78. 太陽と六ペンス The Sun and Sixpence
――だってこんなに態度で、ことばで……こころで伝えてくれているのだから。
じゃあお返しをしないといけない。だって貰ったことがないものは渡せないから“誰にも愛されたことがない人は誰も愛せない”。だけど、“ラアルさまに愛されている私はラアルさまに愛を渡すことができる”。
いや、できるからじゃない。そうしたいんだ。わたくしが、そうしたくてたまらないから、そうするのだ。
ほんとうに、“太陽”のような人だ。
◇◆◇
「ラアルさま……。」
今までは塞ぎ込んで、黙り込んでいたアイが、突如声を上げる。
「……ん?」
自分でも信じられないぐらいやさしい声がでてしまう。
……オルレが今の私をみたらどう思うでしょうね。彼女に誇れる自分になれてるといいな。
――そんなことを考えていると、突然にその衝撃は来た。
「……わたくしも、ラアルさまがだいすきっ!!です!」
「アヒュッ……。」
雪のようにかがやく白い肌、さらさらの黒髪、ちいちゃくてかわいいお鼻と、瑞々しい小ぶりなくちびる。そして何より――
――太陽の残光を移した
……月の光のようなサファイアの瞳。
きらきらと輝いて……あぁ――
「愛しているわ、アイ。」
「ふふっ、そんなのもうと〜っくに知ってますよ、ラアルさま!」
おどけて、からかってくる。そんなところもかわいいと思ってしまう。
あぁ、かわいい……かわいいかわいい、かわいい……。
頭がかわいいに支配されてなんにも考えられなくなる。
――あぁ、惚れたほうが負けってほんとうだったのね……。
獣神体同士は自分の縄張りを荒らされないように、自分の番の所有権を主張するために、お互いにとっては嫌な威嚇臭を放つ。
なんでアイは獣神体のはずなのに、いい匂いがするんだろう……。
甘いお菓子のような、おいしい食べ物のような……。
思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。
「それに――」
アイがゆっくりと近づいてくる。なのに私はまんじりとも動けない。
頭が、五感のすべてがアイで埋め尽くされて、しあわせの絶頂に至る。
「――先刻襲われたとき、助けてくれてありがとうございました。
……すっご〜く……!かっこよかったですよ?」
「おっふ……。」
寄りかかってくるその私よりずっとずっと華奢な身体を抱きしめようとするが……手が中を舞う。抱きしめようとして、やっぱりやめて、また近づけて、離して。はたから見たら私はバカみたいな、うつくしいとはほど遠い動きをしているんだろう。
だけどそんなことをはどうでもいい。他人からどう見られるかなんてどうでもいい。他の人にうつくしいと認めさせることなんてもう考えてられない、ずっとそれを考えて生きてきたのに。
今の問題はアイにどう思われるかだ。今までは気軽にスキンシップができたのになぜか、今はこの肌に髪に触れるのが躊躇われる。下心が勘違いされたらどうしよう?いやあるんだけども。じゃあ勘違いじゃないじゃない。たしかに……?とにかくバレないように、“獣神体的にスマートに”……。
「貴女も皆を愛情で包んで、護り癒やす姿はとてもうつくしかったし……。
今私を私だけをみている姿はとても愛らしくて……この世の者とは思えないほどに。
……かっ!……かかかわっ……かわい――」
ぱっとアイが離れてしまう。
え゙っ゙……。
◇◆◇
やばいやばいやばい、いやらしい目で見てるのがバレた?下心があるのがバレた?……嫌われた!?!?
「ラアルさま先刻から周りを観察していたのですが、この場にいるはずの唯一の先生、チェルせんせーが居ません。そうなるととりあえず、指揮系統を統一したほうがいいと思うんです。だから――」
私だけを見てくれているんじゃなかったの!?勝手に勘違いして舞い上がってたってこと?
あぁ……アイには一生勝てきる気がしない……。
でもよく考えればアイに翻弄され続ける人生というのも……まぁ、それはそれで悪くな――
「――そうねっ!とりあえず、こんな緊急事態で知らない相手と急に連係は取れないから、同じクラスごとで指揮系統を分けましょうか。
……でもアイだけは私のクラスと――」
「――いいですねっ!それ!さすがですっ!じゃあわたくしとラアルさまは別になって、クラスごとに固まって防御陣形をとって救援を待ちましょう。」
「……いや、アイは私と――」
「――それじゃあ早速、みんなをクラスごとに分けて隊列を組んでもらいましょうっ!」
「そう……そうね……。」
「……?ラアルさま?なんか元気ないです……?大丈夫ですか……?」
うぅ……本気で心配してくれてるぅ……。下心マックスだった自分が恥ずかしい……。まぁ!私はうつくしいからいいんだけどねっ!
◇◆◇
「それにしても、陣形を組もうとは諫言いたしましたけど……」
「……皆、パニックだったり怯えていたりでそれどこじゃあないわね。それに火傷を負っている者も、他の怪我をしている者も多いし……。」
「「う〜ん。」」
「というかアイ……貴女はなんでそんなに落ち着いてるのよ……?いくらミルヒシュトラーセ家とはいえ、その年じゃあ、実戦経験なんて殆どないはずでしょう……?」
「え゙っ゙!」
友達が無事なら別にわたくしは死んでもいいしなぁ……。そのほうがおかあさまも喜んで下さるし、これ以上人に迷惑をかけなくて済むし……。
でも、ラアルさまに愛していると言われてから、死んだら彼女を悲しませてしまうと思ったら……少し死ぬのが怖くなったかもしれない。でも逆に戦うのがほんのすこしだけ恐くなくなった。
――もしかして死にたくないと思える人は愛されてるからで、何かを持ってるからで……死ぬのが怖くない人は誰にも愛されていなくて(少なくとも本人はそう思っている)、何事をも持っていない人……なのかなぁ……。
じゃあ……戦うのが少しだけ恐くなくなったのは?今までは恐くて恐くて、自分をおかあさまだと思い込んでまで闘ってたのに……?
いや!そんなことより誤魔化さないと!ラアルさまがジトーっとした目でこっちを見ている……!
◇◆◇
「あぁー、えぇーっと、そう……ですねぇ。」
「……んん……?」
「え〜っとちいさい時からおかあさ、エレクトラさ、じゃなくて……えっと、聖別の儀っ!
そうだ!性別を決める聖別の儀を決める闘いを経験しているのでっ!」
「んん?……でもそれって私たちみたいに高貴な生まれだと、最初から勝てるって決まってる相手と闘うわよね?お金を払ったりそれからのその子の家への厚遇を保証したりして。それで確実に獣神体になれるんだから。
……あんな出来レースでそこまでの胆力がつくかしら?」
うっ……どうしよう相手がはるひちゃんだったってバレたらまずいことになる。ラアルさまはまだはるひちゃんを許してないみたいだし。……それになにより、わたくしとはるひちゃんで聖別の儀をしたはずなのに、両方獣神体というのはありえない。そうすれば確実にわたくしの方が人間体になったって露見してしまう。
「――え~っと……そうだっ!」
「……そうだ?アイ、貴女この私に、お互いに愛し合っているこの私に……何かかくしごとをしていないかしら?」
すっごく疑われている!
「ほら!私たちミルヒシュトラーセ家と辺境伯爵派のほとんどは、軍人がほとんどじゃないですか!それにそうじゃない人たちもほぼ全員が軍属ですし、つまり軍属か軍人しかいなんですよ……ほとんどは……。
だから“強いものこそが正義”という信念がありまして……え~っと、だから、だから聖別の儀も対等な実力の者で行うんです!例えばちいさい頃のかげろうとわたくしとかっ!」
「……辺境伯爵派は公王派と違ってまだそんなに前時代的なやり方なのねぇ……。
……?……でもじゃあ人間体になっちゃった偉い家の子はどうなるのよ?」
うっ!……わたくしがそうだから胸が痛い。
「……そこは獣神体なった側が責任をもって番となり、尚且つ婚姻関係を結んで、一生護るんですよ!そうすれば高貴な家の者同士の横の結束がより強くなりますからね。結果的にお家同士もお互いを裏切れなくなりますしっ!まぁ公王派の信仰するチグ教みたいに『自らの番と婚姻相手は、これらを必ず同じ人物としなくてはならない。』みたいに厳しい教義はないんですけどね。ねっ!そういうことなんですよねぇ~。」
「なるほど前時代的なだけかと思ったけど、権謀術数渦巻いてて、裏切りの絶えない貴族社会のなかでの合理性も考えられているのねぇ……。」
「ですですっ!」
ふぅ……なんとか人間体だってバレずにすんだかな?それが露見すれば、今度こそわたくしは文字通りの袋叩きにあだろう。リンチだってされるだろう。人間体が獣神体と性別を詐称してその特権を利用してきたのだから。獣神体、ノーマル……そして特にひどい目に遭って生きてきた人間体、全ての性別から憎まれ叩かれることになるだろう。
◇◆◇
「それにしてもアイは――!!」
「?……ラアルさ――!?」




