79. 2人のドミナ Zwei Damen
ふぅ……なんとか人間体だってバレずにすんだかな?それが露見すれば、今度こそわたくしは文字通りの袋叩きにあだろう。リンチだってされるだろう。人間体が獣神体と性別を詐称してその特権を利用してきたのだから。獣神体、ノーマル……そして特にひどい目に遭って生きてきた人間体、全ての性別から憎まれ叩かれることになるだろう。
「それにしてもアイは――!!」
「?……ラアルさ――!?」
◇◆◇
ラアルが何かに気が付き、アイもその様子で何かかを察した。ラアルとアイの後ろから、2人の襲撃者が抱き合う2人を挟むように攻撃を仕掛けてくる。
ラアルはアイを狙う者の攻撃を、アイはラアルに向けられた心を弾くようにお互いを守る。そうして背中を合わせ、襲撃者に立ち向かう。
その瞬間炎が2人と怪我をした他の生徒を分断するように一直線に燃え立ち壁を作る。
「……分断、されたわね。」
「えぇ、皆が無事だと良いのですが……。」
襲撃者の2人が言う。
「おやおや、これはこれは、ラアル・ツエールカフィーナ・フォン・ファンタジア王女殿下ではありませんかぁ……。」
「それに、アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセ様まで……。まさかパンドラ公国トップの娘2人が、一つ所に集まってくれているとは、好都合好都合。」
「誰よ……貴女たちは……!」
アイは2人に見覚えがあった。
「ラアルさま……この2人は、マンソンジュ軍士官学校の元副生徒会長と元副風紀委員長です。以前しらぬいさんとおねえさま……現生徒会長と現風紀委員長を襲撃してきたことがあります。お二人のせいで、自分たちがなるはずだった生徒会長と風紀委員長になれなかったという逆恨みをしています。」
「……あの襲撃事件の件ね……私のアイも襲ったという……!!
……でもおかしくなかしら……?」
「えぇ、彼女らはしらぬいさんが打ち倒し、捕縛されました。本来なら今でも軍の牢にいるはずです。」
「なのに、何故か此処にいる……。」
アイとラアルと向かい合っている女達が叫ぶ。
「逆恨みだと!?お前ら偉いやつはいつもそうだ!!俺たち下の人間を見下して見下して……!!」
「そうだ!!王族とミルヒシュトラーセ家なんか糞だ!僕らがみんなみんなぶっ殺してやる。この国終わってる!!」
「辺境伯派はコネが全てで差別主義者!公王派は金持ちかどうかが全てで、クソみてぇなカルト宗教を信仰してやがる!」
◇◆◇
――あぁ、まだこれか。いつもそうだ。王女だからって、会ったこともない人から妬まれて、話したこともない人から恨まれて……だから普通の人間に嫉妬してきた。もし普通の家に生れられたらどんなにしあわせだっただろうって……。
……あぁ、ほんとうに――
「――莫迦莫迦しいですね。」
!……アイ……?
「ラアルさまが王女だから?
だから殺そうとするんですか?
彼女と一度でも“対話”をしたことがありますか?
アナタ方が王族や辺境伯派の人間に非道いことをされたのかどうかはしりませんが、じゃあその人たちを恨んでください。その人たち本人に復讐してください。
誰かに嫌な目に合わされたらその人が所属する集団の全員が嫌なやつなんですか?
じゃあ、一度誰かに非道いことをされたら全人類を恨むんですか?
関係ないラアルさまを……わたくしの友達を殺そうとするのなら、わたくしが貴女方を殺します。必ず、何処迄も追いかけて。
わたくしはどこまでも貴女方を追跡する。こう言っては悪いですが、便所にいても捕まえて、貴女方をぶち殺してやります。それで問題は終わりです。
……それでも逆恨みでわたくしの姉と敬愛するしらぬいさん……そして友をまだ狙いますか?」
アイがこんなにも憤っているのは始めて見た。何時もやさしく諭したり、叱ったりすることはあったが、怒っている事自体が初めてだ。絶対に怒らないアイが怒っている……それも私のために。
「黙れ黙れ黙れ!!俺はお前の姉に恨みがあるんだよ!!マンソンジュの風紀委員長という将来の約束された立場まで奪い、この前は俺の手を粉々にしやがった!!だからぶっ殺してやる!俺がアイツの弟であるオマエをぶっ殺したら……アイツはどんな顔をするだろうなぁ……?」
◇◆◇
ミルヒシュトラーセだからって、色々な人に陰口を言われてきた。地位がある家だからって嫉妬もされてきた。忌み子だからって使用人さん達にまで嫌がらせをされてきた。そんなことはどうでもいい。
だけどこの人はわたくしを使っておねえさまを傷つけようとしている。おねえさまを、傷つけようとしている。ラアルさままで殺そうとしている。
わたくしの大切な人が狙われるのはこれで何度目だ?いい加減に――
「――黙りなさい。阿呆な人たちねぇ?」
?……ラアルさま?
「アイのお姉様に逆恨みで挑んで、瞬殺されてボロボロになって尻尾を巻いて敗走して。
……それで風紀委員長には敵わないから、その人の家族を狙う?
ほんとうに姑息で惨めで汚くて何よりも――
――アナタ達、うつくしくないわ。
私の最愛の娘を狙うというのなら、私が貴女達を殺してやるわ。王族だって、ただその地位にかまけて胡座をかいてるだけじゃあないのよ?……人を殺すことだってできる。誰かをその手で殺すのは貴女方の専売特許じゃないのよ?
……王族だってこの手で人間を殺せるってところを見せてあげるわ、今わの際で、かわいそう、だからねぇ……?」
「うるさい!!うるさいんだよ!オマエラはいついつもいつもぉ!!どいつもこいつも、問答はもう十分だ、心で殺してやる。」
ラアルさまが本気で怒っている。背中合わせで見えないが、そのルビーの瞳は怒りで赫く輝いているのだろう。何よりも――
◇◆◇
「――背中から感じるわ貴女のこころを。」
「ふふっ……奇遇ですね。わたくしもです。」
「お互いに眼の前の敵だけに集中しましょうか……。」
「そうですね、だって――」
「「貴女が居れば、」」
「わたしの背中は――」
「わたくしの後ろは――」
「「――なんにも心配ないんだから!!」」
◇◆◇
ラアルのと向かい合っている女が憎しみの矢をラアルとアイに向かって飛ばす。それと同時に、アイの前に立ちはだかる者が、2人に向かって嫉妬の心を纏った拳を振りかぶりながら、全速力で突進する――!
「姉につけられた傷の責任を取らせてやる――!!」
「オウジョサマぁ……金持ちはみんな死ね!!」
アイとラアルは後ろの敵の攻撃なんぞ眼中にない、お互いが居れば自分が見ていない世界の半分は絶対に安全だと知っているからだ。
アイは自分の腕力の虚弱さをカバーするために、肘で怒りの心を爆発させ、氷を纏った腕で相手の拳を骨ごとバキバキと粉砕する。
ラアルは向かって来ている矢を、怒りの毒液の膜を広げて自分とアイに届く前に全て腐り散らせる。
「ぎゃあああ!!」
「なっ……!?」
ラアルとアイはお互いに目も合わせずに、叫ぶ。
「ラアルさま!」
「えぇ!!分かったわ!」
相手が近接特化型と遠距離型だと理解った2人は相手を入れ替えようと自分たちの位置をクルリと交換する。そうして、2人は同時に背中で怒りの心を爆発させた――!!
アイはその勢いで前に飛び、自身の矢をいとも容易く防がれて呆然としている敵の眼前に迫った。そして、ラアルは爆風の勢いを使って、手を砕かれ座り込んでいる敵に向かって嫉妬の毒液を飛ばす――!!
そうしてアイは敵の顔に軽く触れた。するとすぐに二歩ほど後ろに飛んで後ずさる。
「!?……なにをして――」
アイがふれた箇所からゆっくりとパチパチと何か音がしている。
ラアルの毒液は爆風で勢いをつけたとはいえ、もともとの射程範囲があまり広くないので数滴、相手の顔と胸に飛び散っただけだった。
「――?こんなものか……?」
敵の女は2人とも拍子抜けだった。
――もう既に自分たちが負けていることにも気が付かずに――!!




