのになぁ……。そう感じたのは、そう思ったのはわたくしだけだったんですか……?」
上目遣いでさみしそうにラアルを見上げる。
「そっ!そんなのことないわっ!私も感じたもの!“世界は貴女と2人きり”、貴女がいれば私は無敵だってね……!!」
◇◆◇
「ですよねっ!よかったです。
それに――」
アルタークが暗い目で2人を見遣っていることにアイは気が付かなかった、ラアルのことしか見ていなかったからだ。
ビシッっと指を立ててアイが続ける。
「――対立している派閥にいるから?
直接お会いしたことがないからなんなんです?」
「へ……?」
ラアルは心底不思議そうに切れ長のルビーの瞳を大きく見開いた。
「対立しているのは私たちの所属する派閥……いわばわたくしたちのお母様同士です。でも親が仲が悪いからといって、その子供たちも険悪でいなければならないということはありません。
確かにわたくしのお母……エレクトラさまがよくツエールカフィー公王様について悪く言うのを聞かされました。ちいさい頃はなんでやさしいおかあさまにそんな非道いことをするんだと、おかあさまを守らなければと憤っていました。
……きっと多くの子供らはそうやって何かを、誰かを嫌っていくのでしょう。自分の親が悪口を言っているんだからきっと嫌なヤツなんだろうと。
でも差別まみれのマンソンジュ軍士官学校に入って気がついたんです。知りもしないのに、“対話”をしたこともないのに、相手のことを差別する者、悪い噂を流す者、鵜呑みにする者は“うつくしくない”と。」
「“うつくしくない”……。」
ラアルがつぶやく。
「ラアルさまもわたくしにそう教えてくれたうちの1人ですよ?」
お互いの両の手をぎゅっと握り合う。
「私……が……?」
「えぇ、王族で公王派の王女様で、偉くてお金だっていっぱい持ってるのに。
わたくしと“対話”して下さって以降、貴女が誰かを差別しているところをわたくしは見たことがありません。」
「そんなの貴女が教えてくれたからじゃない……!それに私は……前の学校でも……。」
「前の学校でラアルさまがどんな人だったとしても、わたくしは今のラアルさまが好きなんです。その人の人生で最悪だった時の行動が、その人を定義づけるのですか?」
アイはかげろうをチラリと見遣り、かげろうも微笑みを返す。
「わたくしはそうは思いません。その人の“日々の行動”がその人を決定づけるのだと思います。わたくしはラアルさまと“日常”を過ごしていて、ほんとうにしあわせでした。」
“日常”という言葉にアルタークがピクリと反応するが、アイの瞳はルビーで覆われているので気がつけない。
「私もよ……アイ。アイ……愛してる。」
「……はい。」
「……でもどうして?
敵対勢力に属する私を好きでいてくれる理由は分かったわでもお母様は?なんで私のお母様まで信じてくれるの?仮にも敵対しているのに。」
「それは、大好きな人の好きな人は好きになりたいから……ですかね?」
アイ自身もよく分かっていないという風に可愛らしく頭をコテンとかしげる。
「――!!アイ!!貴女って娘は!これ以上私に貴方を好きにさせてどうするつもり!!?ぎゅううぅ!!」
ラアルはアイを大型犬が小型犬に飛びつくように抱きしめた。
「あははっ!痛いですよ~。」
◇◆◇
「はいそこ、ファンタジア王女殿下。アイ様から離れて下さい。」
「アイちゃん……?分かってるよねぇ?」
かげろうとはるひの諫言により、ラアルは自分たち以外にもこの世界に人がいたのだということを思い出し、アイははるひに怯え、バッと離れた。
「じゃあとにかく……私のお母様はシロということで、話を進めましょう。」
「そうですね。これはわたくしの推論の域を出ませんが、先刻のイダくんの言と元副会長たちがもらした、“ロイヤル”という言葉。この2つからある推理ができます。」
「ロイヤル!?……あっごめんなさい。目上の人同士の話を遮るなんて……。」
クレジェンテが慌てて謝る。
「いいんですよ。クレくん、わたくしとは……その……お友だち、でしょう……?」
アイが不安そうに心で自らを癒していたクレジェンテを見上げる。
「!……もちろん!」
「……よかった……。
他のみんなもそうだと思うけど、“ロイヤル”と聞いたら何が心に浮かぶ?クレくん。」
クレジェンテは恐る恐る口を開くが、その場の皆の心は一致していた。
「西の蛮族……つまり、“ロイヤル帝国”だよね……?」
「はい。そもそも私たち士官学生の……ひいてはこの国、パンドラ公国の存在意義である――」
かげろうがアイの言葉を引き取る。
「――蛮族とファンタジア王国の間に緩衝国家を作ること。
彼奴らファンタジア王国に従う気もなく、他国を侵略するという帝国主義で、その版図を広げてきた、“ロイヤル帝国”。
いや、今は神を見たと喧伝し……“神聖ロイヤル帝国”を名乗っているそうですね。」
「うん、そうだねかげろう。そのもしロイヤルが攻めてきても、いきなりファンタジア王国が攻め込まれないように、間に作られた“緩衝国家”こそが、わたくしたちの生まれ育った、この“パンドラ公国”。」
ラアルが神妙な面持ちで口を開く。
「そのためにファンタジア国王は、“自らの第二子”を公王として擁立し、その者……つまり“私のお母様”、“ツエールカフィー公王”にパンドラ公国に君臨する権利を与えた。」
「はい。ラアルさま。そしてファンタジア国王は、その公王様にパンドラ公国を護るための、盾の役割を成す、“ミルヒシュトラーセ辺境伯爵”家……つまり“エレクトラさま”が率いるミルヒシュトラーセ家をお与えになった。」
はるひが少しの恨みを込めた声で話し始める。
「そうして、ミルヒシュトラーセ家は安安と高い位を得て、この国を“蛮族から護る”という使命を受けた。」
「そうだね、はるひくん。でもそこには1つ“致命的な問題”があった。でもその話をする前に――」
◇◆◇
アイがアルタークに歩み寄る。
「――アルちゃん……ここから先はほんとうに危険になる。だから、あっちにいる怪我をした子たちと一緒にいて、一箇所に集まってくれる方が守りやすいから。」
「――!……なんで、そんなことを言うの?私だって士官学生だから戦えるよ。そのために訓練してきたんだから。
平民だから?平民には“平民を守る”っていう貴族の“高貴なる義務”がないから?だからクレジェンテくんはよくて、私はダメなの?」
アイは少し目を見開いて、固まったあとに返した。
「ううん。平民だから貴族だからとかじゃないよ。確かに貴族には“高貴なる義務”があるけど、わたくしは平民にも“自国を護るために戦う権利”があると思ってる。
……決して義務ではないけどね。」
「じゃあなんで?なんでみんなはよくて、私も先刻のアイちゃんとラアル様みたいにっ!あの娘みたいに!!先刻の――
◇◆◇
「わたくしが、偉いのか?」
「私が、偉いのか?」
「偉いなどとは程遠いですが……。」
「偉いに決まってるじゃない!」
「わたくしは“この国を統治する任務”をファンタジア国王から拝領した、ミルヒシュトラーセ家が1人!」
「私は“この国に君臨する権利”をファンタジア国王から賜った、ツエールカフィー公王が娘!」
「――“アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ”だ!!……覚えておけ!!」
「――“ラアル・ツエールカフィーナ・フォン・ファンタジア”である!!……覚えておきなさい!!」
◇◆◇
――私だって!!あの娘みたいにぃ!!私だって!!アイちゃんがいれば――」
アイはアルタークの両手をそっと取り、けれども愛しさが伝わるようにぎゅううぅっとにぎった。
「アルちゃん……。わたくしは――」
その時アルタークはある言葉を思い出した。人間体排斥委員会に襲われた時にいわれた言葉だ。心の根をずっと蝕んできた言葉だ。
◇◆◇
――オマエが人間体だというのは1人の人間しか知らないだろう?どうして我々が知っていると思う?オマエは――
――あのお方に裏切られたんだよ!――
◇◆◇
そして笑顔でアイは告げた、アルタークにとっての永訣の言葉を――
「――アルちゃんを守りたいの。
だってアルちゃんは……“人間体”、でしょ……?」




