第五十九話 真相
懐かしいお父様! お元気そうで何より……なんですが。
両手を広げているお父様を前に、思わず足が止まってしまいました。何故って……変わりすぎていませんか?
「ん? どうかしたのかね? ベーサ」
「いえ、あの……お父様、ですよね?」
「おいおい、何をおかしな事を言ってるんだい? しばらく遭わなかった間に、父の顔を見忘れてしまったのかな?」
気を悪くせず笑って流すその姿。ああ、やはりお父様です。
それに、変わったと言ってもいい方向ですから、問題ありませんね。以前はぽよんとしていたお腹の辺りが綺麗に消えて、何だか全体的にしゅっとした印象です。
これも、鉱山での労働の結果でしょうか?
「ベーサが驚くのも無理はないぞ、伯爵。鉱山でも、他の者達に来た時より大分変わったと言われていたではないか」
「おお! そういえばそうでしたな。はっはっは」
ああ、やっぱりそうなんですね。そして、ファドス様へのご挨拶が遅れてしまいました。
「ご無沙汰しております、ファドス様。父を連れてきていただき、感謝いたします」
「久方ぶりだねベーサ。黒の君から子細は聞いている。よく頑張った」
「ファドス様……ありがとうございます」
改めて言われると、今までのあれこれが心をよぎります。ここに戻る事が出来て、本当に良かった。
王宮からは、お父様と共に馬車で送ってもらいました。数日の休暇の後、王宮でこれまでにわかった事を教えてくださるそうです。
「自宅に文官を派遣してもいいが……」
「いや、それよりは手間がかかっても伯爵を王宮に呼び出すべきだ。そうする事で、周囲に伯爵の冤罪を知らしめる事が出来る」
ファドス様の提案により、黒の君が即座にお決めになりました。
「お父様、ご苦労も多々ありましたでしょう。本当にお疲れ様でした」
「何、送られた鉱山にいた者達は、皆気のいい者達ばかりでね。中には貧しさのあまりパンを盗んでしまったばかりに送られた若者もいたよ。色々考えさせられる場だった……」
「お父様……」
どうやら、お父様が送られた鉱山には重罪人はいなかったようで、少し安心しました。
場所によっては、囚人同士の諍いなど日常的に起こるとも聞いていましたから。
もっとも、お父様が無事でいらっしゃるのは黒の君に聞いて存じておりましたけど。
しかも、随分と楽しく過ごされていたというのも。
「ん? どうしたね? ベーサ」
「何でもありませんわ……」
今回の一件で、一番大変な思いをなさったのは、実はお母様かもしれませんね。
自宅に戻り、親子で感動の再会を果たし、三人でゆっくり語る事が出来たこの数日は、とても貴重な時間だったと思います。
本日、私は両親と共に王宮へ伺候しております。黒の君から使わされた馬車を使い、数日ぶりの王宮です。
「何だか、気後れしてしまうわね」
「私達には何もやましいところなどないではないか。堂々としていなさい」
「ええ、あなた」
……私の両親は、こんなに甘い空気を醸し出す人達だったのでしょうか? 以前の事を思い出そうにも、このような状況になった覚えはないのですけれど。
ちょとげんなりしながらも、侍従の案内で王宮内を行きます。……大分、奥の方へと行きますね。
結果、案内された先はなんと奥宮でした。
「あの……本当にこちらですか?」
「そう伺っております」
思わず案内の侍従に確認してしまいましたが、おかしくないですよね? 何故冤罪事件のあらましを聞く場所が、奥宮なのですか。
ここは国王陛下と王太子殿下である黒の君が住まわれる場所です。言って見れば、完全に私的な場所なのですよ。
今回の用件ならば、表の黒の君の執務室か、いくつかある応接用の部屋を使うものではないでしょうか。
あわあわする私達親子を余所に、侍従は奥宮の門を守る兵士と何やらやり取りをし、門を開けさせました。
「ここからは別の者が案内します」
「うむ」
家長ですから、父が全ての対応をします。先程の私の質問は、本来やってはいけない事なのですけれど、両親にも侍従本人からも文句は出なかったので、良しとしておきましょう。
門が開いた先には、女官が待っていました。彼女が案内役のようです。
言葉少なに挨拶をしてから、女官が先導するように歩き出しました。
奥宮の玄関を入り、そのまま奥へ行くのかと思いきや、なんと女官は左に曲がりました。
この先にある階段を上れば、陛下の寝所です。まさか……
「こちらで、黒の君と陛下がお待ちです」
連れてこられた先は、まさしく陛下の寝所でした。両親は驚き過ぎて言葉がありません。
私も、これが最初ならきっと同じだったでしょう。
女官が開けた扉の先には、また違う女官が立っています。彼女に促され中に入り、陛下の寝台の足下に用意された椅子に腰を下ろしました。
前回来た時とは、印象が大分違います。今日は最初から窓が開けられていたせいか、部屋の中がとても明るいのです。
まあ、理由はそれだけではないのでしょうけれど。
陛下は、寝台に上体を起こしたお姿です。黒の君は、陛下の寝台の頭の辺りに置いた椅子に腰掛けてらっしゃいます。
「サーワンド伯か」
「陛下におかれましては……」
「ああ、よい。堅苦しい挨拶は表の時だけにしておけ。ここは余の寝所。それに、伯は余の息子の犠牲者でもある」
「陛下、もったいないお言葉にございます」
何だか、王宮でお見かけする陛下とは、印象が違いますね。常に他者に厳しく、それ以上にご自身に厳しい方と思っておりましたが。
ここが私的な空間だからでしょうか。それだけとも思えないのですけれど。もしや、いつものお姿は表向きのものでしょうか?
陛下のお姿は、以前見ていたものとは大分異なります。先日ここに入った時よりは健康そうな顔色になられていますけど、やつれたお姿はまだ回復にはほど遠いようです。
我が家の挨拶が終わったと見て、黒の君が口を開きました。
「さて、家族揃って来てもらったのは、今回の冤罪事件についてのあらましを伝えておこうと思ったのだ。ただ、公に出来ない内容もある為、外ではこの話はしないように」
「承知いたしました」
三の君であるオリサシアン様が、迷宮産であろう魔道具を使って王宮を我が物としていたなどと、言えるものではありませんよね……
「まずは、伯の冤罪についてだ。これは仕掛けた人間はわかっている。我が弟オリサシアンと懇意にしているモロビューナー伯爵とアノハース伯爵が実行犯だ。そして、彼等に指示を出したのが……」
黒の君が、一瞬だけ言いづらそうになさいました。
「第三王子、オリサシアンだ」
「なんと……」
モロビューナー伯爵家は、オリサシアン様の乳母であるヘジローラ夫人の婚家です。アノハース伯爵の方は存じませんが、おそらくモロビューナー伯爵と懇意にしている家ではないかと。
「オリサシアンが伯に密輸の冤罪を仕掛けたのは、自分自身が密輸をしていたからだ。それが露見しそうになったから、替え玉として伯を選んだ。選んだのはアノハース伯爵。彼はオリサシアンに自分の娘を嫁がせようとしていたらしい」
その言葉は、衝撃でした。つまり、お父様が冤罪をこうむったのは……
「私が邪魔だから、ですか?」
「ベーサ」
思わず漏れ出た言葉をお父様が軽く叱責なさいました。ですが、意外なところから助け手があります。
「よい。ここは私的な場だ。レアンウェーサの発言を許す」
寝台におわす陛下です。この場でのみ、お父様以外にも発言するお許しを得ました。
「ベーサ、今の言葉は正しい。だが、彼等のやろうとしていた事は最初から歪だったのだ。連中は、魅了の魔道具を使い、オリサシアンを王位に就けようとしていたのだからな」
黒の君の言葉に、さすがに開いた口が塞がりません。そんな事を、両伯爵は考えていたんですか?
なんという、無謀な事を。




