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追放された令嬢は塔を目指す  作者: 斎木リコ


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第五十二話 汚染

 無事一階に戻ると、迷宮の外は既に暗く、振り仰げば星が瞬いています。


「月は……隠れてるか」

「もう大丈夫なんでしょ?」

「多分な」


 笑うカルさん。そんな彼を見て、ニカ様も薄く笑んでいます。解呪の水が見つかって、本当に良かった。


「協会に買い取りに出すのは、明日以降でも構わないかしら?」

「もちろん。これまでのあれこれのおかげで、まだ懐は温かいからな」


 そういえば、三十階までの地図を売ったお金がありましたね。自分のお腹の辺りを叩いて笑うカルさんに、私達も釣られて笑います。


「では、またね」

「おう」

「お休みなさい」


 迷宮の前でカルさんと別れ、ニカ様と二人きりです。


「レセドは起きてるかしら」

「どうでしょう。彼がいる宿まで行きますか?」

「ええ。早い方がいいでしょう」


 黒の君から紹介された時、彼が待機する宿も教えてもらいました。迷宮の裏に近く、宿屋街からは少し外れたところにある宿です。


 ここで、私達からの連絡を待っているはずですが。




 宿屋街の外れにあるその宿は、かなり小さなものでした。既に宿に入るには遅い時間ですので、外からレセドを呼び出さなくてはなりません。


 彼はごく少量ですが魔力持ちで、こちらから打ち出す小さな魔力を感知する事が出来るそうです。


 ですので、何の効果も生み出さない小さな魔力を宿に向かって打ち出し、彼に私達が来た事を知らせます。


 少し待つと、宿屋の扉が開いて人が出て来ました。レセドです。


「お待たせしました」

「いいえ。ちょっと歩くけれど、店に入りましょうか」


 ニカ様の言葉に、レセドは無言で頷きます。さすがに日も暮れた中、外で立ち話もなんですしね。


 宿屋街には、食事だけを提供する店も多くあります。その殆どは酒場を兼ねていて、夜遅くまで開けていると聞きました。


 そのうちの、賑わっている一軒に入ります。


「ここ……ですか?」

「ええ。周囲に人がいた方が、意外と話は聞かれないものよ」


 周りの音にこちらの声がかき消されますからね。ニカ様の言葉に納得仕切れていないレセドを連れて、店の奥の席につきました。


 料理と飲み物を注文し終えると、一応音が漏れないよう、また周囲の音が邪魔にならないよう遮音の結界を薄く張っておきます。


「さて、早速なんだけれど、兄上に連絡を取ってほしいの」

「黒の君に、ですか? では……」

「目当てのものを入手したわ」

「……おめでとうございます」


 何でしょう。少し、引っかかるものを感じます。何がどうという訳ではないのですけれど……何故でしょう?


 レセドの言葉におかしなところはありません。それでも、不思議と違和感を感じるのです。


「まさか、こんなに早く解呪の水が手に入るとは思いませんでした」

「私達もよ」

「では、そちらは私がお預かりして――」

「いいえ!」


 レセドの言葉を遮った私を、彼だけでなくニカ様も驚いた顔で見ています。


「大事なものですから、私達の手で黒の君に直接お渡しします」

「で、ですが」

「ですので! 黒の君を呼び出してください」


 私の依頼に、レセドは一瞬顔を歪ませました。やはり、先程感じた違和感は、間違いではなかったようです。


 彼はすぐに表情を取り繕いました。


「あの方は大変お忙しい方です。わざわざお呼び立てするまでもありませんよ」


 レセドのこの言葉に、ニカ様も不審そうな顔をなさってます。


 当然ですよね。事は王宮の一大事。いくら黒の君がお忙しい方だと言っても、これは最優先事項のはずです。


 なのに、呼び立てるまでもないだなんて。


「……いいでしょう」

「ニカ様!」


 何故ですか!? 言い募ろうとした私を、ニカ様は手で止めました。


「店の外で渡すわ。いいわね?」

「もちろんです」


 席に届いた料理と飲み物に手も付けず、代金だけ払って外に出ます。店の人の視線が気になりますが、今はこちらが先です。


「ベーサ、水を」


 え? 水だけ……ですか? 困惑する私を、ニカ様がちらりと見ます。ぴん来ました。そういう事だったんですね。


「お待ちを」


 解呪の水は、水瓶一杯に汲んできました。その中から、小さなゴブレットに入れ替えて、ニカ様に手渡します。


「さあ、これよ!」


 手にしたニカ様は、ゴブレットの中身をそのままレセドにかけました。


「な! 何……を……」


 水を掛けられたレセドは、驚きから一転、目がうつろになったままその場に立ち尽くしています。


 そのまましばし。目の焦点があってきました。


「私は……何を……」


 レセドも、オリサシアン様が使っている魅了の道具の影響を受けていたようです。


「まさか、彼まで影響を受けていたなんて……」

「ニカ様……」


 黒の君が手配した連絡役。そのレセドも、魅了されていたのです。気付かず解呪の水を渡していたら、おそらく廃棄されていたでしょう。


「レセド、意識ははっきりしているわね?」

「は、はい」

「ここがどこか、わかる?」

「オーギアンの王都、蒼穹の塔がある迷宮区です」

「いつここに来たかは覚えていて?」

「確か、黒の君に連れられて来たと」

「兄上との連絡役だというのも、覚えている?」

「はい……ですが、その辺りの記憶が曖昧なんです」


 ニカ様が驚愕の表情で私を振り返ります。ええ、私も同じ思いです。


 おそらく、記憶が曖昧な辺りから魅了の影響を受けていたのでしょう。ですが、どうやって?


「あなたは、王宮に行ったのかしら?」

「え? まさかそんな。私のような身分の者が、王宮に上がるなど」


 またしても、驚きの情報です。


「ニカ様……」

「王宮以外にも影響が広がっているのか、あるいは……」


 ニカ様が苦しそうなお顔で考え込まれています。少しの間、黙り込んだニカ様は、顔を上げてレセドに向き直りました。


「兄上に連絡して、こちらに来るように伝えてちょうだい。探索が行き詰まっていて相談がしたいから、と」

「え……わかりました」


 短く了承すると、彼はそのままその場を立ち去りました。その後ろ姿を見送りながら、私達は立ち尽くしています。


「ニカ様……何故、あのような嘘を?」

「おそらく、兄上も影響を受けているからよ」

「え!?」


 黒の君が、ですか?


「驚く事ではないわ、ベーサ。先程、レセドが王宮には行っていないと言っていたでしょう? では、彼はどこから魅了の影響を受けたのか」

「まさか……」

「兄上からだわ。ただ、それがどういう形でなのかが、わからない」


 それだけ言うと、ニカ様はまた考え込まれてしまいました。


 まさか、あの黒の君まで、魅了の影響を受けていたなんて。では、私達への解呪の水探索の命令は、一体何だったのでしょう?

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