第6章 「三羽烏は飛び立った。」
警衛の任に就いている子に外出証を見せた私達3人は、何事もなく営門を潜り抜け、晴れて外出と相成ったんだ。
「府中キネマ館で活動写真を見て、それからロードインいずみをブラブラして…いつもの休日だけど、楽しみだね!」
「うん!全くだよ、美衣子ちゃん!」
溌剌とした口調で笑いかけてくるイギリス結びの少女将校に、私も心から同調させて頂いたよ。
曾御祖母ちゃんって若い頃は、こんな風に友達と遊んでいたんだね。
「いよっと!娑婆の空気を吸うのも、随分と久々だよなぁ!この解放感と来たら、堪えられん!」
拳骨に握った両手をグッと頭上に突き出して背筋を反らせ、仕上げとばかりに、ウェーブさせたセミロングの金髪が揺れ動く程に首をグリグリ回して。
解放感が抑えられないのか、誉理ちゃんったらいかにも楽しそうにストレッチを始めちゃったんだ。
駐屯地の敷地から出た途端に、これだもんなぁ…
「娑婆って、誉理ちゃん…前回の休暇から1週間も経ってないじゃない。」
大儀そうに伸びを試みる誉理ちゃんへ突っ込みを入れるのは、和菓子屋「四方黒庵」の看板娘である所の美衣子ちゃんだ。
もっとも、穏やかな童顔とイギリス結びにした桜色の髪が醸し出す太平楽なイメージに違わず、同輩への突っ込みも至ってソフトだったけど。
「誉理ちゃんも、それだけ休暇が待ち遠しかったって事だよ!気持ちは良く分かるなぁ…」
こうして誉理ちゃんの肩を持ってはみたけど、2人と私の解放感には多少のズレがあるのかもね。
何せ私の場合、「どのタイミングで元の時代に帰還出来るのかな?」って疑問と、「御先祖様と入れ替わっている事がバレないかな?」って緊張感が、常に付きまとっている訳だもん。
「ところでさ…私達が今日見る映画は何だっけ?」
駐屯地前のバス停に着いた私は、看板に貼り付けられている時刻表で和泉府中駅方面のバスを確認しながら、2人に問い掛けたの。
ボロを出さないための話題転換としては、まずまず無難な線かな?
「ええっと、確か…『人情喜劇 街角漫遊記』と、『樺太にかかる虹』の2本立てだね。」
美衣子ちゃんが詰襟軍服のポケットから取り出したプログラムには、「府中キネマ館」って映画館の館名が赤字で記されていたの。
この映画館は確か、私の元いた時代だと二番館を経た後に名画座になっているんだよね。
私がよく行く堺電気館と違って、府中キネマ館の上映プログラムはヤクザ映画と時代劇がメインだから、あまり行く機会はなかったんだけど。
まだロードショー館だった頃の府中キネマ館に行けるなんて、こうしてタイムスリップでもしない限りは得られない経験だよ。
帰ったら千里ちゃんにでも自慢しちゃおっかな。
「渋いプログラムだよね。コメディ映画の金字塔である『街角シリーズ』の3作目に、日露戦争の『樺太の戦い』を題材にした戦争映画でしょ?特に『樺太にかかる虹』は、丸川栄太郎監督の緻密な特撮技術で再現された戦闘シーンが、特に大迫力でさぁ…」
映画の上映プログラムを教えて貰った私は、自分でも知らないうちに語り口を熱くしてしまっていたの。
何しろ、日本を代表する巨大ヒーロー「アルティメマン」の産みの親にして日本特撮の父である丸川栄太郎監督は、東活時代には戦意高揚目的の国策映画を製作されていたからね。
戦争映画の特撮シーンが「アルティメマン」シリーズに活かされているのは、特撮ファンの常識だよ。
と言う事は、この時代には生前の丸川監督がいらっしゃるのか…
何とかして、サインを頂きたい所だよ。
「変に詳しいな、里香?まだ封切りになったばかりだぞ?」
もっとも、あまりに熱く語り過ぎちゃって、誉理ちゃんに若干引かれちゃったのは反省しないとね。
それと、うっかり口を滑らせちゃったかな?
「まあ…確かに今月のキネマジャーナルでも、特集は大々的に組まれていたからね。里香ちゃんが期待するのも分かるよ。でも、映画の価値は実際に観るまで分からないのです!」
ありがとう、美衣子ちゃん!
今の助け船のお陰で、私の発言の不自然さが緩和されたよ。
もっとも、美衣子ちゃんにはそんな自覚なんてない訳だから、お礼は心の中で述べさせて貰うけどね。
「ふぅん…美衣子と里香も、そんなに期待しているんだ。じゃあ私も、それなりに期待させて頂くとするか!」
もう誉理ちゃんも、私の発言に違和感は抱いていないみたいだし。
私としてもホッと一安心だね。
そうこうしているうちに私達の前には、クリーム色の車体を緑と青に塗り分けられたボンネットバスがやって来たんだ。
今でこそ白地に赤とオレンジのカラーリングだけど、修文初期の南海バスはこういう塗装をされていたんだね。
「そうだ、美衣子!私と里香の分を頼むよ。」
ボンネットバスが停車のためのカーブし終える前に、誉理ちゃんが美衣子ちゃんに手を差し出している。
確か「里香の分」って言ったけど、私にも関わる事なのかな?
「はいはい、ちょっと待ってよ…後で払ってね。誉理ちゃん、里香ちゃん。」
慣れた手付きでバッグからシート状の物を取り出した美衣子ちゃんは、ビチビチッとミシン目が千切れる音を響かせ、切り離した破片を私達に手渡したんだ。
「分かってるよ、美衣子。」
「ありがと、美衣子ちゃん!」
誉理ちゃんに倣って受け取った品を見てみると、それは南海バスの紙式回数券だったの。
そう言えば、カード化される前はバスの回数券って紙だったんだよね。
すると、美以子ちゃんが回数券を一括購入して、必要に応じてバラで売っているんだ。
かくして私を含んだ少女将校三羽烏は、ボンネットバスに揺られて国鉄和泉府中駅を目指すのであった…




