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ソング・バッファー・オンライン~新人アイドルの日常~  作者: 古森きり@書き下ろし『もふもふ第五王子』
6章

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音無淳、新章へ(1)


「チケット完売とは聞いてましたけど……実際に客席が埋まっているのを見るまで不安なものですね」

「そう? 俺は気にしたことないわ」

『俺は別建物だから現地見えませーん』


 十二月三十一日。大晦日。

 Frenzy(フレンジー)のデビューライブが間もなく始まろうというところで、舞台袖からこっそりと客席を覗く淳。

 一見普通の舞台だが、最新技術が詰まりまくったこのステージで、Frenzy(フレンジー)はデビューライブを行う。

 四方峰町、東南区、美桜公園アルティメット劇場は、春日芸能事務所とソルロックが共同で開発した舞台装置の数々はまだまだお披露目していない技術が眠っている。

 本日、その中でも特に今後使用頻度が増えそうなVR3D技術がお披露目となるのだ。

 身バレがもっとも恐ろしい松田――松竹梅春(しょうちくうめはる)はショッピングモールの関係者控え室でパフォーマンスを行う予定。

 まあ、長袖ジーパンというラフな格好なので、パッと見た限り彼は技術スタッフの一人にしか見えないだろう。

 入りも帰りもスタッフと共に行動する予定なので、余程ガチのストーキングをされなければまずバレないだろう。

 スマホのような端末を持たされ、そこで松田もとい松竹とは通信状態でやり取りをしている。

 もう一度深呼吸をするが、まったくもって落ち着かない。

 昨日の新座をまるで笑えないほどに、珍しく緊張している。


「なんか緊張してる?」

「し、してますねぇ」

「へー。毎月定期ライブしててもやっぱこういう時は緊張するんか」

「し、しますよぉ。逆に上総さんは緊張しないんですか? ステージ久しぶりですよね?」

「俺、緊張しない体質だから」


 そんな体質ありなのか?


「人生でこの方緊張したのは社長と対峙した時ぐらい」

「まさかの社長」

「だってあの人“本物”だからな。生物としての“格”が違いすぎて時々マジで気圧される」

「緊張って、そっちの……」


 そりゃそうだろ、と言われるが淳はそこまで社長に感じるものがあるわけではない。

 怖いとは思う。

 それはお金持ちすぎて、とかそっちの話だけれど。

 石動上総の実家は日本有数の元祖カルト宗教とも言われる世界にも信者を抱える大型宗教の家。

 人が神に至るために悟りを開く。

 または、神を人に降ろして救済を求める。

 とかなんとか。

 松田はその宗教の生贄となり、呪いを持たされている。

 それについては『まあ、今のところ放置しててOK。むしろ触ると発動しかねないので放っておいた方がいいまである』らしい。

 石動としては実家の関係者がやらかしたことなので、そういう方面で松田のことは案じている――様子はあんまりないけれど気にかけてはいる……はず。

 そんな石動上総が恐怖を覚える相手。

 それが我が社の社長、春日彗。


「それにあの人多分――まあ、十中八九『先見の能力』がある」

「さきみのちから?」

先見(せんけん)(めい)がある、とかいうだろう? それの強化版みたいな能力。ほぼ確定した未来が見える能力って言った方がわかりやすいか」

「え……」


 それって、もはや未来視。

 さすがにそこまでは、と思いつつ『でもあの人なら』と思てしまう。

 石動的にはそこまでの強い能力を持っている――未来が見える人のやること言うことを、疑うのは時間の無駄。


「努力をすればするだけ社長の視る未来に近づくんだろう。そう言ってたしな。で、今の俺たちはあの人が見た未来のそれよりも少し、いいぐらいらしいぜ」

「いいんですか」

「ああ。だから失敗なんてするわけがないね。未来が視える人間から太鼓判を押されてるんだ。疑うか?」

「いいえ」


 それを疑うというのは社長のことも仲間のことも疑うということだ。

 そういうことなら、と淳の胸もどこか安堵に近いものが広がり、気づけば震えが収まっている。

 あの社長(かみさま)がそういってくれているのなら、その通りになることだろう。

 それはもはや約束された未来。

 なにも恐れることはない。


「そろそろ開演のお時間です」

「はい」

「ま、そういうことだし遠慮なく暴れようぜ。だいたい一年通して準備してきてんだぜ? なにをビビることがあるのやら」

「まあ……それはそうなんですけどね」


 石動なりに背中を叩いてくれる。

 それにこの人の隣は心強い。

 ここにいない松田もきっと同じ気持ちだと思う。

 カリスマ性。

 淳にはきっと足りていないけれど、その代わり石動が持っているからなにも問題はない。

 Blossom(ブロッサム)のように綾城珀がリーダーとしてカリスマ性も、人気も持ち合わせて他の人気者たちを引っ張っていくのとFrenzy(フレンジー)は違う形。

 三人で引っ張りたい、客もファンも時代もなにもかも巻き込んでひっくり返す。

 暗転したステージに、淳と石動が上がる。

 そして、ライトが点くと左隣に3Dの松竹梅春が登場。

 騒めく客席。

 そうだろうそうだろう。

 リアルの人間と、3DのVtuberが同じ舞台に立っている。

 そんなのきっと、今まで誰も見たことがない。

 淳も説明されたがよくわからなかった最新技術が使われているのだ。

 ちなみにこの技術は、アイドルグランプリが開催されるイベントホールにもすでに導入済み。

 つまり、来年のIGでFrenzy(フレンジー)はなにも問題なく三人で出演できる。

 みんなの度肝を抜かれた顔を堪能してから、淳が口を開く。


「どうも、みなさん初めまして! 本日はお越しいただきありがとうございます! Frenzy(フレンジー)のリーダー音無淳(おとなしじゅん)でーす」

「同じくFrenzy(フレンジー)石動上総(いするぎかずさ)くんだぜ〜、愚民ども〜」

「こんばんは〜! コメットプロダクション兼Frenzy(フレンジー)所属Vtuber、松竹梅春(しょうちくうめはる)でーす! どうもー、どうもー、どうですかー? びっくりしたー? Vtuberですよー」


 三人で客席に手を振る。

 反応は上々。

 なんというか、やはり3Dの松竹梅春への反応が特にすごい。

 薄暗い客席の最前列に家族、千景の姿を見つけて危うく笑いそうになったけれど、なんとか耐えてマイクを持ち直す。



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