72. 差別するヤツらみんな殺せば、差別がなくなるとでも? Kill racism, not racist!
「何をしてはんのぉ、塵共が。」
その直前に女の声が聞こえた。
◇◆◇
「「――!!」」
突如の意識外からの声に、2人が反応する。
クレジェンテは勢い止められなかったが、ジョンウは不意打ちにも対応して、腕の心を自身ができる最速のスピードで、心臓と頭を覆うことに使った。
紫色の塊が2人の地面に触れ、土に触れた瞬間に爆煙のように広がり、2人を包み込む。突然視界の全てが紫色に染まったクレジェンテは、状況が飲み込めずその場で目を瞑り鼻を口で覆ってしゃがみ込んだ。
一方ジョンウは全力で後方に飛び、突然の襲撃にも関わらず、冷静に紫煙の広がり方を観察していた。
そして、煙の広がり方がおかしいことに気がついた。少ない風が左から右に吹いているのに、紫煙は自分の視界の視界の左側に大きく広がったあとに、右に流れている。
つまり、襲撃者は右から心を放った可能性が高い。そうして、すぐに右を向き光を構えて狙いを定めようと試みたが、できなかった。そこにいたのが、アガ・ハナシュだったからだ。
◇◆◇
「――!!ハナシュさ――!!」
突如背中に大きな痛みが走る――!!
真後ろから斬られたのだ。
そこにはこの作戦のために雇った、ジョンウ直属の部下が3人いた。
「ハナシュ……さま、何故……?」
◇◆◇
ジョンウは輩に裏切られるとは考えていなかった。彼もその特異な生れからクレジェンテのように、世界の全てが敵に見えていた。そして、クレジェンテとは違い。アイのように家族すら敵だった。
だから上司には忠義を通し、仲間は命がけで守った。そうじゃないとこの世で頼れるものが何もなくなるからだ。
◇◆◇
「何故?アンタはん、ほんまにかしこいなぁ……。一度殺されかけた相手を信じるなんて、私みたいな馬鹿にはできんことやわぁ。」
「でも!貴女は変わられた!あの教会の一件から!部下を守り、忠義にあつかった……!」
塵をみるような目をしたハナシュが吐き捨てるように言う。
「演技に決まっとるやろ?そんなことも分からへんのやねぇ?ほんとうに、かしこい人は人生が楽しそうで……うらやましいわぁ。」
「がっ……げほ……!ああぁ……!」
クレジェンテが耳から血を流し、思わず開いた目からも、毒物を洗い流すために、涙を流しながら倒れる。
「……クレジェンテ!!」
ジョンウは仲間に殺させそうになり満身創痍になりながら、本来敵であるはずのクレジェンテを友のように心配した声を出す。
「クレジェンテぇ……?アンタはんの方が裏切り者じゃあないの?ソイツは敵やでぇ?何を心配してはんの?できるだけ苦痛を与えて惨めに殺してあげないとぉ……失礼やないの。」
ニヤニヤと嗤っている。
「黙れ!……裏切り者!仲間を殺して、敵に敬意も払わない!そんなものが人間か!?」
ピクっとハナシュのヘラヘラ嗤いが歪む。
◇◆◇
「うっさいなぁ……アンタラのその塵みたいなぁ論には辟易としとんのよ、ウチもなぁ。
人の不幸を願い、アンタはんみたいな生れからして屑な奴を見下し、気に入らない奴はいたぶり、心地よい命乞いを聞きながら、殺す。それがぁ私の趣味なんよ。
そんときが人生で一番楽しいわぁ。
特にガキを殺すのはいいねぇ……あと妊婦の腹を切り裂くのも愉しゅうて……ふふふっ、思い出したらわろてもうたわぁ。
『私はどうなってもいいから子供だけは』
醜い泣き顔で地面に頭を擦り付けるやつがいたんよぉ……あははっ。そんなん言われたら、期待に応えて、目の前でソイツのガキの指を一本一本へし折ったあとに殺すしかないやん?
ええフリつくりはるわぁこの阿呆女と思って……ふふふっアレは愉しかったなぁ。
ここには士官学生のクソガキどもも多いみたいやし、今から愉しみやわぁ……ソイツらの頸だけ送りつけたら、家族はどんなに喜んでくれるかな……ってねぇ……?」
あまりの外道ぶりにジョンウもクレジェンテも吐き気をもよおした。
「お前らはなぜ裏切った!?
昨日まで一緒に笑い合っていただろう……!」
ジョンウの嘆きに、彼の直属の部下が3人答える。
「“ジョンウ様”……ぎゃはは!“ジョンウ様ぁ”……本当にお前らや“ザミール・カマラード”みたいなゴロツキが集まってこの国を良くできると思ったのか?」
「くくくっ、あんたらがキラキラした目で、
『この国から差別をなくしたいって、この国から戦争をなくしたい』
って理想を語るのを聞くたびに嗤いをこらえるのが本当に大変でしたよ。」
「ほんとうにテメェらが“蛮族”呼ばわりしている俺たちの国と組んで、世界を良くできると思ったのかぁ?俺らがパンドラ公国なんてクソみてぇな国のヤツと本気で手を組むわけないでしょう?」
◇◆◇
彼らやハナシュは、このパンドラ公国を変えるために、自分たちでは不可能な作戦を実行するために、ザミールが手を組んだ相手だった。
アイの元母親、エレクトラ・アガメムノーンナ・フォン・ミルヒシュトラーセ辺境伯爵が護る国境の……その向こう側にある国の連中だった。
何も持たないザミール達が戦う相手が強大すぎてそうするしかなかったのだ。
相手はパンドラ公国でも強者ばかりがいる辺境伯派、そしてなによりパンドラ公国最強の者と、今はまだ弱いがいずれ必ず大きな障害となる、こころをもつものの“アイ・ミルヒシュトラーセ”を陣営に持っている。
しかし国を良くするなら、パンドラ公国を抜本的な変革を引き起こすなら、そして何よりも差別をなくしたいのなら、差別政策を推し進めるアイたちの所属する辺境伯派を倒すしかない。
――その為には武器と兵士が必要だったのだ。
◇◆◇
「がぁああ……!!」
「あ……あぁ……。」
部下がジョンウをいたぶり、ハナシュが“愉悦の煙”でクレジェンテをゆっくりと真綿で首を絞めるように痛めつける。
「「「ぎゃははは!!!」」」
「アンタら……人をいたぶるときはもっと上品に、苦しむ顔をみながら、ソイツのここが一番嫌がることをしないとぉ……わたしみたいに……ふふふっ……!
アンタはん“家族”はいる?仲良よぉ……やっとんの?それとも学園に“好きな子ォ”のひとりでもおんちゃうのぉ……?」
ほんの少し、クレジェンテの瞳が揺れたのを、人の嫌がることを見つけることを生き甲斐にしてきたハナシュは目敏く気がつく。
「ふーん、“家族と好きな子”かぁ……好きな子ぉ探すんは面倒やから、生きたままアンタの目をくり抜いて下を引っこ抜いた痛みに苦しみながら死んだ頸を、家族に送りつけてやるわぁ……どうやぁ?うれしいやろ?
……あぁ、大丈夫、安心しいやぁ、ちゃんとアンタはんからのプレゼントってことにして、綺麗な布で包んだるからなぁ……開けたときが愉しみでしゃあないわぁ……くくくっ。」
「やめろ……!!僕は士官学生だけど、家族は一般人だ!関係ないだろう!!」
「いいわぁ……その反応、ほんとうに家族が大切なんやねぇ……家族は大切にせんといけんからねぇ……?覚えときやぁ……?まぁ、もう死ぬんやけどなぁ。
それとジョンウぅ……アンタはんのせいでウチの顔がザミールのやつに疵物にされてしもうたからなぁ……アンタも楽には死なせへんよぉ……?
まぁ、アンタの弱点が仲間たちとザミールやってことは分かりきってるからなぁ。やりようはいくらでも思いつくわぁ……。」
「ぐっ……!戦士としての誇りはないのか……!?」
「あぁ……?ウチそういうヤツが一番嫌いやねん。“戦士の誇り”って……結局やってることは心の殺し合いやろ?それを美談みたいに語りおって……“人殺しとしての誇り”、の間違いちゃうのぉ……?
それに、国を良くするって……!……くくくっ……!あかんあかん。差別をどうこうするために戦うなら、差別する側にまわってええ思いしたほうがええやろ?かしこぉすぎるアンタはんには分からんかなぁ?」
◇◆◇
ハナシュがクレジェンテを振り返る。
「まぁ、ええわ。とにかく、先にこの子の目でもくり抜くかぁ。いい声で鳴いてなぁ?
……それがウチのいちばんの愉しみやねんから。」
心でゆっくりと、クレジェンテの右目を満たし、痛みを長引かせるために、とても徐ろにじわじわと目玉を引き抜く。
◇◆◇
「がぁぁあぁあ!!!あぁああ!!!」
いたいいたいたい!!!だれかたすけて!!だれか!あぁああ!あついあついあついあつい!!!だれかぁ……!!
「だれかぁ……たすけ――」
◇◆◇
痛みが突然止み、ハナシュの顔面が何者かに蹴り飛ばされる。
「ぐぎゃぁあ!!?」
そのまま、クレジェンテは愛情に包まれる。
あの日カーテンの隙間から見た木洩れ日に――
……静かな声が、でも確かな声聞こえた。
春の陽だまりのような声――
「――わたくしが、助けます。」




