表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/197

77. 罪の告白と愛の告白 Confession of Sin and Confession of Love

 アルタークは(あせ)っていた。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”を護りたかった。


 だから走っていた。


 そうして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。


 ◇◆◇


 アイとラアルが皆を逃がした方へ急いで向かうと、炎が激しさを増し、辺りは悲鳴と怒号(どごう)に包まれていた。火傷(やけど)()った者、倒壊した建物の下敷(したじ)きになった者、錯乱(さくらん)した味方に攻撃された生徒。


 ――辺りは“羅生門(らしょうもん)”のような地獄絵図だった。


「たすけて……お゙あ゙あ゙さん゙」


「あついあついあつい!!!」


「あ゙ぁ゙……ぉあ゙あ゙……こわいよ……ままぁ……。」


 ラアルは息を呑む、いくら対立する辺境伯派へんきょうはくしゃくはの生徒たちのばかりとはいえ、そんなことは彼女には関係なかった。 

 ……今までとは違い、関係なくなった。“()()()()()()()……()()()()()()()()()()と悟った。


 ◇◆◇

 

 ラアルが怒りに打ち震えていると、突然アイが皆の中央に走り出した。


挿絵(By みてみん)


「……!?……アイ!?」


 皆もそれに気が付き、(すが)るようにアイに注目が集まる。


「ア゙イ゙さま゙ぁ゙……。」


「ミルヒシュトラーセ……さま……。」


挿絵(By みてみん)


 そうして、両手を上げて何かを(つか)むように手を握ったあと、(あめ)を引きずり落とすように地面に両手を叩きつける。


 その音の広がりと共に、愛情の(ヘルツ)が皆に響き渡る。そしてポツリ、ポツリと音がした。皆は自らの(ほほ)を伝う涙以外に、何かがひとすじの小川(おがわ)のように顔を流れるのを感じた。


 ――雨が降っていた。


挿絵(By みてみん)

 

 メラメラと燃え(さか)(ほむら)の上にザアザアと天泣(てんきゅう)の雨が、ボロボロと傷ついた人々にポツポツと干天(かんてん)甘雨(かんう)が。

 ()れは……アイの愛情だった。


 雨は炎に(むら)がり落ちては(おど)し雨のようにそれを消し去り、人々の肌を伝っては汗疹枯(あせもか)らし雨のようにその傷を癒した。


 ――その天水(てんすい)は月光のような柔らかな光を持っていた。その様子はまるで()()()()()()()()()かのようだった。


 アイはこころをもつもの(プシュケー)としての(ヘルツ)で天に雨を()うていたのだ。雨乞いをしている間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()、どうやらあの火は実際のものではなく、(ヘルツ)によるものだったらしい。 

 

次第に人々の悲鳴と怒号がやがて屑雨(せつう)のようにポツポツと弱まり、止んでいった。


「干天の慈雨(じう)だ!」


「アイ様の愛だわ!!」


愛するもの(リーべー)(ヘルツ)……!

 ……助かった……!」


 人々が口々に“()に感謝する”。

 ――奇しくもそれは、“ユスカリオテの背教者(イダ)の名前の由来”だった。

 

 アイはその只中(ただなか)の中で、“自らが(けが)した大地に接吻(せっぷん)をするように”、両手をついて(うつむ)いていた。そうして、長く息を吐いて、座り込んだ。


「……はぁはぁ……ふぅ……。」


 皆がアイに口々に感謝し、褒め(たた)える。

 しかし、生徒たちの中には、

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 と恨む者もいた。


 彼らは知らなかったのだ。

 

 ――アイ自身、自分がそんな事をできるとは思っていなかったこと。苦しむ人々を見て、自分がこころをもつもの(プシュケー)だと判明した初めてのはるひとの戦いで、雨を降らせた事を思い出したこと。そしてできるわからないけど、人々のために何とかやってみせたこと。


 そしてなにより怪我をした人々をラアルやかげろう、ナウチチェルカ先生が一箇所(いっかしょ)に集めたからこそ、そのちいさな範囲でやっとの思いでできたことを。


 ◇◆◇


「アイ!!……大丈夫!?

 一気にあんなに人のために(ヘルツ)を砕いて……!!

 下手をしたら“こころを(うしな)って”いたかも知れないわよ!!

 お願いだから無茶しないで……!!」


 ラアルさまが心配して抱きかかえて下さる。確かに疲れたけど。


「……まだ、(ヘルツ)の余裕はあります……。まだ……戦えます……!」


「……アイ。ダメよ!私が許さないわ!貴女を危険な目に合わせたくないの!これ以上は……。貴女は十分に頑張ったじゃない。

 ――いくら貴女自身でも、貴女を傷つけようとする人を私は許さないわよ……!」


 ……()()()()()()()おかーさんみたいだ、本当のお母様は2人とも言ってくれなかった言葉をくれる。誰かがこういうことを言ってくれるたびに、なんでかエレクトラさまじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”。

 

 ――こんなことを思ってしまうから、はるひちゃんには『お母さんを()った。』って言われて、エレクトラさまには、『死ね。』って言われちゃうんだろうなぁ……。


「ラアルさま……貴女もお分かりになっていると思いますが、わたくしは()()“ミルヒシュトラーセ”なんです。“ミルヒシュトラーセ”では居続けたいんです。それだけは(うしな)いたくないんです。

 地位やお金が惜しいからじゃないんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()。おにいさまとおねえさま達を(うしな)うと、わたくしは死ななければならないのです。()()()()()()()“”言い訳”がなくなってしまうんです。だから、護るんです。ミルヒシュトラーセ家の人間はこの国の人々を護るために生れてきたんですから。」


挿絵(By みてみん)


 ◇◆◇


 ラアルさまはその深紅のルビーの瞳をメラメラと輝かせながら、怒ったように叫ぶ。


「私はぁ!!貴女に生きててほしい!!私も!貴女の生きる理由になりたい……!いつでもいつまでも貴女想ってる!私は想ってる!!朝鏡の前で()()()()()()()()()()()()も!お昼に授業を受けてる時も!!夕暮れのなか帰ってる時も!!!


 今までは自分のことだけ考えてきたの!前の学校で人を助けてまわってたのだってただのエゴだった。それをある友達が……私の親友が!!……元、親友が……教えてくれたの。私のやってることは自分をうつくしいと思いたいだけのエゴの押しつけだって……!それで逃げてきたの……公王派の少ない、マンソンジュ軍士官学校に。


 でも何も変わらなかった。だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私に原因があるんだから……。だから全部を周りのせいにして、どこへ逃げたってどこまで遠くに行ったって、変わるわけがない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だけど、そんな私を……ほんとうはうつくしくない私を……()()()()()()()がいたの。」


「ラアルさま……。」


「けんか腰で、失礼な態度で名前を叫んだのに、その娘はやさしく答えてくれた。

 恥ずかしそうに、でもはにかみながら、私のことをこんな私のことをうつくしいって……“この国でいちばんうつくしい”って……!“お母様とおんなじ言葉”を言ってくれたの……!」


「でもそれは、ほんとうにそう思ったからで――」


「――それだけじゃない!!そのあと、王族だって(おご)ってた私をやさしく叱ってくれた。()()()()()()()()()()()()()()。お母様のように。

 

 そんな事してくれたの、お母様以外にいなかった。みんな私の顔色を(うかが)ってこころをさらけ出してはくれなかった!でも貴女は、“心臓の鼓動”を聞かせてくれた。“こころの温度”を教えてくれたの。

 ……だから私は貴女がもっともっと好きになったの!」


 ◇◆◇


 ひまりさんのようなひだまりの温かさでなく、そこには太陽の熱さがあった。でも決して花を()らすようなものではなく、()()()()()()()()(あか)りだった。

 

 ひまりさんのものもラアルさまのも、どちらの光も大好きだけど、ラアルさまのルビーの瞳をみていると、わたくしをほんとうに好いてくれているのだと、思い上がってしまいそうになる。“この世でいちばんこども愛している”はずの母親からも死を願われている。だれからも好かれるはずのないこんなわたくしを。

 

 いや、違う。思い上がりなんかじゃない……!そんなことを考えるのはここまで愛を伝えてくれた相手に失礼だ。わたくしはラアルさまに好かれている。愛されている。声を大にして叫ぶことさえ(いと)わない。

 ――だってこんなに態度で、ことばで……こころで伝えてくれているのだから。

 

 じゃあお返しをしないといけない。だって貰ったことがないものは渡せないから“誰にも愛されたことがない人は誰も愛せない”。だけど、“ラアルさまに愛されている私はラアルさまに愛を渡すことができる”。

 いや、できるからじゃない。そうしたいんだ。わたくしが、そうしたくてたまらないから、そうするのだ。


 ◇◆◇


「ラアルさま……。」


「……ん?」


挿絵(By みてみん)


「……わたくしも、ラアルさまがだいすきっ!!です!」


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ