新居候補宿泊(3)
「なんでタオルで隠すん?」
「他の高所から見えるかもしれないからです。五階なので普通に他のマンションから見えますよ。男物とはいえアイドルなのですから、気をつけてください」
「アー。なるほどね」
やはり気づいていなかった。
はあ、と溜息を吐いて説明すれば、ちゃんとわかってはくれるけれど。
「でも、思ったよりも静かですね」
「そー。まあ、隣いないからな」
「星もよく見える」
「冬は空気が澄んでるからな」
目を細めて空を見上げてから、サンルームから部屋に戻る。
冬とはいえサンルームの中は外よりも暖かい。
掃除はある程度終わったからと戻った部屋で背伸びをする。
「じゃあ、俺はそろそろ隣の部屋に戻りますね」
「え? ネットしないの?」
「あ、そうでした」
「おん」
「お借りしていいんですか」
「いーよ」
リビングにあるパソコンをお借りする。
なに調べるの、と覗き込まれたので「春日芸能事務所のホームページを見てみようかと」と答えると、すごく興味なさそうに目を細められた。
「SNSでFrenzy、トレンドに入りっぱなしなんですよね。さすがに考察が捗るらしくて」
「それはそうでしょ。まあ、俺は当てやすいんじゃない? 当てやすいけど、ここで松田が入ってきたらその前提が崩れる、ってやつも大量に出てくるだろう。そういうやつらの阿鼻叫喚を見るのは楽しみだよな〜」
「あはは。……そういえば上総さんはコメプロのVtuberは見てます?」
「二期生と三期生は見てるな。トリシェ・サルバトーレ・神礼と和香アゲハは雑学から色んな専門分野に明るくて、頭の回転も速いから普通に勉強になるんだよ。三期生なら圧倒的にナターシャ・カルディアナの歌が上手い。女のVtuberマジ興味なかったんだけど頭一つ二つ抜けてる。かと思えば雑談している時の声は秋野芸能事務所の社長みたいな声で人間不信を隠しもしない毒舌で面白い。あれはいい女だね、絶対」
石動がここまで人を褒めるのは珍しい。
智子もこの三人の名前を出していた。
検索してみると、コメットプロダクション所属Vtuberは現在五期生までデビュー済み。
その中でも二期生、三期生の人気が高く、二期生は男性四人組。
三期生は女性四人組。
二期生で特に人気が高く、その人気でコメプロの主柱になりつつあるのがトリシェ・サルバトーレ・神礼と和香アゲハ。
二人とも歌も上手いし頭もバリクソにいい。
別ジャンルの専門分野に明るく、どちらも別な意味で寝る時に配信を聞くとよく寝つける、と言われている。
主にトリシェは『校長先生の話』だったり『マジで意味がわからない別次元の話』で、和香は『声が心地よすぎて気づくと寝ている』とかなんとか。
同じく二期生のマオ・ロセーラジャッジメントと川嶋剛志もそれぞれ違う方面で専門分野があるらしく、しかしどうもポンコツな一面があるらしくそこが『可愛い♡』という。
そして三期生。
アリアリット・プレディター、フォリシア・グラティス、シエル・ラブラドライト、ナターシャ・カルディアナというカタカナ名前の異世界の聖女、女騎士、悪役令嬢、悪女をモチーフにした女性四人組ユニット。
四人中三人が『歌が初めて』という面子。
その中で『元々歌ってた』のがナターシャ・カルディアナ。
マジで歌が上手い。
恐らく今のコメプロの中で断トツで上手い。
プロの歌手と言われても納得する。
淳も「そこまで言われているのなら」と興味で最初の歌みたを聴いて、最初のワンブレスで「あ、上手い」と思い知らされた。
声の深みが違う。
女性には出しづらい低音が歌声の芯に混じっている。
しかも非常に擦れた、いじけた感じがある歌い方をするのだ。
これはヤバい。
「智子が……妹が歌の女神って言ってた理由がわかりました。めっちゃ上手い……!」
「女のアイドルは危険が多くて廃れつつあるから、こういう形でデビューすればかなりあれだよな。安全度も高いし、活動もしやすそう」
「確かに」
「しかもこの女なにが怖いって既婚者宣言しているところだよ。初配信でガチ恋殺しに来ている。まあ、“魔女”っていう設定だからいいのかもしれんけど」
「ひえええ……強い……!」
女性Vtuberはリアコ勢から色恋営業で巻き上げるイメージがまだ強い。
それを初手で牽制。
むしろ非推奨。
勝手に一人で盛り上がるのは勝手ですけど、わたしの目のつくところでそういう発言したらブロックするので一呼吸おいて自分の理性と向き直ってから発言してくださいね、というドМへのご褒美みたいなこと言ってる。
だがそういう対応が『カッコいい』と女性人気が高いらしい。
まあ、実際カッコいい。
仕事をしている兼業Vtuberを公言しており、配信は深夜帯。
ゲームが苦手なので配信自体が少なかったり、カラオケが多いのだがリスナーの強い希望で相談コーナーも最近始めた。
切り抜きを見たら、ブラック企業勤めの女性にきっぱり『その仕事あなたの人生のなんの役に立つんですか? この先十年のこと考えたら今転職した方がいいと思います』と言い放つ姿。
彼氏に浮気された女性の相談に『その男あなたの人生に必要です? ばっちいのでポイなさい』と一刀両断。
まあ、これはカッコいい。






