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ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
3章

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アイドルとファン


「ああ……! マイスイート……! ようやく再会できたね! すれ違ってばかりでちっとも会いに行けなかったけれど、今宵ここに来れば必ず会えると思っていたよ!」

「あ――朝科先輩!? え? え? え? あ、あの、近いです!?」

 

『ファーストソング』特設ステージ近くに集まった『魔王軍』。

 リーダー朝科旭がアバター変更してきた淳の姿を見つけるなり腰に腕を回してきた。

 ギョッとする面々。

 素早く花崗が朝科の顔面に手をかけて引き離す。

 

「はいはいはいはい。離れーな。こういうん世間ではセクハラっちゅーんよ。朝科ちゃん」

「フウン。まあいいよ、もう我慢するつもりはないからね。なにしろ同じ”アイドル”になったのだから! ファンに手を出すのは私のアイドルとしての信条に反するけれど、もう同じアイドル! なんの問題もないね! 色々再会のシナリオを考えていたけれど、その時間があるならとっとと会いに来ればよかったと気づいたことだし!」

「あー、わからんわからん。檜野ちゃん、通訳してぇーな」

 

 優雅に一回転して距離を取る朝科。

 だが朝科がなにを言っているのか、花崗にもわからない。

 視線を投げたのは同じく三年生の檜野久貴(ひのひさたか)

 魁星と周は「ああ、麻野先輩に毎日お弁当作ってきているっていう……」という結構歪んだ前情報を記憶から取り出す。

 話を振られた檜野は一度深く溜息を吐くと、困ったように笑う。

 

「そちらの一年生の音無淳くん、我々が一年生の頃から定期ライブでお目にかかっていたでしょう?」

「わし人の顔覚えるん苦手やからちょっと自信ないなぁ」

「嘘でしょぉ? ひま先輩の脳みそマジで雑魚じゃん。僕はナッシーのこと、毎月来てる子だから覚えてたけどぉ? ねえ、ごとちゃん?」

「ステージから見えるのは全部カボチャ」

「ああ、ごとちゃんはそういうタイプだったね……」

 

 星光騎士団、半数の先輩に淳の記憶なし。

 いいですけどね、アイドルに認知されるドルオタは色々あれなので、としかしそれでもやや困惑の淳。

 もっと困惑しているのは魔王軍の三年生組。

 表情からしてドン引き。

 そんなにドン引きされるようなことした? と不満げな花崗。

 

「まあ、それなら仕方ありませんけど……少なくとも我々が一年生の頃は自殺未遂した綾城さんが留年で登校するようになったり、石動さんが柴さんと爆発騒動を起こしたりと魔王軍は注目度が低かったでしょう?」

「「爆発騒動……?」」

「あ~、勇士隊の君主(リーダー)石動上総(いするぎかずさ)と朱雀、柴薫(しばかおる)は一年生の時からものすごい目立っていたんだよ。ステージ上で爆発騒動を起こす常習犯で、今の勇士隊ライブで火柱が上がるのはこの二人の爆発欲求を治めるために学院側が配慮した結果なんだって」

 

 シレっと意味わかんないことを言われて、思考が一時停止する魁星と周。

 ちょっと脳の処理が追いつかない。

 先に脳処理が追いついた周が「は、は? ば、爆発?」と、ようやく聞き返す。

 淳が曇りなき眼で「うん、爆発。ちなみに柴先輩は二年生の時に危険物取扱の資格を取得するくらい爆発にこだわりがある人だよ」と解説。

 違う。そうじゃない。そこじゃない。

 

「そうそう、あの頃アイドルとして一皮むけた綾城先輩が同学年になって話題になって、いつも爆発騒動を起こすバカ二人にライブのお客さんも取られて、魔王軍は三大大手グループの中でわかりやすく取り残されていたんだよ。正直心が折れたよ。ライブをしてもなにをしても、お客さんは戻らない。魔王軍に入ったのに我々は魔王軍を応援してくれるお客さんに細々と応援してもらうだけ。しかしそのお客さんも、実質二年生や三年生の先輩のファンだ。一年生の頃はそれでなくともファンの数が少ない。二年生に上がる前に、二年目からは普通科に移動したものも少なくない。私たちもそうしようかと話していた。特に夏の陣のあとの……ああ、今も鮮明に思い出せるよ、もっとも悲惨だった九月の定期ライブ――」

「一年の、九月の定期ライブですよね。ボクもはっきりと覚えています。体育館ステージ、平日、当時三年の前期ランキング二位と三位の先輩の決闘。お客さんは誰もいない閑古鳥の鳴く客席。そこに十代前半の男の子が、まだ一年生の我々の名前が書いてあるうちわを振りながら入ってきた」

「覚えてる覚えてる! マジ辞める気満々だった俺っちたち、あの子のためだけにライブしたんだよなー!」

「あ、俺も覚えています! 星光騎士団のメンバーのライブもないし、決闘まで時間もあったし、誰かライブしてないかなって色んなステージを回っていた時に体育館ステージ、他にお客さんがいなくてびっくりしたんですよね。でも俺一人のために三人でライブしてくれたんですよね!? すごく嬉しかったんですよ!」

 

 幼い子どもが、三枚のうちわを一生懸命振って応援してくれた。

 たった一人の観客のために、三人だけで行ったライブ。

 淳も覚えている。

 アイドルはとても儚い。

 当時だけで辞めてしまうアイドルを何人も見送った。

 だから応援できる時に応援すると決めている。

 推しは推せる時に推せ、だ。

 

「我々はあの時の君の応援があったから、辞めることなくここまで来れたのだよ!」

「実際心は折れてましたからね。来年普通科に移動しようと、あのライブのあと先生に言いに行こうと三人で話していたんです。でも一人でも――私たちの名前を覚えて応援してくれるファンがいるのなら、その応援に応えたい」

「うんうん、すっごい頑張ったよなー。今やちゃんとお仕事ももらえてるし、事務所からもお声がけ貰ってるし……あの時の子にはマジ感謝☆ ……って、あれ? 君? ええ? この星光騎士団の新人ちゃんがあの時の子なの!? 旭くん、気づいてたの!?」

「だからあの子をバトルオーディションの時に魔王軍(うち)に入れたいって言ったじゃないか」

「聞いてない聞いてない!」

「バトルオーディションの時に、あの時の子とは聞いていませんでしたよ、旭さん」

 

 ぽかん、となる一同。

 確かに、淳は一人でも多くのアイドルに一日でも長くアイドルを続けてもらえたらと思って新入生分の推しうちわを作る。

 実際魁星と周もその威力は思い知っている。

 本当に、嬉しいのだ。

 目に見えて「応援されている」のが伝わる。手作りだと、その労力も。

 しかしまさか魔王軍の三年生が淳のおかげでアイドルを続けていたとは。

 

「マージで旭くん言葉足らずなのよくなーい! そういう話ならマージで話は別よ別! なにくん? おとなしくん? うちにおいで! めっちゃ可愛がってあげるから、マジで!」

「そうですね、手取り足取り卒業まで指導いたしますよ。それはもう、丹精と愛を込めてご飯もお作りいたします!」

「でしょうでしょう! うちにおいで、マイスイート。私たちでいっぱい愛してあげるよ!」

「ええええ、あ、あの、いや、お、お気持ちは大変ありがたいのですが、俺は星光騎士団に拾っていただいたので……」



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