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追放された令嬢は塔を目指す  作者: 斎木リコ


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第五十三話 伝染する

 黒の君がこちらにいらっしゃるのを報せる方法は、私達がレセドを宿から呼びだしたのと同じ方法を使います。


 つまり、何の意味もない魔力を薄く放出するのです。場所は宿屋街と、協会周辺。


「来ました!」

「行きましょう」


 宿屋街でその魔力を感知した私達は、すぐさま宿の外に出ました。黒の君は……います。宿屋街にある広場の端。レセドも一緒です。


 近寄ると、まるで付いてこいと言わんばかりに二人はこちらに背を向けました。ああ、あの背に水をかけてしまいたい。


 ですが、ここでは人目がありすぎます。私達は黒の君の誘導に従い、人気のない路地の奥へと向かいました。


 しばらく進むと、行き止まりです。壁際には、薄汚れた木箱が積み上げられていて、物置のように見えました。


「それで? 探索が行き詰まっているという話だが?」

「ええ、少し」

「まったく、期待外れもいいところだな」


 黒の君……このような物言いをなさる方ではないのに……


 ニカ様が、こちらに軽い合図を送ってきました。事前に話し合い、この合図で黒の君に水をかけると決めておいたのです。


 ですが、魔法に長けた黒の君の意表を突いて、水を掛ける事など私達に出来るでしょうか。


 そこで、もう一つの道具を思い出しました。箱から出た人形です。前日に、人形の水皿に解呪の水を入れてから収納に入れてあります。


 それを、取り出しました。


「どうした? 何故黙ったまま……何だ?」


 黒の君が、解呪の水に気付いたようです。この方には無駄かなとも思いましたが、周囲を結界で覆っておきました。


「これは……うああああ!」


 魔法で抵抗する事もなく、黒の君は顔を覆ってその場にうずくまります。苦しんでいるのがわかるのですが、手を緩める訳にはいきません。


 どのくらい、そうしていたでしょうか。やがて、黒の君がよろよろと立ち上がりました。


「兄上……」

「……くそ!」


 何とか立ち上がった黒の君に駆け寄ろうとしたニカ様を無視して、黒の君は手近な壁に拳をぶつけます。その際に、結界も破壊されました。


 こちらを向いた黒の君の顔には、憎しみの表情が刻まれています。まさか、解呪の水が効かなかった?


「大丈夫ですか? 兄上」

「ああ……とは、言えないな。自分の能力に、驕っていたらしい」


 良かった! ニカ様の言葉に答えた黒の君は、いつもの様子です。解呪は成功しています!


 いえ、レセドで成功したのだから大丈夫とは思いましたが、何せ黒の君は魔力量が豊富な方ですから。


 もしかしたら、解呪の水を受け付けない……などという事もあるかと、心配していたのです。


 黒の君にも利いたので、魔力量の多い人が魅了されていても解呪出来るとわかりました。




 レセドを含め、四人で迷宮の九階に来ました。人の目を気にせず話すなら、ここが一番です。約一名、恐怖の表情で周囲を見回していますけれど。


「大丈夫です。ここには幽霊が入ってきませんから」

「ほ、本当ですか?」

「万が一入ってきたとしても、即座に退治しますから」


 おかしいですね。レセドったら青い顔をしていますよ。彼も探索者を装ってこの迷宮区に滞在していたので、探索者証は持っていたようです。


 ただ、今まで三階から上には入った事がなかったんだとか。今回が初めての九階だそうですよ。


 黒の君は、出した椅子に腰を下ろしてぐったりとしています。解呪の影響でしょうか。


「……力不足だった、許せ」

「……もったいないお言葉にございます」

「ふ、思ってもいない事を言うな、ベーサ」


 う……ですが、それは黒の君への絶対的な信頼感から来るものですよ。よもや、この方まで魅了の影響を受けていただなんて。


「あれが使っている魅了の道具は、魔力に関係なく影響を及ぼすようだ」

「そのようですね。それでも、兄上程の魔力があればこそ、今まで抵抗出来ていたのでしょう」

「結局、抵抗しきれていなかったがな」


 苦い笑みを浮かべる黒の君。圧倒的な力を持ってらっしゃる方ですから、魅了の道具にある意味負けたのが許せないのでしょう。


「それにしても、本当に解呪の水を見つけるとはな。探索は難航しているんじゃなかったのか?」

「兄上を欺す為の嘘ですよ」


 しれっと言うニカ様に、黒の君は呆気にとられた後、すぐに笑い出しました。


「こいつ……まあ、結果として魅了を解除してもらった訳だが。何故、影響を受けているとわかった?」

「レセドが影響を受けていました。国外に出ている彼が魅了されているのなら、その影響はどこから来たのかと考えまして」

「それでか……」


 黒の君は額に手を当てて俯いています。この件でもう一つわかった事が、魅了は人から人へ、まるで流行病のように伝染するという事です。


「ただ、魅了された人から伝染した場合、道具から直接魅了されるより影響が薄いように思います。おそらくですが、共に過ごす時間に関わりがあるのではないでしょうか」

「逆を言えば、魅了された人間と長く一緒にいると、道具に触れていなくとも深く魅了される危険性があるという事か」

「はい」


 そうなると、事は王宮だけでは済まなくなります。住み込みで働く者達は別として、王宮で仕事を持っている貴族の大半は自宅に帰るのです。


 そこで家族と過ごすのですから、魅了は家族にも広まり、またそこで働く使用人達にも広まるでしょう。


 そして、使用人達が向かう先でも、魅了の影響は広まり……


「黒の君、王都全体を解呪する必要があるのではありませんか?」

「だろうな……まったく、本当に厄介な事をしてくれる」


 こうなると、箱のなから人形を見つけられたのは本当に助かりました。


 これ、本当に偶然なんでしょうか?

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