第10章 「御三名様、次のご予定は?」
「まあ、里香が満足なら構わないけど…ところで、これからどうする?2人とも、ロードインで行きたい所はあるかい?」
ナポリタンのソースをオリーブドラブの詰襟に跳ねさせないよう注意を払いながら、麺が巻かれたフォークを口に運ぶ誉理ちゃん。
此度のお出掛けの第2部における、プランの最終決定だね。
「じゃあさ、誉理ちゃん!私、レコードショップに行って良いかな?ザ・ギラファーズの新曲が、こないだ出たばかりなんだよ。」
咀嚼していたパンケーキを勢い良く飲み込むと、瞳を輝かせた美衣子ちゃんはグッと身を乗り出してきたんだ。
美衣子ちゃん、グループサウンズが好きなんだね。
「ソイツはちょうど良いね。私も探したい曲があったんだ。」
誉理ちゃんもレコード屋に用があるんだね。
どんな曲を聞くんだろ?
「里香には、どっか行きたい店あるの?」
「私ね、井上書房に漫画の本を返さないといけないんだ…」
誉理ちゃんに水を向けられた私は、B6版ハードカバーの漫画本をカバンから取り出して示したんだ。
アーサー王伝説を原作にした少女漫画の「貴公子アーサー」に、アンソロ雑誌である「すみれ」の修文4年10月号。
要するに、里香ちゃんから今朝メールで返却を頼まれた貸本漫画。
御先祖様って、普通に少女漫画を読むんだね。
少女漫画なら英里奈ちゃんも好きだし、千里ちゃんはレトロな漫画への知識が豊富だから、2人とは話が合いそうかな。
「じゃあ、里香…先に井上書房へ行って、次にレコード屋で大丈夫かな?」
「私はそれで構わないけど…誉理ちゃんは行きたい所あるの?」
何気無い私の問い掛けに、誉理ちゃんはナポリタンを巻き取るフォークを休める、何とも微妙な表情を浮かべたんだ。
「ホントはロカビリー喫茶で演奏を聞きたかったんだけど、今日は生憎と昼の部が休みでさ。」
私達は今日、日帰りの外出申請だからね。
夜の部を見ていたら門限に間に合わないし、遅れたら上官殿から大目玉だよ。
「まあ、次の土日に外泊許可でも貰ってみるよ。」
軽く肩を竦めると、後頭部で手を組んで遠い目。
何ともアンニュイな仕草だね、誉理ちゃんったら。
「誉理ちゃんは相も変わらずにロカビリーなんだね…やっぱり今の流行りは、グループサウンズだよ!」
パンケーキの最後の1片にフォークを突き刺した美衣子ちゃんは、妙に得意気だったの。
この時期は確かに、ロカビリーはグループ・サウンズに押されていたからね。
オールデイーズ・ブームとして日本でロカビリーが再ブレイクするのは、確かこの時代から大体15年程後の事なんだよ。
「ソイツは御挨拶だな、美衣子…流行ろうが廃れようが、好きな物は好き。良いだろ、それで。」
少し気分を害したのか、誉理ちゃんは憮然とした表情を浮かべ、巻き取ったナポリタンの最後の一口を飲み干したんだ。
それでも、誉理ちゃんが本気で怒っている訳じゃないって事は、瞳の光と口調の穏やかさで一目瞭然だったよ。
要するに、仲良し同士の小競り合いだね。
元の時代で、私がマリナちゃんや千里ちゃんと軽~く演じるみたいな。
「好きな物は好き、か。フゥッ…!全く、良い言葉だよね。」
既にチョコレートパフェを完食した私は、程良くアイス部分が柔らかく溶け始めたクリームソーダに取り掛かりながら、シミジミと呟いたの。
「オヤオヤ…どうしちゃったの、里香ちゃん?イヤに達観した口なんか叩いちゃってさ。」
「そうだよ、里香。柄にもない溜め息なんて、ソイツは少しババァ臭いんじゃないのか?」
すると間髪入れずに、日本軍の少女将校がタッグをガッチリ組んで、ツープラトンで突っ込みを仕掛けて来たんだ。
さっきまでの小競り合いが嘘みたいだよ。
「困るなぁ…誉理ちゃんも美衣子ちゃんも。こ~んなキュートでうら若い少尉さんを捕まえて、ババァ臭いなんてさ。若くても年食っても、名言には素直に感銘を受けたいんだよ。」
こうして少し品を作ったポーズを取りながら軽口叩くなんて、このグループにすっかり私も馴染んだって感じだよね。
支局のラウンジや御子柴高の教室とかで、千里ちゃんや英里奈ちゃん、それにマリナちゃんと悪ふざけしている時と全く同じ感覚だもの。
「そう言われたくなきゃ、年寄り染みた真似は止めとくんだな!」
「そういう事。じゃ、里香ちゃんも飲み終わったみたいだし、いざ名盤発掘に出掛けますか!」
誉理ちゃんが伝票を手にしたと同時に、美衣子ちゃんが嬉々とした様子で立ち上がる。
『年寄り臭い、か…ホントは私の方がずっと若いんだけどな…』
2人の背中を追う私の胸中では、こんな独白めいた思いが渦巻いていたの。
何せ向こうは大正生まれで、私は元化9年生まれ。
その年の差たるや、干支が6周しても足りないかもね。
だけど、間違っても口には出せないよ。
何せ今は修文4年。
本当の私である枚方京花は、戸籍上はまだ影も形もないんだから




