82. 誰にも、泣いていい理由なんて、生きる権利なんてない。 Nobody has the Right to Live.
「……私に弱点があるとしたら、貴女だけよ……アイ。
それに、私が多分一生勝てないのもね……だってよく言うじゃない?
『惚れたほうが――』……じゃない!何でもないわ!気にしな――」
ラアルさまが驚いている。どーしたんだろう?なんだか、ラアルさまがゆらゆらとしている。にじんでいく。
◇◆◇
丁度その時合流したかげろうとはるひ、そしてアルタークは……ある光景をみた。
――この世界で今まではるひしか見たことがなかった、アイの姿を。
つまり雨のそぼ降るような、アイの泣き顔を――。
◇◆◇
「アイ……貴女、泣いているわよ……。」
え……?泣いている?
……わたくしが?
お父様に『男は泣くな。』と殴られて育てられて育ったから……人前では絶対に泣けない身体になったのに……。
涙に『オマエがいたら、わたくしが怒られるからあっちへ行け』と追い返してきた。そんな非道いわたくしが?
涙を嫌ったから、涙にさえ嫌われているわたくしが。自分の涙に『オマエみたいなゴミ、産むんじゃなかった。』って追い返したわたくしが……。
自分が親にされてされていちばん嫌だったことを、自分の涙にしているわたくしが……。
生まれてからたくさんの人を泣かせてきて、自分が“泣く資格”なんてないこの塵屑が。
このわたくしが――。
「――泣いて、いる……。」
「ええ、そうよアイなにか――」
涙で歪んだ視界の先にラアルさまがいる。炎で分断されているから、今はラアルさましか見ていないけど、けれども人に見られてしまった――!
すぐに土下座をして謝る。
「すみません。ごめんなさいっ!泣くつもりなんてなかったんです。あぁ、なんでこわいことなんて、つらいことなんてなかったのに……!ラアルさまが無事で、ラアルさま会えてあんしんしたのにっ!なんでっ!ごめんなさい、すみません!!お目汚しを――!」
ふわりと羽が舞うように抱きしめられた。わたくしを壊さないような、やさしい抱き方だ。エレクトラさまとはまるで違う、まるでひまりさんみたいな……。
「アイ。落ち着いて。謝らなくていいのよ?だいじょうぶ、だいじょうぶ。」
母が幼子にそうするように、やさしくトントンと鼓動のリズムで背中に触れてくれる。余計に涙があふれてしまう。
「でも、わたくしは泣いちゃいけなくて、お父様がそういってて、泣く資格なんてなくて、だって、だって……。」
「なんで、……泣いちゃいけないの?」
空気を通した振動ではなく、触れた肌と肌からあたたかい声が直接伝わってくる。それはこころを直接撫でられているような心地よさだった。
「だって、だって……お父様が……
『男は泣くんじゃない。』
って、そう言ってて、泣いたら殴られて、だから、だからわたくしは……あいは、あいはぁ……!」
「……ハァ……また、性差別主義者か……。アイ……私は泣くことに、感情を表現することに……“こころを動かされること”に性別なんか関係ないと思うわ。
……そもそも泣くことに権利なんか必要ない。誰しもに泣く権利があるんじゃなくて、そんなもの最初から必要がないの。泣きたい時に泣けばいいし、笑いたい時に笑えばいい。
……それに生きることもね。誰にも生きる権利なんてないわ。だってそんなもの無くてもみんな生きてていいんだから。
貴女のお父様には会ったことがないけれども、その言い方は完全に性差別主義者よ。……私は、貴女の味方よ。
『男だから何かしちゃいけない』
だとか、
『獣神体は何々しないといけない』
言うのは性差別主義者だけよ。
……もちろん本人が自分自身にそう課してるだけなら私は何も言わないわ。個人の自由だしね。だけどそれを他人に押し付けた瞬間にその人は差別主義者になるわ。それを子供に……しかも自分の子供に押し付けるなんて、私は許せない……許したくない。」
おとうさまが謂れのない誤解を受けないように、あわてて弁明する。
「でも、お父様はすごくいい人で、お姉さまたちにはやさしくて、本当にあの人はいいお方なんです。やさしい人なんです……!
そんなホントはやさしい人に、人を殴らせてしまうくらい、あいが悪い子だからなんです……!おとうさまは悪くないんです……!」
「……子供の性別によって扱いを変える親か……。
私は貴女の家のことや家族のことは公王派入ってくる歪められた情報でしか知らないわ。エレクトラ様とゲアーター様には会ったことがあるけど……だから貴女の家族について何か言うつもりはないわ。
……深く“対話”したこともない人のことをとやかく言う権利もないと思うし。
でも私は知ってる。……貴女のことなら、知ってる。ずっと焦がれて誰よりも見つめてきたんだから。そのサファイアの瞳を見つめてきたんだから。
……だからね、アイ……これから言うこと、よく聞いてね……?」
ラアルさまわたくしのほっぺに自身のほっぺたをくっつけて話す。
「――“私は貴女しか知らない”。
貴女のかわいさを、うつくしさを、慈しみを、笑顔を。
……そして何より、私のお母様のような“こころのうつくしさ”を。
お母様が言ってくれた、何度も、いつでも言ってくれた……『愛してる』って言葉が私のこころの真ん中にあるの。だからちょっとやそっと学校で嫌なことがあったり……たとい親友を失っても……“しにたいと思ったり”しなかった……つまり、“こころを亡わ”ずにすんだ。だって学校でどんなつらいことがあっても、家に帰ればあんしんな場所があるんだもの。
そしてあとひとつ、お母様はいつも私を
『この国でいちばんうつくしい』
って褒めてくれたわ。だから私の人生はお母様に、うつくしさに向かって伸びる一筋の光になったわ。だから迷うことなんてなかった。
……だけど!そんな迷いのなかった人生に!1つだけっ!1人だけ……現れたのよ。私のこころを滅茶苦茶にかき乱して……たくさん悩みを持ってきて……ハラハラさせて……ドキドキさせてくる……そんな“迷惑な娘”がねっ!」
ラアルさまは言葉のわりにはその人が、愛おしくて仕方がないような声音で話した。
「そんな娘が――」
「――貴女よっ!“アイ・ミルヒシュトラーセ”!」
バッとくっつけていた顔を離し、今度は真正面から近づけてくる。ラアルさまのルビーの瞳に、わたくしのサファイアの瞳が写って混ざりあって……アメジストのような紫色に染まる。
「貴女が私の世界を塗り替えたの!何から何までね!
朝鏡の前にいる時間が長くなったし、前髪を気にする回数だって増えた。貴女がいると思うと、学校に行く足取りもなんだか軽くてフワフワするし!
お昼に貴女に会いにいく時なんて、ドキドキしてなんにも考えられなくなる。貴女と同じクラスだったら、隣の席に貴女が居たらって何度も考えちゃうし!
夜ベットの中に入っても貴女のことばかり!その日見たあなたの笑顔だったり、ちょっとふくれた顔だったり!
明日も貴女に会えるから、早く明日が来ないかなって眠れなくなったり!寝不足はお肌に悪いのよ!?全部全部貴女のおかげなんだから!」
「はいっ!?ご、ごめんなさい……?」
◇◆◇
アイちゃん……私以外の前でも、笑顔以外の表情を見せていたの?
それに泣き顔なんて、私も見たことがない。あの時過去を打ち明けてくれた時だって……笑い合っただけだった。
いつも
『アルちゃんはわたくしの一番の“お友だち”だよ!』
って言ってくれてたのに……?
――なんで……なんで私じゃダメで、あの人ならいいの?
※今週は障害者支援センターの人に提出する病理申告書の作成や、お医者さんと話し合いがあるので、また1週間以内には次の話を投稿します。すみません!
急いで仕事と障害を落ち着かせて、早くまた毎日更新ができるように努力します!
※エピローグをもうアップロードしているように、最後までプロットはできているので、更新を突然止めたりはあり得ないので、ご安心ください!
(元にしている英詩が完結しているので!)
いつもご愛読下さり感謝の念に堪えません!ありがとうございます!




