68. デイドリーム・ビリーバー……そして彼女は―― Oh! what can it mean to a Daydream Believer and ……
「狙いは……貴方です。我が神よ……。」
――わたくしが、狙われている――?
◇◆◇
「……どういうことです。答えなさい、ユスカリオテのイダ。」
「……敵はなぜこんな国の要衝でもない、士官学生とはいえ、唯の学生のキャンプを狙ったと思います?
……それも学園最強の者がついているのに。
そのリスクを承知しても余りあるリターンがあるからです。つまり、
この国を守護する“ミルヒシュトラーセ家”の者であり、
将来の戦略兵器となる危険性のある“こころをもつもの”でもあり、
更には軍学校で着々と戦略兵器となる準備を進めている、
最強の性別の……“アニムス・アニムス”。
……貴方を手に入れることです。
今の貴方は確かに“戦闘”の優劣をひっくり返せるほどの“戦術兵器”でも、“戦争”の状況を一変させるほどの“戦略兵器”でもない。
しかし、将来的にそうなる可能性が高い。それもほぼ確実に。
ならば、今のうちに辺境伯爵と軋轢のある貴方を自陣営に引き入れたい。
……若しくは……亡き者にしたいと考える者は貴方が思うより多いのですよ……。
貴方が気を許している相手ということを何処から内通者が監視していたのか……僕にも話を持ち掛けてきました。
『あの“他人を救うと言いながら自分も救えない”……“偽善者”を“銀貨30枚”を恵んでやるから、連れてこい。』と……!」
わたくしを殺したい?
会ったことも話したこともないのに?
わたくしがどんな人間か、又聞きでしか知らないのに?
……わたくしと、“対話”もしたことがないのに?
《――わたくしの、おかあさまでもないのに……?》
なんでそんなことが思える?
会ったこともない人を殺したいだなんて。
これがおねえさまとおにいさまだけが居たことがある、母の腕の中というしあわせなお伽噺
……その外の世界なのか?
これが世界か?
こんなクソみてぇなモノが、おれが生まれた。
わたくしが生まれた世界か?
わたくしの友を差別し、わたくしのクラスメイトを虐め、わたくしの姉を襲い――わたくしを殺す?
人を差別し、馬鹿にして、虐めて、襲って、いたぶって、殺す?
こんなものが世界なのか?
もし世界がそうであるのならば、こんな世界――
◇◆◇
……いや、認めない。わたくしが、認めない。許さない。
世界ともっとうつくしい筈だ。
朝露に濡れる花のように、枝葉から挿す光のように。
……広大無辺の“こころ”のように。
醜い世界がわたくしの前に横たわるなら、その面をぶっ飛ばしてやる。残酷な世界が鎌首を擡げるならば、その頸を両断してやる。世界が唾棄すべき主張を声を大にして叫んでくるなら、現実に駁してやる。
現実が理想を押しつぶすというのなら、
――理想で現実をぶっ殺してやる。
もしおねえさまとしらぬいさんのように世界を半分ずつ背負える“2人に”成れなくとも、“1人で”戦ってやる。
みんながそうだと口を噤んでも、わたくしだけは“独りで”この世界の道のど真ん中で、叫んでやろう。
人はきっとわたくしを楽天家だと嗤うだろう。嗤うなら嗤え。楽天家だろうが楽天主義者だろうがどうとでも罵倒しろ。
――白昼夢を見る者とでも……。
わたくしを殺せるのは“お母様”だけだ。わたくしを殺せるのは、“わたくしが愛する人々”の言葉だけだ。
◇◆◇
「――アイ様!アイ様!逃げましょう!早く!!」
「黙れ裏切り者。
……答えろ首謀者は何処だ。」
「……!先刻お伝えしたでしょう!?
彼奴らの狙いは貴方なのです!
一番危険が迫っているのは御身なのです!」
「黙れ。だから尻尾を巻いて逃げろと?
わたくしの巻き添えで傷ついた学友たちを置いて?
――わたくしは、アイ・ミルヒシュトラーセ!
この国を守護する義務がある!!」
「ですが――!!」
「黙れ。問答はもう沢山だ。襲撃者がわたくしを狙うというのなら、出向いてやる。そしてこの手でわが民を傷つけたことを後悔させてやる。
――最期の質問だ。ユスカリオテのイダ。
首謀者は、何処だ?」
頸に充てがった短刀に力を込める。
「――!!
……敵の首謀者は軍勢とともに、西から迫っています。あの爆撃を合図に。
――もう直ぐそこまで来ているはずです……。」
「西か……。
――わたくし、アイ・サクラサクラ―ノヴナ・フォン・ミルヒシュトラーセは、誓う。
《キサマが我が友アルタークに、怪我の1つでも害したら殺す。》
……オマエも誓え、オマエの心に。何を言えばいいかは……わかるな?」
イダが唇に心を顕現させ、わたくしの頬に口吻る。
「僕、ユスカリオテのイダは、誓います。
《貴方の……っ輩……アルターク・デイリーライフを、御身の目が届かない時分は……守護する》
と……。」
「よし……努々忘れるな……。
さらばだ……ユスカリオテのイダ。
……アルちゃん……行ってくるね。」
「っま゙っ゙て!ア゙イ゙ちゃん!!」
アルちゃんの声が後ろ髪を引いたが、振り返るわけにはいかない。
――わたくしだって本当はやさしい日常と共にいたいんだよ。でも世界がわたくしの日常を脅かすというのなら……わたくしは――。
◇◆◇
先程イダと通った炎の抜け道を全速力で通り過ぎる。通った刹那に後でそれが塞がるのを感じた。もう逃げ道はない。そんなものはわたくしのこころには、わたくしの人生には最初からないが。
誰かが立っていた。揺ら揺らと揺らめいて、最初は目がおかしくなったのかと思った。たけどその影が話し始めたので、現実だと悟った。
「……おかしいと思いませんか?」
“黒髪の乙女”の様にみえる。
「こんなうつくしくない世界……おかしいと思いませんか?」
「……貴方は、誰ですか?」
「何故皆が貴方をうつくしいと評すると思います?」
対話をする気がないのか?
「質問に答えてください……貴方は誰で……敵ですか?味方ですか?」
「美の定義とは国や文化圏、地域によってすら異なる。
なのに、皆が一様に口を揃えて貴方をうつくしいと言う……。
――何かおかしくありませんか?」
そんな事を話している暇はない。
「質問に答えるつもりがないなら、わたくしは学友たちを助けないといけないので――」
「普遍的なうつくしさなどこの世にはない。
美人の条件など地域によっても違う。
なのに色んな地域から集まった人がいる学園ですら、皆が貴方をうつくしいという。
――これはほんとうに貴方が“美の神に愛されているから”だと思いますか?」
謎の影の横を通り過ぎる。今はそんな場合ではない。
「私が何者か……でしたね。
私の名は、オルレ。
……オトメアンのオルレ。
美を愛する者。
……でもそんなことはどうでもいい。
貴方の周りで……この文学界ではありえないことが起こっている。
それは貴方がほんとうは“人間”じゃなくて――
――貴方の周りの人間の“こころ”を《・》――」
「わたくしは、この国の王女、ラアル・ツエールカフィーナ・フォン・ファンタジア様を助けに馳せ参じなければなりません。
彼女はわたくしたちの中で唯一、我々の敵からの強襲訓練が終了してから転校してきました。
だから、わたくしはラアルさまをいちばんに助けないといけません。
なので貴女と対話をしている時間はありません。」
彼女の影もラアル様の名前を出した時には、陽炎のように揺れていた気がした。
「……“ラアル様”?“ファンタジア王女殿下”ではなく……?貴方は彼女の――」
何か言っていたが、無視して影を置いていった。今は自分のことより友のことだ。どうか、無事でいてほしい。
◇◆◇
教会でシュベスターを襲ったローブ姿の男、ジョンウ突然の襲撃に、学生たちは皆怯えていた。動転していた。
……そして人の本性が表出するのは、往々にして自らに危険が及んだ時だ。
「クレジェンテ!!お前は獣神体だろう!?なんとかしてくれよ!!」
「そうだ……!!いつも優遇されてるんだから、こんな時ぐらい助けてくれよ!!」
クレジェンテが獣神体の中では劣っていることを理由に彼を虐めていた者たちが好き勝手を言う。
クレジェンテも怯えていた……心の底から恐怖していた。目の前に心を構えた襲撃者がいたからだ。見るからに戦闘経験豊富なその者に、実戦経験が皆無の一介の学生である自分が太刀打ちできるわけがない。だから、ほんとうに怖かった。
――そして人の本性が表出するのは、往々にして自らに危険が及んだ時だ。
その怖れはクレジェンテの本性を引き摺り出した――。
◇◆◇
「――皆!僕の後にさがっていてくれ!!
僕が此奴を何とかする……!!」
涙を流しながら、ガタガタと震え、怯えながら両腕をかまえる。心ではなく手をかまえたのは、こわくてこわくて……心も練れなかったからだ。
◇◆◇
――彼はただ、
……その本性を知る前に見ていた、
“白昼夢”に視ていた……魅せられていた……
――あの夢のような日々のなかにいる、あの頃のアイのような“人間”になりたかったのだ。




