晶穂という人
「手探りでプレイさせて差し上げられないのが申し訳ないくらいです。SBOはそういうのも楽しむものなので」
「それは楽しそうだな。この大会が終わったら、俺もアカウントを作り直してプレイしてみようか」
「ぜひ! 歌が苦手でしたら、得意な人をパーティーに招くといいと思います。魔法使いの職業の人は大体歌バフが得意な人なので、中位職以上になったら探してみてください。プロプレイヤーの方々は中位職前までなら間違いなく、プレイヤースキルでなんとかできると思いますから」
「なるほど。了解した。それでは後ほど、またエキシビジョンマッチの時によろしく頼む」
「はい。行ってらっしゃい」
最後に握手して、彼らを見送る。
チームスタッフがおずおずと近づいてきて「あ、あの、開会式をご覧になるのでしたら、こちらに……」と別室に案内された。
感謝してそちらで開会式を見せていただく。
最初に登場したのはBlossom。
そう、これ! これを見たかった!
無関係なチームスタッフさんの手前、いつものように大はしゃぎで応援はできないけれど。
「あ、あのー」
「はい?」
「も、もしよろしければ、サ、サインをいただけませんか?」
「へ? 俺ですか?」
「はい!」
Blossomの出番が終わったら、チームスタッフの女性の一人が声をかけてきた。
恐る恐る、といった感じで。
その上、しっかりとサイン色紙とサインペン持参。
信じ難くて思わず聞き返してしまった。
「申し訳ありません。学院と事務所にサインと写真は断るよう指導を受けているんです。握手でしたら大丈夫ですが」
「え! あ、そ、そうなんですね! じゃあ、あの! 握手してください!」
「はい。それでしたら」
立ち上がってスタッフさんの差し出した手に手を重ねて握手する。
すると女性、「きゃあー」となかなかに黄色い悲鳴。
ファンの人に、なにかお礼がしたい、と考えていた昨今だが、目の前にファンの人がいるとやはり不思議な気分になる。
まあ、この人がにわかなのか千景のようなガチ勢なのかはわからないがにわかファンは大事な存在だ。
そこからガチ勢に成長する可能性を秘めている存在なのだから。
大事にしなければ。
厄介客でなければ。
「ありがとうございます! あのあの、去年の夏の陣から、ファンです!」
「え? あ、ありがとうございます」
去年から。
あ、にわかではないぞ、これ。
それがやや衝撃。
「あのう、せっかくでしたら少し晶穂さんについてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え? 晶穂選手についてですか?」
「はい。大変失礼ながら、晶穂さん……晶穂選手について存じ上げなくて。エキシビジョンマッチで代打させていただくにあたり、バディとなるお相手のことをすこしでも情報として把握しておきたいといいますか」
「ああ、なるほど。我々が知っていることでしたらなんでも」
「なんでも聞いてください!」
他のスタッフさんもわらわら集まってきて、淳に晶穂のことを色々はなしてくれた。
それによると仕事はきっちりタイプ。
仕事以外で人と関わるのは苦手であり、黙々淡々とゲームをする。
女苦手。
かなりのノンデリ――ノンデリカシーで、あけすけ。
口が悪く、初対面の相手とガチ喧嘩して共演NGが八人もいる。
「職人タイプの方なのですね」
「そうですね。ぶっちゃけ音無さんも晶穂さんに叱られてるんじゃないかってみんな心配していました」
「ああ、それでなんとなく変な空気だったんですね。心配してくださっていたんですか」
「は、はい。晶穂さん、チャラチャラした人とかすぐふざける人嫌いなので」
「そんな感じがします」
ふふ、と笑うと女性スタッフがほわと表情を明るくする。
それにしても鏡音に呼ばれて部屋に入った瞬間の、妙な空気の理由がよくわかった。
てっきり部外者にどう接していいのかわからない困惑の空気かと思っていたが、晶穂が淳にブチギレないかを案じていたのか。
ゲームの中ではそんな素振りまったくなかったのだが。
「むしろ、俺が結構ガッツリとSBOをプレイしていることで他国のひとたちと不公平になってしまうのではないかと心配されました。どうなのでしょうね、その辺」
「えっと、知識がプレイに関係するゲームなんですか?」
「え? ……ああ、そういう認識だったんだ」
エイランや鏡音はなにも言わなかったのか?
どういうゲームか、あまり広まっていないようだ。
しかし、サッと見た限り日本代表チームにはSBOプレイヤーが四人――エイラン、鏡音、鶉ナツメ、逢魔あげは。
鶉はさすがに未成年。
予備選手登録という感じで現地にはいないらしいが、エイランがSBOをお勧めしていたらしいのに誰も興味を示さなかったのか。
SBO、結構ゲーム実況配信もされているはずなのだが。
「じゃあ他の国の人もそんな感じなのでしょうか?」
「え? お、おそらく?」
「大丈夫かな? いや、プロのプレイヤー相手にそんな心配は失礼なのでしょうか?」
「そうですね、きっとすぐに適応してくるかと思いますよ」
「ですよね。……じゃあ出し惜しみしなくても、いいですよね?」
「えっと……多分……?」
スタッフさんに言質を取った、ということで、少しだけ笑みを深める。
日本でしかサービスをしていないゲームなのだからと、ある程度セーブをするつもりだったけれど――それは失礼に当たるだろう。






