これからのこと
組織本部を出たリーとアーキス。アーキスに断って受付棟に寄ってもらい、リーはひとりで年受付以外の窓口へと並ぶ。人数はそれなりに並んでいたが、ひとりひとりの所要時間は短いのか、比較的すぐに順番が回ってきた。
「なんだか久し振りね」
「ホント。手続きに来たの?」
所属証を見もせずにそう声をかけてくるのは、リリックとコルン。
「手続きは済んだよ。ミゼットさんに面会を申し込みたくて」
そう言うと、書類を一枚渡される。
「ラミエが聞いたら妬いちゃいそうね」
「ホント。『私には会いに来てくれないのに』って」
書き込んでいる間ずっとそんな風にからかわれながら、リーは苦笑とともに書類を渡した。
「はい。これお願い」
「からかい甲斐ないんだから」
「あの子も待ちわびてるんだから、早く会いにいってあげなさいよね」
自分に向けられる呆れたような眼差しは、友人であるラミエを思ってのことだろう。
「わかってるよ」
ふと、ヴィズから聞いた話が頭をよぎる。
ハーフエルフのふたりと、エルフのラミエ。
エルフを憎むというハーフエルフ。
そんな人ばかりではないとヴィズは言っていた。
ラミエ、そしてエリアとティナの友人であるこのふたりもまたそうなのだろうという思いと、そうであってほしいという思いと。
両方を感じながら、リーはありがとうと礼を言った。
六の月もあと僅か、年受付にギリギリ駆け込む請負人たちでそれなりに賑わう紫三番の食堂。
リーがアーキスと店に入ると、皿を運ぶラミエと目が合った。向けられた青い瞳が一度見開き、すぐに嬉しそうに細められる。
「いらっしゃい」
喜びの滲むそれは、普段の溌剌としたそれとは違ってどこか甘さを含み。
気付いた客たちの視線を浴びながら、リーはふっと表情を緩めた。
最後に会ってから、もう何日になるだろうか。
はっきり自覚したからか、勘違いとはいえ戦う覚悟を決めたからか。自分を見るその眼差しが変わっていないことが嬉しくて。
「…やっと来れた」
自然と零れた心からの呟きは、リーの変化を示すには十分だったのかもしれない。
目を瞠って固まったラミエ。しかし次の瞬間、客の誰かが鳴らした椅子の音にびくりと肩を揺らした。
「お水、持ってくるねっ」
慌てて奥へと駆け込んでいくラミエを見送り、リーは店内を見回そうとした。
「こっちだ!」
探すまでもなく手が挙がる。
案の定来ていたフェイと双子。戻ってきていたのはもちろん気取られていたのだろう、ちゃんと自分たちの分の席も確保されていた。
「ひはひふひはへ」
「だからお前は食いながら喋んな」
来たのを見ているはずなのに、なぜ直前に口に詰め込むのかと。相変わらずもごもごと言葉とは思えないものを投げかけてくるエリアに、リーは全くと嘆息した。
ティナはティナでじっと自分を見たまま咀嚼を続けている。
変わらぬ双子に苦笑しながら、リーは席に着いた。
「ふたりともおつかれさま」
水を持ってきたラミエが、そう言いグラスを置いた。
「ラミエも」
そう返したリーに、もう少しの間だからと笑う。
「ゆっくりしていってね」
混み合う店内、話していられないのはラミエもわかっているのだろう。注文を取ると、そう言ってまた奥へと戻っていった。
そのうしろ姿を見送ってから、リーは改めて同卓の面々へと向き直る。
「そっちはどうだ?」
あと数日の六の月。職員としての研修を今月中に終わらせると言っていたフェイに尋ねると、心配ないと返される。
「七の月に入ってから、最後の確認をすればおわりだ」
「ははひはひほはいへんはらほーほーひんはよ」
「わかんねぇから食いながら話すなっつってんだろ」
怒鳴るリーの隣で、アーキスがにこりと笑った。
「そうなんだ、おめでとう!」
「仮だけど」
祝いの言葉を口にするアーキスに、ぽつりとティナがつけ足す。
「でもそのうちちゃんと取れるんだよね?」
「ほへはへ、ふはひへははらはの」
「どういうこと?」
「お前こそどういうことだよアーキスっ!」
エリアとティナのふたりと普通に会話を続けるアーキスに、思わずリーがツッコんだ。
わかると思うんだけどと肩をすくめつつ。アーキスはふたりが話していた内容を教えてくれた。
来年から同行員として働けるが、ふたりだから仮、と言ったらしい。
「……で?」
ジト目を向けると、エリアは口の中のものを飲み込んでから水を飲んだ。
「あたしとティナはふたりでひとり分だから、許可もふたりでひとつなの」
確か前にふたりでなら取れそうだと言っていたなと思いつつ。
「で?」
「だから事務職員としてはひとりでもいいけど、同行員として働く時はふたりでないといけないから、ちゃんとしたものとは違うんだって」
「ふぅん」
話としてはわかるのだが。気になるのはそのことだけでなく。
「お前らに事務ができるのか?」
「できるよー」
「問題なく」
あっさり返された言葉にますます疑いが募るが、フェイでさえもうすぐ取れるというのだから、もしかしたら本当に大丈夫なのかもしれない。
大丈夫かもしれないが。
それぞれを一瞥ずつしてから。今後もし受付にこの三人がいた時は日を改めることにしようと心に決めた。
運ばれた食事を食べながら、支障のない範囲で今までのお互いのことを話していると。
「ふたりは今からどうするんだ?」
不意にフェイに尋ねられ、リーはアーキスと顔を見合わせた。
「俺はちょっと用事を済ませに行ってから、あとはいつも通りかな」
先に話したアーキスに、リーも続く。
「俺は訓練したいから残るよ。ま、ついでにフェイを待って。それから決めるかな」
元々ここに暫く留まるつもりでミゼットに面会を申し込んであった。
以前同行員の研修の手伝いをさせられた時に手合わせをした、元請負人のイアン。できれば彼に訓練相手を頼みたいと思っている。
そしてもちろん。
自分と旅を続けるために職員になると決めたフェイ。この先どうするつもりかはわからないが、ちゃんと最後まで見届けるつもりだった。
「そうか」
告げられた言葉に、どこか嬉しそうにフェイが呟く。
ついでだからと言ったところで、相手は龍、気取られてはいるだろうが。双子の手前正直に言うつもりはない。
少し和らぐフェイとは逆に、エリアが口をへの字に曲げてリーを見た。
「あたしたちのことは待っててくれないの?」
じっと見つめてくるエリア。どんなに性格や行動に問題があろうが、容姿は立派にエルフである。いくら絆されないとはいえ、少し困るものがあった。
「お、お前らまだひと月かかるんだろうが」
「そうだけど…」
「そもそもなんで待たなきゃなんねぇんだよ」
焦りを隠してそう言うと、エリアは少し笑みを見せる。
「もう一緒に旅してくれないの?」
「一緒にって……」
何を、と思った次の瞬間。
「だってリーと一緒だと美味しいもの食べられそうなんだもん」
続けられた言葉に、リーは束の間動きを止め、呆れ混じりの息を吐く。
無駄に焦った自分が馬鹿らしい。
「…お前ら、同行員になるのって、もしかしてそれが理由か…?」
リーのボヤキに、エリアはいつも通りの笑みを浮かべ、大きく頷いた。




