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銀と魔法使い  作者: あっちいけ
第1章 銀が世界を終わらせる、その時まで
11/54

(Side)それぞれの3か月 前編

 

 Side:???


 それはナトラサの中心街モーベの、とある邸宅の中で秘密裏に交わされた会話である。


「例の娘、その後の様子はどうだ?」

「はっ、未だ目を覚ましておりませぬ。傷は医師たちの手により塞がれましたが、変わらず【魔素枯渇】の為予断を許さぬ状況とのことでございました」

「そうか。目を覚ます見込みは?」

「はっ、しばらくは可能性は低いと―――儀式で魔素の補充を行っているようですが、快復の兆しが見えないとのことでございました」

「相変わらず、血は飲まないのか?」

「はっ、いえ、どうやら試みてはいるようですが一切飲み込まず、すぐさま吐き出す様子でございました」

「意識がなくとも飲まんか。あの娘の()()()()()も大したものだな」

「はっ、筋金入りでございます」


 …………


「―――それで。“輝ける陽光”を出した家畜の消息は掴めたのか?」

「はっ、いえ。多くの同胞があたっておりますが依然として痕跡も見つからず、捜索は難航しております」

「…お前でも見つけられないのか?」

「はっ、遺憾ながら」

「…あり得るのか? ただのヒトであろう?」

「恐れ多くも、閣下―――私はくだんの家畜、既に死んでいるものと確信しております」

「…うむ…」

「件の家畜は一度捕らえられた身。それであればどれほどの才覚を秘めていようと所詮はヒト並み。私の目鼻を誤魔化し、痕跡残さず身を隠すことなど不可能でございます」

「……」

「件の現場には新成人らにも覚えのない、魔術が暴走した跡がございました。恐らくは自身の魔術、あるいは魔道具の暴走に巻き込まれ消滅したものと―――」

「分かった。それ以上は言わんでも良い」

「はっ」

「…言い分は分かる。だが確証はない。万に一つの可能性だとしても洗脳の解けたヒトが放たれる可能性は摘まねばならん。引き続き、捜索にあたれ」

「はっ、かしこまりました」

「……“輝ける陽光(マディラータ)”の前でも最後まで動いていたらしい、あの娘が何か知っておれば良いのだが…」

「そちらの方も並行して、引き続き観察するよう致します」

「うむ、任せるぞ。ハヴァラ」

「承知しました。グーネル様」


 ………―――


 そうして音もなく気配が一つ減った室内で、赤ワインを嚥下する音が響く。


「―――アルとライアの末孫よ。愛しき盟友の子らを悲しませる真似は、この“黒”が決して許しはせぬぞ…」


 邸宅のとある一室。そこで最後に漏らされた呟きは、誰の耳に入ることもなかった。
















 Side:ソーライ


 ソーライは今日も魔術の修行を行っていた。


 ナトラサの街よりさらに奥の洞穴。その中へ大量の血を持ち込み、魔素を消耗したらすぐさま補充し、休む間もなく魔術を行使し続ける。


 自分の得意な炎、地魔術。そして苦手である風、水魔術。その四大系統以外の空間制御、位相操作、無系統に及ぶまで魔術を行使し、発生する現象を魔術学的、物理学的解釈に基づき解明。

 さらにその現象から派生して起こる副次的な作用を観察し魔術の効果を最大限に活かす方法を模索する。こうした魔術への理解を深めることがより高次の魔術制御に繋がる。


 ―――より上階級の魔術を目指す。それは彼の命題であり、生涯を通しての目標であった。


 吸血鬼は皆、前世の記憶をもって生まれてくる。ソーライにとっての前世とは、到達階級が中級の魔術師であった。


 使えば自身の身を焼くほど制御が困難であったし、使えるのはたった1つだけだったとはいえ、前世の彼はヒト族の身でありながら中級の魔術が使えたのだ。


 ヒト族の魔術師の多くは初級で到達階級が止まる。そしてその多数の中から抜き出た才能ある者達だけが下級に到達する。


 そして下級魔術の詠唱短縮や魔法陣簡略化、効果増強などを図り切磋琢磨するのが常人の限界であり、前世の彼はその限界より更に一歩抜き出た才能を持っていた。


 世に名の知られる魔術師として大成して然るべき彼であった。だが悉く不運に見舞われ取り立てられず、次々と目の前の栄光を他人に掠め取られていくのに絶望し、自らの命を魔術の炎によって燃やした。


 己の力を認めぬ世に未練はないと怒りを抱えながら。そしてその世に一石を投じるほどの才能が己には無かったと悔しさを抱えながら。彼は死んだ。


 哀れな男だ。前世の記憶にある男の生涯を指さし、ソーライは鼻で笑う。いや、しかし、死に方は確かに哀れだが、ヒトの身で中級魔術まで到達できた才能は認めてやれる。


 最強の魔族たる吸血鬼へと転生を遂げ、齢12にして中級魔術をいくつも行使できるのも、この身に溢れる才能のほかに前世の記憶があってのことだろう。


 中級魔術を使うことだけで才能の限界を感じていたらしい前世と比較してこの身はまだ若く、そして寿命も長い。彼の目標は伝説である天級魔術の行使であり、その為にまず上級魔術へ到達すべく日夜修行と研究に励んでいた。


「……っ、はぁ、はぁ」


 そうして彼は本日何度目かの【魔素欠乏】による息切れ、頭痛に侵されその場に倒れ込んだ。視界が霞むほど意識が不明瞭であるが、すぐ脇に置いてあるワインボトルを手に取り、仰向けに倒れこんだまま飲み始める。


 血がどんどんと彼の喉元を通っていき、やがて飲み干される。飲血は魔素補充の即効性に優れている。すぐに彼の意識は明瞭になっていき息切れや頭痛は鳴りを潜める。


「はぁっ、はぁっ……っ、はぁ~」


 人心地をつけ、彼はため込んだ熱を息とともに吐き出した。


 今の今まで、ここまで自分を追い込んで修行に励むことはなかった。血の飲み方もこのように乱暴なものではなかった。


 若くして中級魔術を行使出来たのだ、残る寿命において伝説の魔術である天級魔術をものにしたい―――結果、上級止まりであろうと吸血鬼の中で最強の魔術師を名乗れればそれで良い、今までそう思って生きてきた。


 しかし今では、彼は何が何でも天級へ到達しなければならないという使命感と焦燥感に駆られ、中毒者もかくやと言わんばかりに飲血を繰り返していた。それもこれも、全てはアリスという一人の少女が原因であった。


「………」


 ソーライは半身を起こし、暗がりの向こうに見える岩の壁を見据えた。


 そして、杖を突きつける。


「―――偉大なる魔術の祖よ、その大いなる力を持て我が敵を撃て―――<魔襲撃>!」


 彼の手から放たれた“魔襲撃”は突き出た岩場に当たって軌道を逸らし、やがてぶつかった壁を僅かに穿ち霧散した。


 その様子を見て彼は深いため息を吐いた。


(全く、敵わない)


 あの時―――あの闘争の儀の時。彼は誰にも言っていないが、“輝ける陽光”を行使した家畜が消滅する瞬間を目撃していたのであった。


 アリスが放った初級魔術“魔撃”は恐ろしく巨大であり、凄まじい威力を内包していた。それに比べ、今自分が放った下級魔術“魔襲撃”の何たる脆弱さ。


 無系統魔術は未だ下級が限界であるが、炎と地魔術における下級から中級へ階級が上がった際の威力向上の差異は理解している。恐らく、無系統中級魔術である“魔塵滅撃”を扱えたとしても彼女の“魔撃”には及ばない。これが上級ともなれば比肩するのかもしれないが―――横並びになっただけでは彼の矜持が許さない。


 彼は魔術において誰よりも上回らなければならないのである。自分にその才しかないのを誰よりも理解している彼にとって、魔術で他者に負けることは絶対に許せない。


 故に彼は、“輝ける陽光”を使った家畜がアリスの魔術によって消滅させられた事実を口外しない。心の中で闘争心を持つのと、口で負けを認めるのは別である。彼の矜持がそうさせた。


 その矜持のせいで街ではヒトが逃げたかもしれないと大騒ぎになっているらしいが―――構うまい。恨むなら“輝ける陽光”如きで気を失った大人カリーナを恨めばいい。


「……よしっ!」


 そうして彼は最強の魔術師となる未来の為に、今まさに血の滲む修行に励むのであった。











 Side:リカ


 リカは今日もアリスのお見舞いに来ていた。お見舞いと言っても、アリスはあの闘争の儀以来意識を取り戻していない。ベッドの上でずっと眠っている彼女に対して好きなように話しかけるばかりである―――彼女の話は大体が食事の話か召喚した眷属の話であった。


 前世において彼女は天涯孤独であった。両親は彼女が物心ついてすぐにいなくなり、頼れる身内やお金もなく彼女は路上での生活を余儀なくされた。彼女は孤児であり、浮浪者であり、その中でも稼ぐ手段のない最底辺の生き物であった。


 盗みを働けるほどに器用でもなく、人の優しさにつけ込むほどに胆力も無く、世に不満を覚えるほどに賢くもなく、路上や町近辺を歩き草花を食べて飢えを凌いで生きていた。そんな彼女が人の温かみを感じることは極めて稀であり、たまに優しくされた時には記憶にあった母の真似をして神とその人に感謝を示していた。


 周りの浮浪者たちが生きることに必死であり、生に固執するあまり悪事に手を染めることは知っていた。しかし彼女はあまりにも生の喜びを知らずにその状況に置かれてしまった為に、浮浪者にして清く生き過ぎてしまったのだ。


 食べることへの有難み、仲間との共同生活の楽しみ、生きることでの将来への期待や希望、そうしたものを一切持たなかった為に、彼女は地獄のような日々でさえも幸福に過ごしていた。


 自分が不幸であることに気づかなかったのが彼女の最大の幸運であり、自分が不幸であることに気づけなかったのが彼女の最大の不幸である。やがて彼女はひっそりと、孤独な生涯を終えたのであった。


 そうした記憶を持って生まれた今生。あまり要領の良くない彼女の頭では前世と今生の区別はつけられておらず、引き続き幸福とか不幸とか考えずにぽやぽやと気の抜けた生活を送っていた。ただ、まともな食事を取るのが前世では全くなかった為、血を飲むことに関しては幸福を見出した。彼女はひとつ、幸せの種を見つけたのであった。


 そして更に、彼女は吸血鬼としては極めて珍しい神術の才能を持っていた。神術で召喚した眷属には名前を付け、日がな一日遊んでいる。


 彼女の特殊な出自や、ずば抜けた能天気さが原因で近所の同族に受け入れられず、友のいない日々を過ごしていたのだが、それでも彼女は眷属たちと過ごす毎日に満足していた。誰かと日々を共有して過ごすというのは楽しいことなのだと気が付いた。彼女はもうひとつ、幸せの種を見つけたのだ。


 そうしてもうひとつ、彼女は幸せの種を見つけたのだった。それがアリス。お姫様でとっても偉いはずなのに自分に優しくしてくれた吸血鬼。


 自分ですら頭が悪いと思っているのに、それに付き合ってくれた、怒らないで話を聞いてくれた初めての吸血鬼。もしかしたら初めて友達になってくれるんじゃないかと思った吸血鬼。


 そんな彼女はあの闘争の儀以来、もう1か月も目を覚まさない。


 あの時。とっても眩しくて、風で飛ばされて、痛くて、怖くて、動けなかった。それなのにお姫様は自分たちを助けるためにあんなに頑張って、あんなに耐えて、あんなすごい魔術を使って―――それで倒れて、ずっと目を覚まさない。


 ずっとこのままだったら、お礼も言えない、お友達にもなれない、絶対に悲しい。だから傍にいる。ずっと話しかけていたら目を覚ましてくれるかもしれない。


 それに、目が覚めた時に誰かが側にいると嬉しいことを、いつも眷属たちと一緒に寝ているリカは知っていた。


 だから彼女はアリスの実家、王族の住まう邸宅を毎日訪問し彼女の自室へお邪魔する。彼女が要人であるアリスの部屋まで通してもらえるのは成人の儀を共にした仲間であったことと、彼女から漂う人畜無害の空気が要因であった。


 そうして彼女は起きるかどうかも分からないアリスに向かって延々と語り続ける。いつか彼女が起きるその時まで、ずっと―――











 Side:カリーナ


「―――ぎぁっ…!」


 目を覚ました途端、全身を槍で貫かれたような激痛が走る。


 彼女は短く悲鳴を上げ、痛みで眩んでしまう視界の中、それでも気を失う前の記憶を手繰り寄せて意識を繋いだ。


「っ…!!」


 そして寝かされていたそこが自室のベッドであることにも気づかず、カリーナは立ち上がって爪を構える。


 目の前に誰かがいる。その者はこちらを見て何かを叫んでいるが耳鳴りが激しくて聞き取れない。だが、目の前で揺れている髪が銀色であることを認め、カリーナは獲物ではないことに気づく。


「―――どこ、だっ!」


 自身のことを抑え込んでくる銀髪の誰かを押しのけ、乾ききった口で吼える。彼女は探す、<輝ける陽光>を唱えたヒト族を。


 殺さなければ。でなければ主より預かった大切なひとの身が危ない。


 黄色の瞳を血走らせ、闘気を尖らせ気配を探る。目の前で自分を再度押し留めようとしてくる者以外にも、今しがた部屋を慌てて出ていった者や部屋の外にもいくつか気配を感じる。それらが全て見知った者―――王の邸宅で働く同僚のものだと気づき、彼女はようやく事態を悟った。


「―――……ぁっ」


 終わっているのだ、あの闘争の儀での出来事は。今、自分がいるのは王の邸宅、割り当てられている自室の中。


 繋がらない記憶の間で全て終わってしまっているのだ。昂った闘志は霧散し、代わりに全身を襲う痛みがぶり返す。カリーナは再びベッドに倒れこみ、喉奥で痛みを噛み殺した。


「―――!」


 やがて開け放たれていた扉から誰かが入ってくる。視界が霞んで顔の判別が出来ず、何か話しかけられている気配も感じるが耳鳴りが激しくて聞き取れない。


 だが、気配で誰かは察することが出来た。カリーナはベッドから身を下ろし、現れたアーデルセンに対してひざまずいて深く頭を垂れた。


「も、もう、ひわけ、ござい、まへん…」


 麻痺した舌は、まともな謝罪も叶えてくれない。そして、そんなただ頭を垂れるだけの所作で腕も足も千切れそうなほどに痛んだ。意識が白濁していくのをカリーナは舌を噛んで耐える。


 そんな様子を見てアーデルセンは、優しくカリーナを抱き起した。そして真っすぐ彼女のことを見つめ、自身に焦点が合うまで待って、やがて言った。


「―――カリーナ、良いのだ。<輝ける陽光>など想像できない事態だった。お前に責はない。自分を責めるな」


 彼女は意識を失っている間もずっとうなされていた。起きた途端に自責の念で潰されてしまうだろうことを知っていて、アーデルセンは用意していた言葉を端的に告げた。


 そうして、それまで自分がかけた言葉に対しても不明瞭な反応しか返してこなかったカリーナが息をのみ、ようやく反応らしい様子を見せたことに安堵した。


 <輝ける陽光>の呪いは、受け手の吸血鬼が強ければ強いほどに身体を強く蝕むと伝え聞いている。となればカリーナが受けたダメージは、新成人の子らと比較にならないほど重い。


 <輝ける陽光>を浴びた一瞬で意識を失くし、むしろそのまま死んでしまってもおかしくなかったのだ。<輝ける陽光>が発動されたあの時あの場所のことで、事態を止められなかったのはお前のせいだとカリーナを責める者はいない。アーデルセンはそう考えている。


 しかし、カリーナはそう考えない。あの場でヒト族の反抗を止められなかったのは、間違いなくヒト族に対しての油断があったからだ。


 あのヒト族が姫を間近で見て、何か奇妙な反応を示していることには気づいていた。洗脳が不完全だったのか、不幸な事故があったのか分からない。だけどあの時あの場所で、奇妙に思っただけでみすみす<輝ける陽光>を行使する時間を与えてしまったのは間違いなく自分の落ち度だ。


 そして、その落ち度の結果失うのが自分の命だけであるなら良い。カリーナは恐怖に唇を震わせながら、近くに気配を感じられない相手の所在を問う。


「あ、あーでるへん、さま。おごっ…おご、さまは…」

「……良い。気にするな、カリーナ。アリスは生きている。お前も、今はとにかく休め」


 そうしてアーデルセンは傍に控えさせていた召使いから杖を受け取り、睡眠の魔術を施す。それに抗うことも出来ず、カリーナは再び意識を失った。


 彼女を襲った<輝ける陽光>の呪いは、彼女の血と魂全てを深く侵した。彼女が意識と力を正常に戻すのは幾月、あるいは幾年先のことである。








【Tips】魔素欠乏(&魔素枯渇)

 この世に生けるものは全て魔素を持っており、その納め先は血と魂の2つである。そして大量の出血や魔術・スキルの酷使などにより魔素を大量に消耗すると魔素欠乏と呼ばれる状態に陥ってしまう。


 人間種や獣など、血の巡りによって生を成り立たせているものは魔素欠乏に陥ると血流が滞り、倦怠感を引き起こす。より重度である“魔素枯渇”の状態になると頭痛や吐き気といった体調不良に陥る。


 一方、魔素の巡りによって生を成り立たせている魔族は魔素を大量に消費してしまうと生命の危機に陥る。魔素欠乏程度であれば全身に激痛が走ったり昏睡に陥る程度で済むが、より重度である魔素枯渇になれば意識不明となり、多くの者がそのまま死ぬことになる。


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